野良のテイムモンスターがあらわれた! 気がついたら不人気モンスターだったので、ゲームの世界でひっそり生きたいと思います

明和里苳(Mehr Licht)

第1話 不人気モンスター

 カチリとおとがしたかとおもうと、したのほうからゴボゴボとみずがわきだす。ぼくはあわててはねをパタパタさせる。とうめいなかべのむこうにはだいすきなママがいる。たすけてママ、ぼくおぼれちゃうよ。


「それじゃよろしく〜」


しかと」


 だけどママはぼくのほうをみずに、ドアからでていった。まって、ママ。おいていかないで。みずはあっというまにぼくをのみこんで、ぼくのめのまえはまっくらになった。


 ママ――




 という夢を見た。


 いや、夢じゃない。これは現実にあった出来事だ。しかも何度もだ。


 気がつくと、俺はガラスの筒の中に立っていた。


「パワーアップ合成完了じゃ」


 フシュウ、という音とともに筒が上昇する。力がみなぎる。なぜなら、先ほど小鳥のモンスターを取り込んだからだ。パワーアップ合成。聞こえはいいが、弱いモンスターを生贄にして任意のモンスターを強化するという、非道の所業。それは幾度も繰り返され、俺はまた強くなった。合成ポッドから解放された俺は、飼い主ことテイマーの前で従順にひざまずく。


「コンゴトモヨロシク」


「また一段と強くなったの。さ、連れて行くがいい」


 しかし俺の飼い主は、あからさまに眉をひそめた。


「キモっ。てかキショっ。マジコイツきったない。あーやだやだ」


 そう言って、彼女は手のひら大のキューブケージを俺にかざす。


 シュポッ。


 抗い難い吸引力で、俺はキューブに吸い込まれ、カチリという音と共に閉じ込められる。どういったテクノロジーなのかはわからない。だがこの小さなキューブこそ、俺の尊厳をすべて奪い去る、悪夢の牢獄。


「他にご用はないかの?」


「ないわ。また卵が孵ったら知らせてちょうだい」


「それでは気をつけての」


 白衣の老人の言葉を無視して、主人は研究所を立ち去る。そうしてまた、キューブに収めるモンスターを狩りに行くのだ。




 申し遅れたが、俺はワメーバ。元はワーアメーバという怪物だが、この世界では親しみやすくディフォルメされた呼称で呼ばれる。そして「この世界では」という言い方にピンと来た者がいれば、その勘は当たりだ。俺の中には、他の世界の記憶がある。


 この世界はキュブモンというゲームの世界。俺はこの世界を、外側の世界で遊んでいた。だから、隅々まで熟知している。残念なのは、現在俺がキューブモンスターとして囚われているため、その知識を活かせないことだ。


 このゲームでは、プレイヤーは野生のモンスターを集めて育成し、強いモンスターを従えることで成り上がる。育成の仕方は様々だ。他のモンスターと戦わせることで経験を積むこともできれば、長時間一緒に過ごすことで絆を強めることもできる。また選んだ個体同士で、卵を産ませることもできる。いずれもより強い個体を生み出すために有効な手段だ。そして何より、一番手っ取り早いのがモンスター合成。さっき俺が受けたやつ。


 個々のモンスターはそれぞれ、人格や記憶を持っている。度重なるパワーアップにより、無数のモンスターを取り込んだ俺は、いつしかこのゲームについての知識を持っていた。どのモンスターが転生者だったのか、どこからどこまでが「俺」の記憶なのか、もはやわからない。しかしパワーアップ合成を繰り返すうちにはっきり浮かび上がるのは、キュブモンマスターと呼ばれる飼い主への怒り。




 世の中にはモンスターを溺愛し、仲間や家族のように扱うマスターもいる。そうやって大事に育てられた個体には絆パワーというバフがかかり、種族やレベルに関わらず強い力を発揮する。これは、「モンスターを育成するほど厳つくなって、愛着が失われる」というユーザーの声に応えた救済策だ。この絆パワーシステムは大好評を得て、愛らしい初期モンスターを最後まで従えるユーザーが爆増。これによって、キュブモン最新作は史上最高のヒットを記録した。


