【短編】通知ゼロのイブから、既読スルーの元旦まで 〜17歳の恋は、あけおめ前に死ぬ〜

月下花音

第1話:通知いっぱいのイブ

 12月24日。

 午後9時。

 私のスマホが、さっきから壊れたみたいに震え続けている。

『ブブッ』『ブブッ』『ブブッ』。

 通知の嵐だ。

 インスタのDM、ストーリーへの反応、LINEのスタンプ。

 その全てが、今の私を祝福している。

『あかり、おめでとう!』

『ゆうたとラブラブじゃん!』

『末長く爆発しろ♡』

 画面を埋め尽くす「いいね」のハートマーク。

 これが「勝ち組」の景色ってやつか。

 悪い気はしない。

 むしろ、今まで味わったことのないような全能感が、脳内麻薬みたいに駆け巡っている。


 今、私はゆうたの隣にいる。

 場所は駅前の公園。

 イルミネーションがこれでもかってくらい光ってて、目がチカチカするレベルだ。

 ゆうたはサッカー部のスタメンで、クラスでも一軍。

 付き合って3ヶ月。

 今日が初めてのクリスマス。

 完璧なシチュエーションだ。

 ……のはずなんだけど。


「……寒くね?」

 ゆうたが白い息を吐きながら言った。

「……うん、寒い」

 正直、死ぬほど寒い。

 今日の勝負服、ミニスカに薄手のタイツだから、太ももの感覚がもうない。

『おしゃれは我慢』って言葉を考えた奴、絶対暖房の効いた部屋でぬくぬくしてたに違いない。

 鼻水が出そうになるのを必死でこらえる。

 ここで鼻水垂らしたら、一軍彼氏とのクリスマスが台無しだ。


 さっき食べたファミレスのケーキセットの味が、まだ口の中に残っている。

 クリスマスメニューの「スペシャルショートケーキ」。

 名前は立派だけど、クリームが植物性脂肪丸出しで、胸焼けがする甘さだった。

 ゆうたは「うめー」って食べてたけど、私は半分くらいでギブアップしたかった。

 でも、「残したら女子力低いと思われそう」という謎のプレッシャーで完食した結果、今、胃の中でクリームが暴れている。

 寒いし、吐きそう。

 これがリア充の代償か。


「あかり」

 ゆうたが立ち止まって、私の方を向いた。

 イルミネーションの逆光で、ゆうたの顔がよく見えない。

 でも、雰囲気で分かる。

 来る。

 これ、キスのタイミングだ。

 心臓が跳ねる。

 同時に、頭の中で冷静な私が叫ぶ。

(待って、リップ落ちてない? さっきのケーキのクリームついてない? 鼻水大丈夫?)

 コンマ一秒の間に、自分の顔面コンディションを高速チェックする。

 多分、大丈夫。

「ん?」

 可愛く小首をかしげてみる(つもり)。

 ゆうたの顔が近づいてくる。

 制汗剤と、安っぽいコロンが混ざった匂いがする。

 唇が触れた。

 冷たい。

 外気で冷え切った唇同士が触れ合って、正直「柔らかい」とか「甘い」とかより、「冷たい肉」って感じがした。

 でも、私は目を閉じて、幸せに浸る演技をした。

 だって、これがクリスマスだから。

 これが、明日学校で女子たちにマウントを取るための「実績」だから。


「……好きだよ」

 離れ際に、ゆうたがボソッと言った。

「私も」

 即答する。

 嘘じゃない。

 好きだ。

 でも、その「好き」の中に、「ステータスとしてのゆうたが好き」という成分が何パーセント混ざっているのか、自分でもよく分からない。

 ゆうたと付き合ってから、インスタのフォロワーが増えた。

 廊下ですれ違う女子からの視線が変わった。

 それが気持ちよくて、手放したくないだけなのかもしれない。


「じゃあ、そろそろ帰るか」

「うん」

 駅に向かって歩き出す。

 ゆうたが私の手を握ってくる。

 手汗がすごい。

 私の手汗か、ゆうたの手汗か分からないけど、繋いだ手のひらの間がヌルッとしてて気持ち悪い。

 でも、離さない。

 これも「ラブラブな証拠」だから。


 電車に乗る。

 ゆうたはすぐにスマホを取り出した。

 私もスマホを見る。

 ストーリーに上げたツーショット写真(顔はスタンプで隠してるけど、背景と服装で彼氏と分かるやつ)の閲覧数が爆伸びしている。

『リア充乙』

『彼氏イケメンすぎん?』

 コメント通知が止まらない。

 私はニヤニヤしながら、一つ一つに『ありがとう〜♡』とか『今度話すね!』とか返信していく。

 ゆうたも横で誰かとLINEしている。

 チラッと画面が見えた。

『サッカー部』のグループLINEだ。

『お前どこいんの?』

『彼女とイブ満喫中〜』

『死ねww』

 男同士の会話。

 ゆうたも満更でもなさそうだ。

 私たち、今、世界で一番幸せなカップルを演じている。

 お互いのスマホの中にある「他人の評価」を通して、自分たちの幸せを確認し合っている。


「じゃあな、あかり。LINEするわ」

 改札で別れる。

「うん、またね」

 手を振って見送る。

 ゆうたの背中が見えなくなった瞬間、私は大きく息を吐いた。

 疲れた。

 足痛い。

 寒い。

 胃が重い。

 早く家に帰って、メディキュット履いて、スウェットに着替えて、化粧落としたい。

 現実に戻りたい。


 家に帰ると、部屋が暖かくて天国かと思った。

 ベッドにダイブして、スマホを見る。

 通知はまだ鳴り止まない。

 最高のイブだった。

 そう自分に言い聞かせる。

 でも、ふと、ゆうたのストーリーを見た時、小さな違和感を覚えた。

 私とのツーショットの後に、別の写真が上がっていた。

 サッカー部のマネージャー、美咲先輩を含めた部員たちの集合写真。

『部室の大掃除おつかれ!』

 投稿時間は、私と合う直前。

 美咲先輩とゆうた、距離近くない?

 肩、触れてない?

 いや、考えすぎだ。

 今日は私とデートしたんだし。

 私の方が勝ってるし。

 そう思って、私はそのストーリーを閉じた。

 でも、胸の奥に小さな黒いシミみたいなモヤモヤが残った。

 甘ったるいケーキの胸焼けみたいに、いつまでも消えなかった。


(つづく)

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