コミック書評:『月刊ピラミッドコミックス』(1000夜連続25夜目)
sue1000
『月刊ピラミッドコミックス』
古代エジプトと現代日本のカルチャーギャップを、タイムスリップ設定でコミカルに描いた異色作が登場した。舞台は紀元前26世紀、ギザの大ピラミッド群がまさに建設されつつある古王国時代。そこに現代日本から迷い込んだのは、冴えない中堅漫画家・サトウジュンイチだ。売れっ子でも新人でもない、どこにでもいる4コマ漫画家だったはずの彼が、異世界では“超常の描き手”として王宮に迎え入れられてしまう。
ジュンイチの描くコマ割り漫画は、エジプト人にとって“象形文字以上の魔力を持つ図像”と見なされる。キャラクターの表情や動きが命を宿したものと信じられ、彼は瞬く間に「ヘカ(魔力)を操る書記魔術師」として厚遇されるのだ。特に面白いのは、日本の漫画表現における“記号や技術”が、そのまま魔術的現象として機能してしまうところだ。例えば“集中線”を描けば、周囲の兵士が本当に圧力を受けて吹き飛び、涙の表現に使った“しずくマーク”は観客の心を震わせる“共感の呪文”として作用する。現代漫画の当たり前の技法が、古代世界では神秘の術式として恐れられる構造が、物語にユニークなユーモアをもたらしている。
物語の核となるのは、カフラー王から課せられた奇妙な使命である。王は「ピラミッド建設の偉業を後世に伝えるため」「大衆の忠誠心を高めるため」「神々への供物とするため」という三つの目的を同時に達成する手段として、ジュンイチに“月刊雑誌”の発行を命じる。こうして史上初のコミック誌「月刊ピラミッドコミックス(通称ピラコミ)」が誕生することとなる。
物語は、ジュンイチが「締め切り」という概念を必死に説明するシーンで現代と古代の時間の捉え方の差を浮き彫りにするなど、"ズレ"のコメディを主体にしている。だが、兵士や労働者たちもジュンイチの作るピラコミに熱狂し、「次号の展開」を待ちわびる様など、異世界もののカタルシスも充分だ。
また、学術的なモチーフも巧みに物語へ織り込まれている。王墓の壁画に描かれるパンやワインが死者の「カー」に栄養を与えるように、ジュンイチは「漫画もまた読者の魂に糧を与える」と考えるようになる。この比喩は、芸術や物語がなぜ必要とされるのか、古代人と現代人の共通の感覚を照らし出す。ギャグマンガの構成のなかで、ふと哲学的な問いを突きつける緩急が魅力的だ。
さらに、ジュンイチがピラミッド建設労働者と自分を重ねるくだりも印象的だ。石を積み続ける彼らと、4コママンガを積み上げる自分。どちらも終わりなき反復作業に追われている点で変わらない。ここに「働くとは何か」という普遍的テーマが、笑いの裏で静かに流れている。
総じて『月刊ピラミッドコミックス』は、歴史ギャグの体裁をとりつつ、文化の役割や労働の普遍性を軽妙に描いた意欲作だ。サトウジュンイチという平凡な漫画家が、古代エジプトの「月刊誌編集地獄」に巻き込まれる姿は、奇想天外でありながらなぜかリアルでもある。遠い過去を舞台にしながら、現代社会を映し出す鏡として機能する快作である。
というマンガが存在するテイで書評を書いてみた。
コミック書評:『月刊ピラミッドコミックス』(1000夜連続25夜目) sue1000 @sue1000
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