 しかしその一方、煽りを喰ったのが厳ついモンスターだ。その能力の高さに、過去作では散々もてはやされた上位の魔物が、今やドーピング初期モンの踏み台にされている。かく言う俺もそうだ。ワメーバは対戦する相手に化けて、必ず互角の戦いに持ち込む。さらに元のステータスが相手を上回っていれば、バトルでは必ず勝てるというチートモンスターだ。ただし、見た目がドロドロしてキモい。


 というわけで、マスターは初期モンスターのふわふわラビットを常に優遇し、一方で気に入らないモンスターは次々と俺に合成。そして面倒なバトルはすべて俺に押し付け、用が済んだらキューブに塩漬けだ。


 モンスターの魂には色がある。明るい者、臆病な者、冷静な者、寂しがりな者。それらがない混ぜになった結果、俺の魂は真っ黒だ。マスターの少女の腕の中でぬくぬくと愛されるウサギ。それをキューブの中から見つめる俺の気持ちなど、彼らには知る由もないだろう。


 と、そんなことを考えていると、突如出番がやってきた。


「ワメーバ! 出番よ!」


 キューブから放り出され、対峙したのはラックン。小さなアライグマのモンスターだ。ヤツは尻尾をブワッと膨らませ、自分の主人を守るために勇敢に立ちはだかる。俺は同じラックンに化けて対峙した。


 ラックン、敵ながら哀れなヤツだ。無数のモンスターを取り込んだ俺の相手ではないというのに。なぜなら俺は、ラックンを大幅に上回るステータス、そしてラックンの弱点属性の攻撃スキルを持っている。せめて苦痛を感じる間もなく、一撃でダウンさせてやろう。


 しかし。


「ラックン、アルティメットバースト!」


『キュー!!』


 なにが起こったのかわからなかった。俺の視界は一瞬でホワイトアウトし、そこで記憶がブツリと切れた。そして次に目を覚ました時には、傷だらけで野に打ち捨てられていた。


 俺の人格の中の一体、ダークアイが影の中からすべてを見ていた。アルティメットバーストは、絆パワー最大の大技だ。相手のマスターは、いたいけな少年に見えて相当な猛者だったようだ。きっとNPCではなく、オンライン対戦でマッチングしたプレイヤーだ。


「もう! 攻略サイトにワメーバは最強って書いてあったのに!」


「それ、情報古いよ。先週絆システム神アプデ来たの知らないの?」


「うーわ最悪。じゃあもうこんなキモいのいらない」


「ははっ、相当鍛えたみたいだけど残念だったね。格上撃破で500ポイントゲットだぜ!」


 定期的に開催されるランキングバトル。これまではワメーバ無双のプレイヤーが多かったみたいだが、あまりに単調で手入れが入ったようだ。


『ワメーバをリリースしました』


 マスターは舌打ちをして立ち去った。




「ママ……」「マスターまって!」「いたいよ……」「がんばったのに」


 俺の中の幼いモンスターたちが悲鳴を上げている。彼らは中堅モンスターを掛け合わせ、卵から孵化した奴らだ。彼らにとって、マスターは親も同然。見捨てられた悲しみに胸が張り裂けそう。


 しかし一方、冷静な俺、成熟した俺はこう思う。


 ちょっと待て。これ、めっちゃチャンスじゃね……?




✳︎✳︎✳︎


2025.12.21


新連載始めました!

もし良かったら、年末年始の隙間時間のお茶請けにどうぞ!


胸糞なのは最初だけの予定。

あとは安定のクルクルパー路線でいこうと思います。

ヤツは四天王の中でも(頭が)最弱……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎日 09:00 予定は変更される可能性があります

野良のテイムモンスターがあらわれた! 気がついたら不人気モンスターだったので、ゲームの世界でひっそり生きたいと思います 明和里苳(Mehr Licht) @dunsinane

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画