蘇生人 今川昇太
旭
第1話 同じ服、同じ朝
午前六時。
東京都港区のビジネスホテルの一室で、今川昇太はラジオ体操第一を終えた。
スマートフォンの画面から流れる、どこか懐かしい音楽。
腕を伸ばし、身体をひねり、最後に深呼吸をひとつ。呼吸が落ち着いたのを確認してから、彼は静かに画面を消した。
朝はいつも同じだ。
体操、シャワー、身支度。
クローゼットを開けると、同じブランドのスーツが三着、色違いで並んでいる。シャツも下着も靴下も、すべて同じ店で揃えたものだ。選択肢を減らす。それだけで、人は余計な判断をしなくて済む。
鏡に映る自分は、どこにでもいる三十二歳の会社員に見えるだろう。
それでいい、と昇太は思う。
彼はキャリーバッグを一つだけ持って、各地を回る。
行く先は、決まって“終わりかけている会社”だった。
⸻
港区のオフィスに着いたのは、午前九時きっかり。
ガラス張りの簡素なオフィスの奥で、社長が一枚の資料を差し出した。
「次は、長野だ。従業員三十六人。創業五十年の食品加工会社」
社長はそれ以上、余計な説明をしない。
国内外から舞い込む依頼の中から、どれを“蘇生可能”と判断するかは、この人の仕事だ。
「三か月で、黒字化の道筋を見せろ。やれるか?」
昇太は資料に目を落としたまま、短く答えた。
「条件次第です」
それが彼の口癖だった。
救える会社もあれば、救えない会社もある。
感情で線を引かない。その代わり、現実からも目を逸らさない。
⸻
長野行きの新幹線の中。
キャリーバッグは足元に置かれ、昇太はノートパソコンを開いていた。
売上推移、原価率、人件費。
数字は嘘をつかない。嘘をつくのは、いつも人間のほうだ。
「……なるほど」
小さく呟き、画面を閉じる。
窓の外には、都会から少しずつ距離を置く景色が流れていく。
会社を蘇らせる、という言い方は少し大げさかもしれない。
昇太がやっているのは、呼吸を整えることだ。
無理な拡張を止め、歪んだ仕組みを戻し、人が本来の力を出せる場所を作る。
それでも、救われた側からはこう呼ばれる。
——蘇生人。
その呼び名を、昇太自身は一度も口にしたことがなかった。
⸻
長野駅に降り立った彼は、キャリーバッグの持ち手を握り直す。
同じ服、同じ朝、同じルーティン。
だが、会社が違えば、人も違う。
今日から三か月、彼はこの町の“終わりかけた時間”と向き合うことになる。
静かに、確実に。
今川昇太の仕事が、また始まった。
蘇生人 今川昇太 旭 @nobuasahi7
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。蘇生人 今川昇太の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます