【魔導船】で始める大逆転貿易録 ~無一文から始める、最強毒舌メイドとの冒険商人ライフ~

のらしろ

第一章 王都の学園と親友

第1話 成り上がり貴族、王都へ行く


「グラスよ、これはオネスティー家の伝統だ。お前も立派な男爵家の嫡男として、彼女を連れて王都へ行きなさい」


 カレンシーの港に停泊する大型帆船の前で、親父は涙ぐみながら言った。一見すると、愛する息子を王都の学園へ送り出す感動の別れだ。

 だが俺は知っている。親父のその涙が、別れの寂しさではなく、「家の最高権力者(裏)」を厄介払いできた嬉し涙であることを。


「……父上、目が笑ってますよ」


「何を言うか。さあ、サクラ。息子のことを頼んだぞ。くれぐれも、私が呼び戻すまで帰ってこなくていいからな!」


 親父の視線の先にいるのは、俺の背後に控えるメイド服の女性――サクラだ。

 透き通るような肌に、人形のように整った美貌。だがその正体は、曽祖父の代に海底遺跡から引き上げられた遺物(アーティファクト)のホムンクルスである。

 そして、我がオネスティー家の男たちが代々、頭の上がらない「影の支配者」でもあった。


「旦那様、どうぞご安心を。このヘタレな坊ちゃまが、王都の女狐たちに骨の髄までしゃぶられぬよう、私が骨まで管理いたしますので」


「おいサクラ、言い方!」


 サクラはニコリともせず、冷徹な美声で毒を吐く。

 オネスティー家の家訓『三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)』。これに加え、我が家には裏家訓がある。『サクラよし』だ。彼女の機嫌を損ねれば、家庭内の平穏は崩壊する。


 こうして俺、グラス・ド・オネスティー(一五歳・チェリー)は、最強にして最恐の毒舌従者を連れ、王都セルフィニシュへの旅路についたのだった。


 ◇


 王都への道中、俺には心強い旅の道連れがいた。

 隣接する辺境伯領の四男、アルことアルバート・ステインだ。


「ははは、グラスも大変だなあ。あのサクラさんに睨まれてるなんて」


「笑い事じゃないぞアル。俺の貞操と精神は、常に崖っぷちなんだ」


 馬車に揺られながら、俺たちは軽口を叩き合う。アルは辺境伯家の四男という高貴な生まれだが、家督を継ぐ立場にない気楽さからか、成り上がり男爵家の俺とも対等に付き合ってくれる貴重な友人だ。


「でも、王都の学園か。楽しみだな。美人の同級生とかいるかな?」


「お前は能天気でいいよな……」


 そんな他愛もない話をしながら到着した王都セルフィニシュは、カレンシーとは比べ物にならない大都会だった。

 内陸にありながら巨大な運河が引かれ、石造りの街並みは圧倒的だ。学園の寮に荷物を(主にサクラが手際よく、かつ俺の私物をゴミを見るような目で選別しながら)片付けた後、俺とアルは早速、学園の探索に出かけることにした。


「すげえな、ここが貴族学園か……」


 広大な敷地、手入れされた庭園。すれ違う生徒たちの煌びやかな制服。

 田舎貴族の俺たちがキョロキョロと散策していると、校舎裏の並木道から、何やら不穏な空気が漂ってきた。


「おい、生意気なんだよ平民が!」


「特待生だか何だか知らねえが、調子に乗るんじゃねえぞ」


 見れば、ガラの悪そうな男子生徒四人が、一人の女子生徒を取り囲んでいるではないか。

 いかにもな選民思想バリバリの悪役ムーブ。テンプレだ。

 本来なら、喧嘩などからきし弱い俺ごときが関わっていい場面ではない。逃げたい。全力で逃げたい。

 だが、俺の体は思考より先に動いていた。


「やめないか!」


 裏返った声で叫びながら、俺は男たちの間へ割って入っていた。

 オネスティー家の教育、恐るべし。

 幼い頃から『弱者をいたぶるな』『見て見ぬふりは万死に値する』と叩き込まれたノブレス・オブリージュ(という名のパブロフの犬状態)が、俺の生存本能を凌駕したのだ。


「あぁ? なんだお前」


「えっと、その、オネスティー家のグラスだ! よ、弱い者いじめは、貴族の品位に関わるぞ!」


 震える足で精一杯の正論を吐く。

 リーダー格らしき男――後に知るアルセニック・ド・アコニチン――が、青筋を立てて俺を睨んだ。


「成り上がりの貿易商風情が、歴史ある法衣貴族に説教か? ああ!?」


「ひっ……いや、その、道理としてですね……」


「うるせえ!」


 ドゴォ!

