第2話 諦念に満ちた日常 2
弱い者いじめって楽しいのだろうか。強くなったことがないから分からない。勉強が出来たって運動神経が悪ければ強者にはなれない。いま勉強ができれば将来的には強者の側に回れるのかもしれない。それに今だって、両親ともに経営者の肩書きを持っていて裕福な部類に入る。放任の代わりの潤沢な小遣い。環境的には充分すぎるほどに恵まれているのだろう。それでもそんなものは、僕の求める強さではない。
そもそも僕は強さを求めているのか。それすらも分からない。高校生時点で既に、この先の人生が諦念で満ちていることだけは確かな現実だ。
「帰ってくるのが遅い」
家に着くと、玄関前に
「なんで家入らないの」
「入りたくなかったの」
「また鍵忘れたのか」
「兄を待ちわびてたという選択肢は浮かばない?」
「連絡すればいいのに」
「スマホも忘れたという選択肢は浮かばない?」
「呆れてしまってかける言葉が浮かばない」
両親が不在の家庭環境は小学生の頃から教え込まれているというのに、妹は忘れ物の癖をなかなか直さない。むしろそういう特性を持った性格として開き直っているくらいだ。
「ねえ兄ちゃん。夜中にいっつも何やってんの?」
両親の不在は終日だ。帰ってくるのは数か月に一度。放任主義に磨きがかかっている。だけれど不思議と親に見放されているという気持ちを持ったことは無いし、愛情に飢えていたという記憶もなかった。
「何って。何が」
ただいまという言葉を久しく使っていない気がする。基本、妹よりも帰宅が早い場合が多いのだ。
「朝日。部活は?」
「今日は休み。てか話逸らすな」
「気づいてたんだ。いつもイビキかいて爆睡みたいだから気づいてないと思ってたのに」
「何言ってんの? 乙女はイビキかかないから」
気づいてないと思っていたのは本当だった。親がいないことの気安さはあるけれど、妹にバレても面倒であることは変わらない。だから夜中に家を出るときは極力物音を立てないように意識していたはずなのに。
「私の眠りは浅いのよ」
「地響きみたいなイビキなのに?」
「だーかーらー! 乙女なのっ!」
「大丈夫だよ。お前が心配するようなことはしていない」
「私は何をしてるのかを聞いてるの。怖い人に脅されたりとか。してないならいいんだけどさ」
脅しなら今日の帰りに受けたばかりだ。もちろん話したりはしないけど。
「あんまりはぐらかすと。お母さんに言いつけるよ」
自分の部屋に向かうために階段をのぼっていたが、その足を止める。踵を返して朝日を見た。
「朝日」
「なんだい兄ちゃん」
「それを言うなら。朝日の高尚な趣味を両親に話してもいいんだぞ」
「……高尚な趣味?」
「男同士の友情か。あ、それとあんなに過激な漫画を誰もいないと思ってリビングに堂々と置いとくのはどうかと思うぞ。母さん卒倒するぞ。それにしても兄妹設定が多いのはなんでなんだろうな」
「兄ちゃん。仲良くいこうぜっ!」
ピースピース。何事も抑止力を持ってこその平和である。
「分かってくれて嬉しいよ。あと、家族の迷惑をかけるようなことは。ホントにしてないから」
「うん。私は出来ればその言葉だけを聞きたかったかな」
交渉成立。だが実際。本当に疚しいことはないのだ。疚しさもなければこれといって楽しみもない。強いて言えば消極的な自殺と、まあ、言えなくはないかもしれない。随分と過激な言い回しをするならば、だけれど。
深夜徘徊が。何故だか最近の趣味になりつつある。
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