私を人間界へ連れてって ~超越的美少女がダンジョンから出てきたら、世界の理が狂っちゃった件~

よっちゃ

第1話 超越的な美少女

第1話 ――画面が、揺れた。


「あ、ちょっと待って。今、床の模様が――」

人気ダンジョン配信者・望月レンは、そう言いかけた瞬間に違和感を覚えた。


十五年前、突如として世界中に現れたダンジョン。 人類はそれを攻略し、利用し、時には命を落としながら、この未知の存在と共存してきた。


ここは東京湾岸Cランクダンジョン。


Bランクハンターであるレンにとっては、本来なら危険度の低いミッションのはずだった。


――だから、油断してしまっていた。

床に刻まれた魔法陣が、淡く光る。


「あっ!?」

視界が白く反転し、音が消える。 重力感覚が失われ、次の瞬間、叩きつけられるように地面に落ちた。


「……ここは、どこだ?」

息を荒くしながら顔を上げる。 暗い。 天井は高く、空気は冷たい。

明らかに、今までの階層とは違う異様な光景。


『え?』 『転移?』

『レン、これヤバくね?』 『公式マップにないぞ』


レンの姿は生配信されており、追尾型配信ドローン越しに、視聴者の困惑したコメントが一気に流れ始める。


「落ち着こう……。多分、隠しエリアだ」

そう口にしながらも、身体の震えは止まらなかった。



……

――足音。 重く、ゆっくりとした音が、闇の奥から響いてくる。

現れたのは、人型――だが、人ではない存在だった。 黒曜石のような皮膚。頭部から伸びる角。赤く光る双眼。


S級モンスター《ロードミノタウロス》

世界に数えるほどしか存在しない、Sランクダンジョン深部に棲む怪物。


『無理だこれ』 『逃げろ』

『レン、とにかく走れ!』


瞬間的に、レンは理解した。


――僕は、ここで死ぬ。

齢わずか18歳、一年でBランクに到達した新進気鋭の才覚が、皮肉にもそれを即座に悟らせた。


武器を構える暇すらない。 獲物を見つけたロードミノタウロスが、醜悪な笑みを浮かべ、その手に持つ、禍々しい巨大な斧を振り上げる。


あまりに速く、絶望的な一撃。


その瞬間。


「――ダメ――」


鈴のような、美しい静かな声が、響いた。

冷たくもなく、怒ってもいない。

ただ、あまりにも自然で、逆らうという発想そのものが浮かばない声。


優しく、幼子を諭すような声色だった。


次の瞬間。


ロードミノタウロスは目を見開き、音もなく崩れ落ちた。 攻撃された形跡もない。

ただ、紐の切れた操り人形のように。

一体で都市を壊滅させる怪物が、物言わぬ骸となった。


「……え?」

そして、その崩れ落ちたS級モンスターの向こう、まるではじめからそこにいたように。


場違いな美少女が立っていた。


息をするのも忘れ、レンはその姿に魅入る。

美しい銀色の髪。光の加減によって色が変わって見える、不思議な瞳。


年齢は十代半ばほどに見える。


だが、その美しさは説明不能だった。 整っている、という言葉では足りない。

人間の基準で測ってはいけない何か。

不自然なほど、あまりに美しすぎる。


少女が軽く指を動かすと、床に倒れていたロードミノタウロスが、むくりと起き上がった。


事もなげに蘇生させた?

十人が見れば、その十人が悪夢にうなされるであろう怪物は、レンに向かって申し訳なさそうに頭を下げる。

まるで、いじめてごめんと、仲直りを求めているかのように。


そして次の瞬間。

両手を胸の前で合わせ、指先をこすり合わせながら、謎の美少女に対して明らかにキョドっていた。


『え、待って、このミノタウロス何?』『完全に媚びへつらってる?』『S級がビビり散らしてる? 』『こわいのに笑うしかないんだが』『ミノさん、仕事しろ』



――わけが、わからなかった。



「あなた、人間?」

不意に、少女が口を開く。


「え、は、はい……」

なんとか声を絞り出す。


少女は少し考えるように首を傾げた。


「ふうん」


一歩、近づかれる。 それだけで、空気が変わった。


「ねえ」


少女は、可愛らしく、そしてあまりにも当然のように言った。



「私を人間界へ連れてって」



レンは混乱する頭で、必死に状況を理解しようとした。


この少女は――人間じゃない。


そして。

この瞬間から、世界は確実に変わる。

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