マイクロ・ニンジャ

花野井あす

ええあいシステム


 元禄げんろく二年、綱吉つなよしこうが治世。

 松尾芭蕉まつおばしょうが奥の細道の旅を終えたか終えていないかの頃、ニンジャたちは平和すぎるが故に職にあぶれ、食うに困っていた。ようやっと依頼が来ても、やれ不倫調査だのモラハラ調査だのと、どうにも張り合いの出ないものばかり。さてどうしたものか。の同胞たちと同じく、気が付けばハラスメント相談所の職員と化してしまっていた元伊賀ニンジャ、伝蔵デンゾーは考える。そしてひとつの答えに行き着いた。


「そうだ、庶民向けの情報屋をしよう」


 それではハラスメント相談所と変わらぬのではないか。との元ニンジャたちも思ったことだろう。だが、伝蔵デンゾーの発案したそれはお客に足を運んでもらう情報屋ではない。いつでもどこでもお客に寄り添う情報屋である。

 ゴシップ専門家となった元同僚、三郎サブローは眉をひそめる。

 

「ん。寄り添うって。「わたくしめは常にお客さまの味方ですから、ご安心ください」とかなんとかそれっぽい言葉をかけて心理的に依存させるとかそういう話かい、伝蔵デンゾー?」

「そんなまさか。そんな本当かもわからないことはしねえよ、三郎サブロー。文字通り、寄り添うのさ」


 からからと笑って伝蔵デンゾーは顎先である長屋を指し示す。その長屋の屋根からは奇妙な糸がひょこりと顔を出し、外の水桶へと続いている。その水桶からまた糸が出てきて、別の屋根や井戸へ。目を凝らすと、その奇妙な糸が江戸中を張り巡らされている。その異様な光景にゴシップ専門ニンジャの三郎サブローはぎょっと目を剥いた。


「なんじゃあ、あの糸は」

「おお。ちょうど分身のひとりが駆けつけたようだ」


 伝蔵デンゾーの視線をたぐれば、小さな影がささっと通り過ぎてゆく。目を凝らせばそれは伝蔵デンゾーだ。


「なるほど。圧縮分身体か」

「そう。三郎サブローも知っているだろう。おれが分身の術を得意としていることを」

「ああ、知っているとも。お前さんに掛かればどんな情報もあっという間に集まったのだから、忘れるはずがない!」


 分身の術というものは、忍術の中でも最上級の難術だ。

 分身の術というものは、その名の通り自身の複製である。発案者は偉大なる伊賀のニンジャ、服部半蔵である。初代がワタシカメラを考案・開発し、二代目が実用化を実現した。伊賀ニンジャたちはカメラを片手に自身を撮影し、もうひとりの自分を投影・生成する。

 だが多くのニンジャは自撮り技術がなく、中途半端に2/3だけ映してしまうとか、うっかり他の同僚の下半身も映して1.5にしてしまうだとかして、正しく分身が生成できない。三郎サブローも同様だ。

 だが、伝蔵デンゾーは違う。

 いまやハラスメント相談所の所長と落ちぶれてしまった彼は、インフルエンサーとしての一面を持ちながらニンジャ業に勤しんでいたのもあって、自撮り技術はピカイチだった。的確に自分だけを撮影し、そっくりそのまま作り出せる。しかも加工技術に揉たけ、分身サイズを二倍三倍にしたり、反対に二分の一倍三分の一倍にしたりする。もちろん、上半身が無いだとか左半身が無いだとかいったミスはしない。完璧に伝蔵デンゾーの二倍三倍分身、あるいは二分の一倍三分の一倍分身を実現するそしてこの後者の、二分の一倍三分の一倍分身がまさに圧縮分身なのである。

 伝蔵デンゾーは自身の分身がせかせかと屋根の上を伝ってゆくのを満足げに一瞥したのち、友の三郎サブローへ笑い掛けて言う。

 

「おれは「ええあい」という情報提供・画像文書生成システムをつかった商売を始めているんだ」

「ええあい?」

「そう。「あい」だ。そしてその中核を担うのがあの分身体たちだ。あの分身たちのうち相談役が依頼主の悩みを聞き、その分身をさらに分身させる。調査役、文章執筆役、絵図作成役。各々は依頼を実現すべく各々の役割を果たし、最終的には相談役として統合し、依頼主へ悩みを解決する文書や絵図を渡す……そういうからくりになっている」


 依頼とは、「気になる女性の好みの男性について」や「団子の相場と適正価格について」といった情報から、「好いた女に囁く口説き文句」案や風呂屋の設計図の代理作成や部屋に飾る美人画や風景画の生成など。伝蔵デンゾーと契約した依頼主は屋内に特殊な糸で繋がれた陶器製の筒形器を配置し、その器(受話器と伝蔵デンゾーは呼んでいる)に向かって「頼むで「ええあい」……」で開始する依頼内容を言う。それを複数の分身役のうち、対面の相談役となる分身が聞いて、先ほど伝蔵デンゾーが言った通りの手順で依頼を完遂するというわけだ。その驚くべき手順に、三郎サブローはぎょっとせずにはいられない。


「まさか。ワタシカメラの分身まで作ったというのか、伝蔵デンゾー?」


 服部半蔵によってニンジャの必需品となったワタシカメラ。その仕組みは未公開である。すなわりワタシカメラはブラックボックスであり、それゆえにその分身の生成に成功したニンジャはいない。あれの製造は服部半蔵の名を代々継ぐニンジャたちの役目なのだ。だが――その継承者でもない伝蔵デンゾーが、成功させた。伝蔵デンゾーは得意げな顔をしてうなずく。

 

「そうだ。依頼を聞いた分身が分裂して仕事をしたほうが、別の分身へ情報を伝達して仕事をするよりずっと的確だろう?伝言ゲームというものは余計な情報を付け加えたり、必要な情報を抜け落としてしまったりするものなのだから。もちろん、依頼主のそばに分身は二体残す。追加の依頼が来るかもしれないからな」

「……ん?二体なのか?一体でも三体でも四体でもなく」

「そうだ。二体がもっとも適切な数だからだ」


 三郎サブローは眉をひそめると、伝蔵デンゾーはふむと呟き、そしてポンと手を叩く。


「仕方あるまい。二体と決めたきっかけについて……あの過去の事例について教えてやろう」

 

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