【短編小説1話】侯爵令嬢による、最高に邪悪な復讐劇!

ミハリ | カクヨム

君は本当にバカだよ、王子様!

 この物語は、全1話の短編として執筆しました。

 皆さんはこの短編を読んで、どう感じられましたか?

 もし「面白い!」と思ってくださった方は、ぜひ 評価(★) や レビュー、ハート応援をいただけると嬉しいです!

 皆さんの反響が大きければ、今後 長編シリーズ化 することも検討しています! 応援よろしくお願いいたします!


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「アメリア・フォン・ザルフィング! 本日、この場を持って、貴様との婚約を破棄することを宣言する!」


 礼儀の欠片もなく執務室のドアを蹴り飛ばし、金色の鎧に身を包んだ男がいきなりそう怒鳴り散らした。


「……王太子殿下、一体何を仰っているのですか?」


 誰もが呆然とする中、私がこれほど冷淡な反応を示したとしても、誰が責められようか。

 国家予算の重要書類をまとめている最中にプライバシーを侵害され、不快感を抱かないはずがない。たとえ相手が婚約者であるアレクサンダー・フォン・アラステア王太子だとしてもだ。


「フン! 平静を装うのはやめろ! 貴様のような、血も涙もない退屈な女にはもうヘドが出るのだ!」


 感情に任せて叫ぶアレクサンダーの顔は、醜く歪んでいた。

 王子としての造形は整っている部類だろうが、今はその浅薄で愚かな本性が露呈し、嫌悪感しか抱かせない。


「お待ちください。殿下は馬鹿なのですか? 貴方と私の関係は、王家とザルフィング侯爵家との神聖な政治的契約の結果です。貴方の気まぐれで断ち切れるほど、軽い絆ではないはずですが?」


 論理的な私の言葉を聞き、アレクサンダーは蔑みの視線を向けた。

 確かに彼に情熱的な愛など抱いてはいないが、侯爵令嬢として彼の地位を支えるために、私は人生のすべてを捧げてきた。事務処理、賭博スキャンダルの揉み消し、後継者としての地位の確保。

 だが、今の彼の目を見れば、私の努力が何も報われていなかったのは明白だった。


「お姉様、往際が悪いですわよ」


 その時、アレクサンダーの背後から、皮肉めいた声と共に別の人物が現れた。異母妹のナターシャだ。

 アレクサンダーは当然のようにナターシャの腰を抱き寄せ、ナターシャは偽善に満ちたうっとりとした瞳で彼を見つめ、彼は慈しむような表情でそれに応えた。


「つまり……私の妹、ナターシャと恋に落ちたから婚約を破棄したい、ということですか?」


 私の結論を聞いた二人は、揃って下卑た嘲笑を浮かべた。


「その通りだ! ナターシャは女として貴様より遥かに優れている。貴様のような『氷の人形』にはない温もりがあるのだ。数字しか計算できない女より、彼女の方が王妃に相応しい!」

「アメリアお姉様、誰かを恨みたいなら、その可愛げのない自分を恨むことですわね。アレクサンダー様が必要なのは愛であって、会計報告書ではありませんもの」


 二人は同時に私を侮辱した。

 ある意味、安っぽい承認欲求に飢えた彼らの性格の醜さが、そのまま表情に表れていてお似合いだ。


「なるほど。分かりました。ですがその前に、いくつか確認したいことがありますのでお答えください」


 二人は再び、敗者の最後の足掻きでも見るかのように、小馬鹿にした視線を向けた。


「殿下、騎士団の運営資金や貴方の夏宮の改装費が、この三年間すべて私の個人資産から出ていたことはご存知ですか?」

「ハッ! 婚約者としての義務だろうが! ナターシャと結婚すれば、父上――ザルフィング侯爵はナターシャを愛しているのだから、支援は続くはずだ!」

「では、ナターシャが侯爵家の次期正当後継者になるということですか?」

「当然ですわ! お父様とは昨夜約束しましたもの」とナターシャが勝ち誇ったように割り込む。

「お父様は、自分のことを賢いと思っているお姉様の顔を見るのはもう飽き飽きだと仰っていましたわ。私が次のザルフィング侯爵になり、貴様は家系図から除名されるのです!」


 ナターシャの言葉に深いため息を吐きたくなったが、何とか堪えた。

 根拠のない自信だけは、褒めて遣わすべきだろう。


「そうですか。では、父も継母もすべて承知の上なのですね?」

「ああ。侯爵も大賛成だ。貴様のような感情のない化け物を育てたことを後悔しているとまで言っていたぞ」

「左様ですか……」


 私はアレクサンダーに視線を戻し、もう一度問うた。


「アレクサンダー殿下、財務部門に私が不在でも、この国が安定して運営できるとお考えですか?」

「当たり前だ! 俺は王太子だぞ! 俺がいれば民は跪く。貴様は数学ができるだけで威張っている寄生虫に過ぎない。敗北者である『元婚約者』が、安定などと口にする必要はない!」

「貴方の寵愛する大臣たちの汚職を監査し、揉み消してきたのは私なのですが?」 「黙れッ!!」


 アレクサンダーが鼓膜を震わせるような怒声で遮った。


「貴様のような卑賤な女が王家に仕えるのは当然のことだ。むしろ、貴様のような無能を退屈な仕事で使ってやったことに感謝すべきだな!!」

「……そうですか。それは残念です」

「ふん、『残念』だと? 目上の者に対する口の利き方も知らないようだな」


 アレクサンダーは嫌悪感を隠さず、虫ケラを見るような目で私を見下した。


「つまり……殿下、ナターシャ、父、そして母……貴方方全員が、今日、私を跡形もなく捨てることで合意したのですね?」

「ああ! さっさと失せろ! 荷物をまとめてスラムにでも行くがいい!」


 それは、自分が絶対的に有利な立場にあり、決して傷つくことはないと信じきっている愚か者の表情だった。

 純粋な愚かさというものは、ある観点からは感銘すら覚える。


「分かりました……ならば、もはや貴方たちに慈悲をかける必要はありませんね」


 私は静かに目を閉じ、これまでこの愚か者たちのために背負ってきた重荷が、ようやく外れるのを感じた。

 目を開けたとき、私の瞳はもはや無機質なものではなく、獲物を屠る刃のように鋭く光っていた。


「入りなさい」


 私の号令と共に、アレクサンダーが蹴り飛ばしたドアが再び大きく開かれた。入ってきたのは王子の近衛騎士ではなく、大陸最大の諜報・金融組織であり、三流貴族の間では神話とさえ思われている『セルペンテ』の紋章を付けた黒服の男たちだった。


「何だ貴様らは?! 誰だ!」アレクサンダーが狼狽し、飾りの剣に手をかけた。

「殿下、私のもう一つの正体を正式に紹介させていただきましょう。名はアメリア・フォン・ザルフィング。ですが裏の世界では、アラステア王国の債務の8割とザルフィング侯爵領の全資産を握る金融コンソーシアムの唯一の所有者――『マスターS』として知られています」


 アレクサンダーとナターシャの顔が瞬時に土気色に変わった。ナターシャの薄笑いを浮かべていた唇が激しく震えだす。


「な……何を言っている?! そんなはずがない! 貴様はただの女だぞ!」

「ただの女、ですか。滑稽ですね。貴方たちの私を捨てるという愚かな望みは、人生最大の過ちです。私が父によって侯爵家から除名された瞬間、ザルフィング家に与えていた『無利子融資』の全契約は法的に無効となります。そして、この婚約が殿下によって一方的に破棄された以上、この五年間に私が王国へ提供したすべての『助成金』は、24時間以内に返済すべき『負債』へと切り替わります」


 私は執務室の引き出しから一通の書類を取り出し、震える二人の足元に叩きつけた。


「総額は金貨5000億枚。24時間以内に王国とザルフィング家が完済できなければ、契約通り、侯爵領の全域と王位継承権は我がコンソーシアムによって差し押さえられます」

「ま……待って! アメリアお姉様! これは……冗談ですわよね?」ナターシャが偽りの涙を浮かべて擦り寄ろうとする。先程までの傲慢さは微塵もない。

「汚らわしい手で私に触れないでちょうだい、ナターシャ! 私は効率しか考えない化け物なのでしょう? 効率的に見て、貴方たちは我が社の利益を損なうゴミに過ぎません。ゴミは然るべき場所に捨てられるべきなのです」


 私は背後に控える黒服の男たちに視線を向けた。


「監査官、この女が身に付けている装飾品をすべて没収しなさい。私の金で買ったダイヤを一粒たりとも付ける資格はないわ。……それから、殿下」

「あ、アメリア! こんなことは許されない! 俺は王太子だぞ!」

「ふふ、笑わせないで。貴方は今や、巨額の借金を背負ったただのゴミよ。……影の騎士たち、アレクサンダー・フォン・アラステアを国家資金横領および国家経済に対する反逆罪で拘束なさい。証拠は今朝、長老会に送付済みよ」

「ハッ!!」


 地を這うような野太い返事と共に、男たちが動いた。

 先程まで尊大だったアレクサンダーは、黒服の騎士に腕を捻り上げられ無様に悶絶している。

 ナターシャは、首元からダイヤのネックレスを無理やり引き剥がされ、悲鳴を上げながら床に転がった。

 私は椅子から立ち上がり、エレガントなドレスを整えると、足元に這いつくばる醜い二人を冷酷に見下ろした。


「ナターシャ、殿下の婚約者という退屈な仕事から解放してくれてありがとう。せいぜい、想像しうる限り最も冷たい地下牢で余生を楽しみなさい。ああ、心配しないで。最初の三日間は食事を与えないよう命じてあるから。これまでの私の忍耐に対する『利息』だと思ってちょうだい」  絶望に染まった二人の顔を見て、私は高笑いを上げた。


 一度も振り返ることなく、私は部屋を後にした。

 廊下では、私のエージェントから知らせを聞いた父のザルフィング侯爵と継母のナタリア・エクレールが、絶望に顔を歪ませて膝をついていた。一瞥する価値さえない。

 西の空には燃えるような夕焼けが広がり、愚か者たちの終焉を祝っているかのようだった。

 これは私の物語の終わりではない。黄金時代の始まりだ。

 私はアメリア――『マスターS』。愛などいらない。私を壊そうとした者たちへの、完全なる破滅だけがあればいい。

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