夜と鬼
葉山ひつじ
第1話 諦念に満ちた日常 1
僕の周りはクソだ。周りは世界とも置き換えることができる。でも僕は世界を知らない。あまりに知らなすぎる。それは誰もが同じだ。だから予想する。自分の周りを見て世界はどういうものかと推測する。そしてその推測は概ね正解になる。何故ならそういう目でしか世界を見られなくなってしまうから。
そういう目というものは意識して変えられるものではない。変えられなくはないけれど、変化した頃には自分の心境も大いに変わっているので、自分の周りを変えようとするよりは自身が変化する方が手っ取り早いだろう。
心境が変われば。そりゃあ見える世界だって変わってくる。場合によっては見違えてしまうだろう。
だけれど。そこには不変なものも存在する。目を変えるということは視点を変えるということで、視点を変えるということは見るものを選んでいるということだ。
だから世界は簡単に変わる。そして同時に決して変わらないこともある。
世界がクソだという事実は。どうしたって変わらない。
「ねえねえ。お金ちょうだい」
例えば下校途中に。見るからに素行の悪そうな高校生二人組に絡まれている僕がいて。そこは余裕で人が行きかう歩道で行われていることで。すれ違う人が大勢いて、高校生二人組はガラの悪さを威嚇することでアピールしていて。僕はもちろん沈黙を通していて。見るからにこれから暴力だかカツアゲだかが繰り広げられそうな予感しかないのに、人々は無言で通り過ぎていくだけ。中にはじろじろと見てくる人もいるけれど、そういう奴らに限って歩行速度がやたらと早い。
「ねえ。聞こえないの? お金ちょうだい」
仕方ないと割り切るべきなのだろうか。大仰にため息を吐いたら紛れるような問題ではない。要はクソなのだ。自分の周りはクソだらけ。手を差し伸べる人は疎か、気にしない人が多すぎる。
自分とは関係ない。ああなんて世知辛い。なんならじろじろ見てくる奴らの方がマシなのかもしれない。だって気にしてはいるから。中には歩きスマホでまるでこちらに気づかない人もいる。
「僕らね。お金に困ってるの。遊ぶ金が欲しいわけ。ね?」
僕の見た目が悪いのだろうか。確かに不良に絡まれる率は高い気がする。高校生だけれど制服を着ていないと中学生に間違われるほど華奢なのは事実だし。でもだからって、カツアゲをしていいことにはならないだろう。
「ねえ。早くしてくれる? 財布だよ。出しなさい」
催促から命令に変わるのも時間の問題だ。僕は怯えた顔のまま周囲に目をやる。
大学生だろうか。ラフな格好をした男性と目が合った。その男性はあからさまに困惑した顔をして目を逸らすと、駆けていった。なんと。駆けた。しかもすれ違う瞬間だけだった。すれ違い終われば関係なしとばかりに、その背中が小さくなっていく。僕は明らかに信号をおくったのに。自分の目はしっかりと助けてくれと訴えていたのに。
「おい。なにしてんだよ。早く出せよ」
やはり命令口調になっていた。いや分かってる。充分にクソな世界であることは。いやというほど知っている。
僕はポケットに手をつっこんだ。取り出したのはスマホだった。
「なんなの? お前。早く財布出せって」
「財布は持ってません。キャッシュレス派なんで」
「はあ?」
「どうしますか。送金するんですか。ちゃんとアプリ入ってます?」
「てめえ。ふざけるなよ。適当な嘘つくな。殺すぞ」
「あ。もちろん最初から録音はしています。録画もしてます。ちゃんと記録は残っていますので。このまま警察に電話しますね」
クソは弱い者を狙う。弱い者は抵抗してこないと侮っているから。そしてクソに限って、弱い者には何をしてもいいとバカみたいな理論も持ち合わせている。文字通り、バカにつける薬はこの世にないのだろう。
「クソがっ」
不良が捨て台詞を吐く。僕はスマホに記録を残していく。
「消せよ」
「消えるのはお前らだろ?」
不良二人の顔色が変わる。すかさず僕はスマホを耳に当てる。
「ああ。警察ですか。不良二人組に絡まれていて。はい。場所は――」
「マジかよ」
「クソだな」
盛大に舌打ちをして。二人が僕を睨みながら早足で去っていく。
いなくなったのを確認してスマホをポケットに戻す。もちろん電話などしていない。
「……クソはどっちだよ」
肩は竦めない。大仰なため息も吐かない。心の中に虚しさだけが広がっていく。
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