スピリチュアルな観阿弥さんと小説家志望の僕

夢見るライオン

第1話 観阿弥さん


 僕達の出会いは、とてもありふれたものだった。


高砂たかさご学園』に通っていた僕は、二年になって文系クラスに進級した。


 僕は昔から理数が苦手で、この進学校に入学できたのも理数以外の科目が良かったからだ。


 読書好きの僕が選ぶ道はもちろん文系、目指す進学先は文学部一択だ。


 理系組の男達の中には、やっかみなのか文系男子に言いがかりをつけるやつらもいる。


「文系を選ぶ男なんて大半は女目当てなんだろ。クラスの三分の二は女子だからな」

「それでモテると思ったら大間違いだ」

「そうそう。女子の大半は理系男子の方が好きなんだよな、これが」

「結局、選択科目で出会う理系男子と付き合う子がほとんどなのさ」

目論見もくろみがはずれてご愁傷しゅうしょうさまなことだ、ははは」


 ふ・ざ・け・る・な、だ。


 僕は純粋に文学を愛しているんだ。

 読書好きが高じて、半年前から書く側にも興味が湧いてきた。

 僕はいずれ有名な作家になる。

 いや、この一年の間に作家デビューを目指している。

 そして……。


 あわよくば高校生作家として話題になり、マスコミなんかにも取り上げられて、ファンに追いかけられつつ、大学はその経歴を盾に一芸入試で突破してやろう、などと考えている。


 ふふふ。見ていろよ、調子に乗った理系男達よ。


 鼻息荒く黒板指定の席についた僕は、教室を見渡して「ふむ」と納得した。


 愚かな理系男達の言い分にも一理ある。

 確かに女子が多い。

 三分の二というか、四分の三ぐらいいそうだ。しかも。


(え? 可愛い子多くないか?)


 一年の時、学年で可愛いと話題になった女子があっちにもこっちにもいる。


(大当たりじゃないか、このクラス……)


 無意識に鼻を膨らませ、ジロジロと美女達を吟味ぎんみする。


(あっちの美女はアニメ『創作のフリーランス』のメルンに似ているって話題になった子じゃないか? こっちの美女はモデル事務所に所属していると噂の子だろう)


 二・三年は持ち上がりだから、この大当たりクラスで二年間過ごすことになる。


 これはいよいよ運が向いてきたようだ。

 ふふふ。理系男どもよ、ざまあみろだ。


 まるで彼らに勝ったように僕はほくそ笑んだ。


 まったく何も勝っていないし、女目当てで文系を選んだと言われても仕方のないにやけ顔で教室を見回す僕は、ふいにおでこに強い衝撃を受けてのけぞる。


「いてっ!」


 おでこをさすりながらきょろきょろと周囲を見回すと、隣の席の女子がこちらを見ていた。

 そして……。


「ええっ⁉」


 さらに大きな声が出た。



 前下がりのきつい、攻めた黒髪ボブ。

 意志強めの眉に、小ぶりに尖った顎。

 暗い闇を閉じ込めたような、黒目がちの大きな瞳。


 とてつもないクールビューティーの美少女は、学校の誰もが知る女生徒だ。


「観阿弥!」


 いや、歴史上の偉人の名を叫んだわけではない。


 かん 阿弥あみ


 冗談のような彼女の本名だ。


「初対面の女子に、いきなりフルネーム呼び捨てとはいい度胸ね」


 片ひじをついてハスキーボイスでささやく様は、極道の妻の威圧感を放っている。


「い、いや……。ごめん。珍しい名前だから覚えていて……」


 そう。

 入学式の日に目立ち過ぎる美貌で全生徒がその顔を覚え……。

 新入生代表として壇上に立つと、その冗談みたいな名前で話題になり……。

 この学校の誰もが彼女を知っている。


「狂言の人だっけ? 一度聞いたら忘れない名前だよね」


 僕は誤魔化すように愛想笑いを浮かべた。


「能よ」


 彼女はにこりとも笑わず訂正した。


「あ、あれかな? なにか能の家元の血筋とか?」


「……」


 あれ? まずいことでも言ったかな。

 美人の無言のはきつい。


「……全然関係ないわ」


 関係ないんかい。


「父親が冗談で付けただけよ」


「へ、へえ……」


 え? ここ、笑うところ?

 笑った方がいい?


 いや、笑える雰囲気じゃない。


「あの……、さっき僕のおでこに何か当たったみたいだけど……」


 消しゴムでも投げつけられたのかと思ったが、そんなものは床に落ちていない。


「ああ。それはデコピン玉よ」


 彼女はなんでもないように答えた。


「デコピン玉?」


「にやけた顔が不審者のそれだったから、気の玉で正気に戻してあげたのよ」


 そんなやばい顔になっていたのか。恥ずかしい。

 いや、問題なのはそこじゃない。


「気の玉?」


「そうよ。親指と人差し指で小さな気の玉を作るの。そしてデコピンをするように飛ばすと……」


 彼女は説明しながら、実際に親指と人差し指をはじいて見せた。すると。


「って!」


 さっきと同じ衝撃が僕のおでこにぶち当たった。


「な、なにするんだよ!」


 僕は痛むおでこを押さえながら叫んだ。


 いや待て、そこじゃない。


「気の玉?」


「誰でもできるわよ。やってみる?」


 ほんとか?

 僕が知らないだけで、他のみんなはそんなわざを持っていたのか?


 高2になるまで誰もそんなこと教えてくれなかったぞ。


 僕は教えられるままに、親指と人差し指でデコピン玉を前の男子の後頭部に弾き出した。


「……」


 何も起こらなかった。


「できないじゃないか。できるわけないだろう」


「できるわ。ちょっとコツをつかめばね。ほら」


 言いながら、彼女はもう一度僕のおでこに向かって指を弾いた。


「いたっ! よせよ! なんだよ、その変な技」


 そうして思い出した。


 そうだった、入学初日で話題をさらった美少女・観阿弥さんは、その翌日には『やばい人』認定されて全男子の恋愛対象から外されたのだった。


「デコピン玉も作れないなんて、人間はどこまで退化してしまったのかしら」


 彼女は憂いを込めた顔で、嘆くように首を振った。


 彼女の言動は普通ではない。


 頭脳明晰、容姿端麗なのに。

 思想がかたより過ぎていて、誰とも相容あいいれない。


 はっきり言うと、スピリチュアルにはまり込んでいた。

 やることなすこと、常人のそれとはかけ離れている。


 かけ離れ過ぎていじめられることもないが、理解して仲良くなろうという人もいない。


 変人。

 その一言で片づけてしまっていいだろう。


 噂以上に変な人のようだ。


 これは僕も関わらない方が良さそうだ。


 可愛い子だらけのこのクラスで、彼女と同類だと思われて変人扱いされたくない。


 教室に担任がやってきたのをいいことに、僕は彼女との会話を打ち切って前を向いた。



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2025年12月23日 12:00
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スピリチュアルな観阿弥さんと小説家志望の僕 夢見るライオン @yumemiru1117

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