私なんかに

私と椎菜ちゃんを見下ろしていたのは、女の人だった。


白い女優帽と白いレーストップス、カーキのガウチョパンツ。


茶色のトートバッグにオレンジとゴールドのサンダルが似合っている。



椎菜ちゃんより、少しだけ高い位置に立っている。


椎菜ちゃんは、一瞬だけ瞳を見開くと、その女性に駆け寄る。



「お母さん!」


え?


椎菜ちゃんのお母さん?


言われてみれば、一つに束ねて紺のバレッタで留めてある茶色い髪が、確かに椎菜ちゃんそっくりだ。


髪色だけでなく、サラサラで傷んだ様子のない髪質まで、瓜二つだ。


また、透明感のある白い肌も、彼女からの遺伝だろう。


「矢榛 椎菜ちゃんのお母さんですか?


娘さんにはいつもお世話になっております。


椎菜ちゃんのお友達の岩崎理名です」


ぺこりと頭を下げると、頭上から娘より少し高い、ハスキーな声が降ってきた。


「いいのよ。


そんな礼儀正しくしなくても。


貴方が、理名ちゃんなのね?


嬉しいわ。


私みたいなカッコイイ服、椎菜は全く着ないから。


撮影で色々買い取っちゃうのよね。


今度分けてあげるわね?


好みに合うものがあれば、遠慮なく言ってちょうだい」


「ありがとうございます」


「お母さん、なんで来たの?」


 せっかく2人で楽しんでいたのに、とでも言いたげに、怪訝な顔をした椎菜ちゃん。



「いっぱい理名ちゃんにお店紹介してあげようと思ったのよ。


今日の撮影はもう終わったし、付き添うわ。


貴女たちもまだ高校生。


宿泊オリエンテーションの服やらなんやら買うんでしょ?


それくらいのお金は出してあげるつもりよ」


「え、いいの?」


「ええ。


もちろん、椎菜のお友達の分もね」


「ありがとうございます」


とりあえず、お礼は言ってはみたけれど。


……本当にいいのだろうか。


椎菜ちゃんと私は友達だけれど、椎菜ちゃんのお母さんにとって、私はただの、『自分の娘の友達』だ。


それ以上でもそれ以下でもない。


娘の宿泊学習で着る服は買う義務はあるけれど他人の子供の私にまで、そうする義理はないはずだ。


……いいのかなぁ。


というか、私と一緒にいていいのだろうか。


私は、金銭感覚が「普通以下」である自覚は十分ある。


それなのに、だ。



けれど、向こうが、「私」という人間を。


「岩崎 理名」という人間を必要としてくれているというのなら。


それに応えるだけだ。


一緒にいて、楽しいからその人といるのだ。


他に、理由なんて見つからない。


それでいい。


それが付き合う人を自分で選ぶ、ということになるのだ。


「いいの。


娘のお友達だもの」


その一言で、つまらないことを考えていた自分が恥ずかしくなった。


顔を上げると、にっこり微笑む椎菜ちゃんのお母さんと目が合った。


貴女らしくいればいいの。


そんなことを、目で訴えている気がした。


そうだ。


今は、この時間を、楽しもう。


時は金なり、だ。


娘より浮かれているかもしれない、友達の母を目で追いながら、椎菜ちゃんの隣を歩く。



「いつもは、あんな、テンション高くないんだけどね。


全く、お母さんったら」



ふと、前の女性が立ち止まって帽子を脱いだ。


目線の先を追うと、少しのルームウェアに混じって空間を埋め尽くすように、数多の下着が並べられていた。



ずらりと並ぶそれに、場違いなところへ来てしまった気がして、目を逸らした。


こんな店に、多くの女性が出入りしている。


決して、服を着ているときには見えない、ブラジャーやショーツにお金を掛ける意味が全く理解できない。


そんなことを考えていると、そこに躊躇なく入っていった椎菜ちゃん親子。


店員さんに何か話しかけたかと思うと、私を手招きした。


まさか、ここに、来い、って……?


店員さんが、いくつか下着の上下セットを掴んで私に目で合図して、ついてくるよう言った。


強引に、試着室に入らされる。


そこで、ニットもブラウスも脱ぐようにと言われる。


脱がなきゃ、なんだ……


店員さんが外に出ている隙に急いで脱ぐ。


試着室の空気は張り詰めていた。


ミントグリーンのキャミソールの上からメジャーが当てられる。


逃げたい気持ちが胸に迫る。


逃げたとしたら、あの母娘に試着室へと連れ戻されそうだ。



「サイズは、これね」



そう言って、下着を脱ぐように言われ、つけ方のレクチャーまで教わる。


今まで、胸の膨らみを感じた中学校2年生の頃から、スポーツブラしか着けていなかった。


当然、こんな、「普通のブラジャー」の付け方なんて、知っているはずがない。


そして、下着の効果のおかげで、ふっくらとした谷間が見えた。


谷間なんて、私には無縁だと思っていた。


……こんなに、変わるんだ。


試着室の内側の鏡で自分を見つめてみる。


鏡の中の私は、少しだけ知らない人みたいだった。


でも、目を逸らすことはできなかった。


水玉レースのもの。


サテントリコットのカップにカッティングのストレッチレースを重ねたもの。


それぞれ上下セットでお買い上げした。


終わって店外に出ると、椎菜ちゃんが手を振っていた。


椎菜ちゃんもまた、私と同じ紙袋を手から下げていた。


「一つは宿泊オリエンテーション用。


もう一つは、普段用」


そうなの?


それにしては、椎菜ちゃんの顔が真っ赤だ。


「椎菜はああ言ってるけどね。


女の子が下着買う時に顔赤くするなんて、目的はこれよ」


小指を立てたその仕草で、なんとなく察した。


「まったく、あの子ったら。


男なんて、女の武器を上手く使えばコロッと落とせるって、何度も言ってるのに」


色気あるそれで、麗眞くんとの仲を格上げさせるようだ。


『恋人に限りなく近い存在』ではなくて、ちゃんとした『恋人』に。



「超」がつくほど真面目で、椎菜ちゃん溺愛の彼。


だからこそ、『いろいろなこと』を考えていそうな麗眞くん。


引っかからないと思うなんてことは、この母娘の前で言えるはずもなかった。



「最後までいったらそれもそれでまずい、とは思うの。


まだ高校生だし。


妊娠するの怖いし。


ちゃんと想われてるって、分かってはいるんだけどさ。


それでも、もうちょっと自信が欲しいなって。


ちゃんと、麗眞に愛されてる自覚が欲しい」


傍から見ていても、十分愛されているはず、なんて言うのは止めた。


大変だなぁ、椎菜ちゃんも。


それにしても、お母さんには聞こえない音量で話す辺り、よっぽど恥ずかしいようだ。


慰めと勇気付けの意味合いで、彼女の華奢な肩をポンと叩く。


彼女の顔に笑顔が戻った。


私にできるのは、励ますことくらいだ。


それで彼女が笑ってくれるなら、それでいい。

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