 綺麗な右ストレートだった。俺は枯れ木のように吹っ飛んだ。

 その後はもう、一方的な展開だ。

 俺は亀のように丸まりながら、雨あられと降ってくる蹴りに耐えるサンドバッグと化した。痛い。すごく痛い。サクラに言葉で刺されるより物理的に痛い。


「やめろ! 何をしている!」


 そこへ、天の助けか、凛とした声が響いた。

 アルだ。アルが人を連れて戻ってきたのだ。

 彼と一緒に現れたのは、金髪の生真面目そうな青年と、誰もが振り返るような美少女だった。


「寄ってたかって一人を痛めつけるなど、騎士道に反するとは思わないのか!」


「フン、また雑魚が増え……ゲッ、チャーリー!? それにマリアンヌ様!?」


 アルが連れてきた青年、チャーリー・ド・ブラウンが一喝し、その横でマリアンヌと呼ばれた美少女が冷ややかな視線を送ると、悪役たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。どうやら相当に身分の高い相手らしい。


「大丈夫ですか!?」


 ボロボロの俺に駆け寄ってくれたのは、最初に囲まれていた少女だった。

 栗色の髪に、優しげな瞳。彼女の手から温かな光が溢れ、俺の身体を包み込む。

 光魔法――いや、回復魔法か。


「す、すげえ……痛みが引いていく……」


「よかった……。私、エリッサといいます。助けてくれて、本当にありがとうございました」


 涙目で俺を見つめるエリッサちゃん。

 これは、フラグか? いや、俺はただ殴られていただけだが。


 ◇


 その後、俺たちは学園内のオープンテラスでお茶をすることになった。

 メンバーは、俺とアル。

 助っ人を連れてきてくれた生真面目青年のチャーリー。

 悪役を一睨みで退散させた公爵令嬢のマリー(マリアンヌ)。

 そして回復魔法使いの特待生、エリッサだ。

 そこへさらに、「おーい、面白そうなことしてるじゃん!」と軽いノリで合流してきたのが、王都の大商人の次男ボブと、その幼馴染で商会長の娘クレアだった。


「へえ、グラスって言うんだ。あのアルセニックに喧嘩売ってボコられるとか、お前最高にロックだな!」


「褒めてないだろボブ……」


 いつの間にか机をくっつけ、雑多な集まりができあがっていた。

 俺とアル、ボブ、チャーリーの男四人は、初めて会ったとは思えないほど意気投合していた。


 一方、マリー、クレア、エリッサの女性陣も何やら盛り上がっている。正直、顔面偏差値が高すぎて直視できない。


「でも、グラス君は勇敢だったわ。震えながら飛び込んでくるんだもの」


「ええ、普通はできないわよ。無謀だけど」


「私、感動しました!」


 マリーとクレアにからかわれ、エリッサに尊敬の眼差しを向けられ、俺は顔を赤くして縮こまるしかなかった。

 ボコボコにされたけれど、結果オーライ……なのか?


 ◇


 夕方、貴族寮の自室に戻った俺は、湿布を貼りながら今日の武勇伝(?)をサクラに報告した。

 少しは褒めてくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱いて。


「……というわけで、エリッサを助けたんだ」


「はあ」


 サクラは興味なさそうに紅茶を淹れながら、ジト目で俺を見下ろした。


「つまり、無策で突っ込み、一方的に殴られ、友人に助けられ、美女に治療してもらったと?」


「うッ……要約するとそうなるが……」


「で? そのエリッサ様はお持ち帰りできなかったのですか?」


「できるわけないだろ! 今日会ったばかりだぞ!?」


 サクラは呆れたようにため息をついた。


「これだからヘタレは困ります。せっかくの『吊り橋効果』という絶好の機会を、ただの『サンドバッグ体験』で終わらせるとは。オネスティー家の男は代々、女心の攻略だけは早かったのですが……やはり坊ちゃまは失敗作でしょうか」


「誰が失敗作だ! 俺はノブレス・オブリージュを果たしたんだよ!」


「はいはい。それでは、次はそのノブレス・オブリージュとやらで、ご自身のチェリ

ーも卒業できるよう努力してくださいませ。……プッ、チェリーだけに」


「笑うな! そこ笑うところじゃないだろ!」


 王都での生活一日目。

 どうやら俺の学園生活は、サクラの毒舌と、個性的な友人たちに振り回される、騒がしいものになりそうだった。

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