おちゃめクールな流華先輩

きと

第1話

 放課後、部室である化学実験室を開けると、先輩が魚肉ソーセージを炙っていた。

「……何してるんですか、流華るか先輩」

「何って、魚肉ソーセージ焼いてる」

 僕が聞きたかったのは、そういうことじゃなかったんだけど……。まぁ今更か、この人の奇行は。

 ゴールデンウィークが明けた始めの月曜日。つまり、僕がこの岩平いわひら高校に入学してから1か月は経ったことになる。

 そして、この1か月。僕は、同じ科学部の変な先輩、山中やまなか流華るかさんに振り回されてきた。

 と言っても、急に異世界のような魔法やらなんやらが飛び交う戦いに巻き込まれるとか、学園に潜むミステリーを追いかける探偵と助手になったわけではない。

 ただ単に、流華先輩の行動が読めないのだ。

 見た目は、黒髪ロングでスタイルもいい、流し目でカリスマ性を感じる顔立ちをしている。

 しかし、ふたを開ければ突拍子ないことばかりする。

 新人歓迎会でいきなり「焼き芋屋さんだよー」と、焼き芋専用の調理器を持って乱入し、季節外れの焼き芋ふるまったり。

 焼き芋乱入から1週間経たずに「面白いもの見つけたー」と、虫かごにゲジゲジを10匹くらい詰めて持って来たり。

 焼き芋の段階では、「なんだったんだアレ?」くらいで済んだが、ゲジゲジは部室が阿鼻叫喚になった。最終的にゲジゲジ逃がしたの、僕だし。

 おかげで、1学期が始まった当初は15名くらいいた科学部の新1年生は、僕を入れて4人になった。更には、科学部所属という時点で、変な目で見られるようにもなった。

 部長は、「真の科学の騎士が厳選されたのだ」とよく分からないこと言っており、大量の退部者を出した流華先輩は特にお咎めなしだった。

 我ながら、変な部活に入ってしまったなぁ……。

森田もりた。先生に見つかるから、早く部室のドアを閉めて」

「そもそも、先生に見つかったら怒られることをしないで下さい」

 僕は、後ろ手でドアを閉める。見つかったら、連帯責任で怒られそうなので。

 なんか、僕が流華先輩のお守り担当みたいになってるんだよな……。

 思わず、ため息が漏れてしまう。

「ため息は幸せが逃げるよ、森田もりた富太郎とみたろうくん。さぁさぁ、こっちに座り給え」

 誰のせいで幸せが逃げていると思っているんだ、この人は。

 言われるがままに流華先輩の正面の椅子に腰かける。魚肉ソーセージは、アルコールランプで炙っていたようだ。……アルコールランプって、結構前に廃止されなかったけ?

 アルコールランプから視線を外すと、机の上にはお菓子が散乱していた。いや、お菓子というよりも、珍味……?

「あの、流華先輩。これは?」

「ようこそ、居酒屋流華へー。パチパチー」

「へ? パ、パチパチー?」

 状況がよく分からないけど、流れでパチパチしてしまう。

 戸惑う僕をよそに、流華先輩は紙コップを机の下から取り出す。そして、何かを注ぎ始めた。

「とりあえず、ジンジャーエールね」

「アルコールじゃない飲み物で一番お酒っぽい感じのする飲み物だ……」

「あと、お通しの魚肉ソーセージ」

「魚肉ソーセージ、メインじゃないんですね」

 とりあえず、ジンジャーエールを飲んで、炙り魚肉ソーセージを食べる。おお、意外とお酒飲んでる感出るな、これ。

「はい。魚肉ソーセージ食べたから、私と共犯だね森田」

「やり方が汚い!」

「この科学部では、騙される奴が悪いのさ……」

「うちの部は、そんな九龍城クーロンじょうの一角に拠点を持つ犯罪グループみたいな場所じゃないですよね!?」

 僕のツッコミに流華先輩は、フフッと笑う。その仕草はまさにクールな美少女そのものだ。

 本当にきれいな人なのに、本当に残念な人だ……。思わず、ため息が出てしまう。

「全く。本当に森田は、ため息が多い。そんなに疲れているのか?」

「ええ。主に流華先輩のせいですが」

「……私、何かした?」

 自覚ないのかよ。厄介な。

 とりあえず、流華先輩の残念さは置いておいて、現状の問題を解決しないといけない。

「で、居酒屋流華って、一体全体何なんですか?」

「おっと。メインイベントを忘れていた。ここは、未成年の人たちのいこいの場だよ。お客さんのほとんどが、高校生だしね」

「そりゃあ、高校の中にありますしね。というか、僕以外にも誰か来たんですか?」

 そう言えば今日は普段通りの平日なのに、部室に僕と流華先輩しかいないのって、みんなが居酒屋流華の被害にあったから……なのか?

「うん、来たよ」

 ……やっぱりか。みんな、僕に面倒くさいこと押し付けたな?

 全く、僕が科学部に入ったのは生物学が好きだからで、変な先輩の世話をするわけじゃ――。

「私のイマジナリーフレンドだけど」

 急に怪しい話になってきた!?

 たじろぐ僕を見た流華先輩は、ニヤリと口をゆがめ、おどろおどろしい雰囲気で話し出す。

「ちなみに今もいるよ」

「え、ど、どこにですか……?」

「森田が使っているコップのふちに腰かけてるよ」

「まさかのミニマムサイズ!?」

「身体の特徴をバカにするなんてひどいよ森田。そう思うでしょ、ジョセフィーヌ」

「バカにはしてないし、まさかの外国人だった」

「今度は、外国人をやんややんや言っているよ。呆れちゃうね、アンジェリカ」

「2人目!?」

 ひと通りボケて満足したのか、ワイングラスでジンジャーエールを飲む流華先輩。ワイングラスは、どこから?

「いやぁ、やっぱり森田のツッコミはいいね。心が洗われるようだ」

「お願いなんで、僕のツッコミ以外で心を洗う手段を見つけてください」

「えー」

「えー、ではなく」

「森田をからか……森田と会話するの楽しいのに」

「言い直したって無駄ですよ?」

 僕は、黄昏たそがれるように窓の外を見る。いや、今更からかわれてないなんて思わないけども。

 それでも、まぁ、僕のおかげで笑顔になる人がいるのは、良いこと……なのか?

 改めて思うけど、このおちゃめが無ければ……。

 なんて思いながら、顔を前に戻すと。

「ん? どうしたの?」

 流華先輩と目が合う。それだけのことのはずなのに、心臓が鼓動の速度を上げた。

「な、なんでもありません!」

「そ?」

 目をそらした僕をよそに、流華先輩はビールジョッキでジンジャーエールを飲む。

 このおちゃめでクールな先輩にツッコミをいれる高校生活は、まだまだ始まったばかりだ。

 ……ビールジョッキはどこから?

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おちゃめクールな流華先輩 きと @kito72

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