第8話

深夜のコインランドリーは、回っている。

音が一定。

考えやすい。


俺は入口で立ち止まる。

前回は奥だった。

振動が強かった。

今日は手前。


洗濯機を見る。

空いている。

一台だけ、止まっている。


そこに入れる。

判断。

前回は回っているのに入れた。

待った。

今日は待たない。


コインを入れる。

落ちる音。

軽い。


彼女はすでにいた。

乾燥機の前。

同じ時間。

同じ距離。


「こんばんは」


「どうも」


彼女は柔軟剤を入れる。

量が多い。

匂いが甘い。


(なるほど。

今日は、残す日だ)


俺は洗剤を入れる。

計量カップ半分。

前回は多すぎた。

泡が残った。


スタート。

回り出す。

音が少し大きい。


彼女の乾燥機が止まる。

早い。


「時間、短くないですか」


俺は言う。

分かっている。

的外れだ。


「そうですね」


彼女は扉を開ける。

中を見る。

すぐ閉める。


(まだ湿ってる)


でも、彼女は再スタートしない。

そのまま待つ。


俺の洗濯機が止まる。

早すぎる。


(まあ、そういう日もある)


扉を開ける。

汚れは落ちた気がする。

でも、匂いが薄い。


前回は強かった。

今日は足りない。

どちらも失敗。


彼女が言う。


「それ、前と違いますよね」


俺は頷く。

説明しない。


乾燥機に入れる。

時間、短め。

前回は長すぎた。

縮んだ。


スタート。

音が重い。


彼女は洗濯物を畳み始める。

丁寧。

でも速い。


「最近、順番が分からなくて」


理由は言わない。

俺も聞かない。


(仕事だな。

違う。

生活だ)


乾燥が終わる。

早い。

異常な早さ。


取り出す。

温かい。

でも、端が冷たい。


(前回のほうが、まだマシだった)


彼女は先に出る。

袋が軽い。


「また」


「ええ」


俺は最後に言う。


「次は、右から2番目の方がいいです」


彼女は止まらない。


外は静か。

街灯が一つ、瞬く。


《これは、誰も生き残る必要のない話である。》

(柔軟剤は、入れすぎない方がいい)

乾燥機の音が、少し遅れて止まった。

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