第6話 美少女とコンビニ

第6話


ラーメンを食べ終えた頃には、空はすっかり夜の色に染まっていた。

時刻は十九時半を少し回ったところ。


「……このあと、どうします?」

レンがそう尋ねると、少女は少し考えるように夜空を見上げる。


「もう少しだけ、見ていく」


その一言に、周囲の政府関係者たちが微妙な表情を浮かべた。 見た目はどう見ても未成年。

これ以上夜遅くまで連れ回すのは、さすがに気が引ける。


「じゃあ……」

レンは近くの建物を指差した


「コンビニ、寄っていきませんか」


「……こんびに?」


「はい。人間界の、だいたい全部が詰まってます」


一瞬きょとんとした少女は、すぐに楽しそうに微笑んだ。


「うん、行こう」


--- 自動ドアが開く。 ♪ピーンポーン♪ その電子音に、少女はぴたりと足を止めた。


「……今のは?」


「入店音です」


少女は無言のまま、入口を出たり入ったりを数回繰り返した。 やがて納得したように頷き、店内へと足を踏み入れる。


ローソ〇。

日本中どこにでもある、ごく普通のコンビニ。

――だが。 棚に並ぶ商品を目にした瞬間、少女の瞳がわずかに見開かれた。


「……いっぱいある」

弁当。 おにぎり。 パン。 スイーツ。 雑誌。 酒。 日用品。


「二十四時間、いつでも買えます」

何もかも圧倒されっぱなしだったレンが、少しだけ胸を張る。 どうやら彼も、この少女の扱いに少し慣れてきたようだった。


「すごい」

少女はしばらく棚を眺め、やがてスイーツコーナーへ向かう。 透明なケースに並ぶケーキやプリンを、宝石を見るような目で見つめる。


「これは?」


「抹茶ロールケーキです」


「じゃあ、これと……これも」

レンの持つカゴに、商品が次々と入っていく。


次はおにぎりコーナー。

「おにぎりという、米で作った携帯食です」

「おすすめは和風シー〇キンマヨですが、こちらの梅しそ〇飯も――」


『梅しそは攻めすぎだろ』 『いや普通にうまい』 『焼さけハ〇ミ派です』


少女は梅しそご〇を手に取り、少しだけ考えるような表情をしたあと、そっとカゴに入れた。


「これは……爺やたちに」


さらに、から〇げクンの前で立ち止まる。


「……これは? すごくいい匂い」


「人気商品です。外国の方にも評判いいですよ」


「じゃあ、これも」


完全に買い物を楽しんでいた。


--- 雑誌コーナー。

少女は一冊の旅行雑誌を手に取り、ページをめくる。


――次の瞬間。

めくる速度が、異常だった。 レンが声をかける前に、彼女は雑誌をカゴに入れ、次の一冊へ。

女性ファッション誌、そして週刊少年ジャ〇プ。


途中、クスッと小さく笑う。


『ジャン〇読むんだ』 『あの速度で理解してるのか』 『危ない本は回収しろ』


黒子のように控えていた上級ハンターが、問題がありそうな大人な雑誌を無言で回収し、店外へ消えていった。


--- レジ前。

カウンターには、山盛りの商品。


「……以上で、7280円になります」

店員の声は、わずかに震えていた。

無理もない。銀髪の美少女は、今や世界的配信の中心人物だ。

少女は少し考えたあと――手を差し出した。

掌の上にあったのは、淡く緑色に輝く結晶。 内部で、何かが回転している。 空気が、歪んだ。


「……これで足りる? 」


「そ、それは……?」


「世界樹の結晶」


それひとつで、A級モンスターの魔石数十個分。

天空の城の核になるやつとも言われる代物。


『出しちゃダメなやつ』 『国家間で奪い合いの戦争が起きる』 『店員さん逃げてー』


即座に政府関係者が割って入り、支払いを代行した。


--- 店を出ると、

夜空に――それはあった。 静かに、圧倒的に。 空中に浮かぶ、黒い門。 まるで最初からそこに存在していたかのように。


そして、優雅な馬車が現れる。 一見普通の馬だが、明らかに格が違う。


『馬の方がやばい』 『S級超えてない?』 『馬車がラスボス』


御者席には、執事風の老人。 その佇まいからも、規格外の気配が滲み出ていた。


「お迎えに参りました、お嬢様。本日だけは、私めと共に」


「帰りたくない」


「明日もございますれば」


「……仕方ないわ」

少女はコンビニ袋から、梅し〇ご飯をひとつ取り出した。


「これ、お土産」

執事は一瞬目を見開き、深く頭を下げる。

そして恭しくそのおにぎりとコンビニ袋を受け取る。


「……ありがたき幸せ」

少女はレンを振り返る。


「今日はここまでね。明日、また来る」


群衆と配信ドローンに向け、優雅なカーテシー。


「それでは皆さま、ご機嫌よう」


門が閉じ、夜が戻る。 レンは、深く息を吐いた。



――こうして。

超越的な美少女の人間界漫遊は、 まだ、始まったばかりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る