サンタさんには頼らない

鷹野ツミ

ハッピークリスマス

 最近、サンタのぬいぐるみをよく見る。

 ランドセルとか筆箱とかに付けられる小さいやつ。あ、品田しなださんも付けてる。

せいくん! そこ水たまり!」

 隣から響くかん高い声に驚いた時にはもう遅くて、オレの靴はぐっしょり泥水に浸かっていた。

「も〜。ぼーっとしてるからだよ〜! どうせ品田さんのこと考えてたんでしょ?」

「は!? 別に考えてないし声でけえよ」

 数メートル先を歩く品田さんが振り返った気がして好意に気付かれたんじゃないかって一気に顔が熱くなる。だが、そんなのはオレの自意識が過剰なだけだ。実際品田さんは友達とのおしゃべりに夢中。相づちを打つ横顔を遠くから見つめてしまう。サラサラの黒髪が冷たい風に吹かれて揺れる。耳にかける仕草が妙に大人びていて、腹のずっと下の方がじりっとした。

「で、サンタさんになにお願いしたの?」

 かん高い声へ意識が向いた。そういえばクリスマスの話をしていたっけ。兄妹あるいは姉弟のような関係のなるは小六になった今でもサンタとやらを信じているのだ。

「あー、オレはギフカとかそういうの」

 特に欲しいものがないし、現金をねだるのもちょっとなと思うので近年はこんな感じだ。

「えー! またー? なんかもっとさ、ないの? 好きな人と隣の席になれますようにとか付き合えますようにとか」

 成は小さな唇の端をめいっぱい吊り上げて空の彼方を見つめつつ言う。同意を求めるようにオレの方を向いた際、顎で切り揃えられた髪が風と共に広がって魔女っぽく見えた。

「サンタに願うことかそれ?」

「いいの別に! 聖くんは品田さんとクリスマスデートしたいって願っときなよ」

「なんでだよ!」

 すっかり遠くなった品田さんは丁度曲がり角で友達と手を振りあっているところだった。しなやかな細い指をオレの目が勝手に追った。さっきから見すぎだぞオレ! と脳内で言いつけ成へ目を向ける。なぜか不機嫌というか冷ややかというか、声をかけにくい表情の成が口を開いた。途端、いつもの呑気な顔に戻っている。

「私さ、お願いよりもっと確実な方法知ってるけど、聞きたい?」

 そんなもったいぶられたら気になるに決まっている。が、女子のそういうのは大体信ぴょう性がないしここにきて前のめりになるのも悔しいので別にと答えた。

「クリスマスイブの零時ちょうどにね、自分の枕にサンタさんの人形を置いて、好きな人のことを想いながら五寸釘を打ち込むの。そうすると次の日その人がお家に来てくれるんだって」

 聞いていないのにめちゃくちゃ丁寧な説明をされた。そして呪いちっくでちょっと気持ち悪い。オレが引いた顔をしているのに構わず、成は「じゃ晩御飯の時に呼んで〜」とひらひら手を振って家に入ってしまった。そういえば今日はオレの家で食べる日か。両親ともあまり家に帰って来ない仲間同士、いつからか晩御飯を共にするようになったが、今日は呪いちっくな話がデザートになりそうだ。オレ、正直ホラー苦手なんだよな。


 冷蔵庫にあった惣菜パンの日付けを確認して、適当にチンして、靴汚れたから洗わないとなとか今日イブ前日じゃんとか考えたりなんだりしているうちに七時だ。成を呼んでからラップしてあるナスのポン酢炒めをチンし始めた。

「はい聖くん、これ持ってきたから使ってね」

 テーブルに肘をつく成にサンタの人形とマチ針を差し出され、オレはまた引いた顔をしてしまう。

「……いや、いらないって」

「なんでよー! やってみてよー! 私、聖くんには幸せになってほしいのー!」

 お願いお願いお願いとごり押しされてしまうとオレは弱い。

「つーかマチ針? 五寸釘って言ってなかった?」

「あー……そうだっけ? 細かい事はいいの別に!」

 こいつ自分で言ったくせに適当だなと思いつつ、不機嫌になられるのも嫌だしなとしぶしぶ受け取っておいた。全く実行する気はなかったが眠らないようアラームをセットされてしまったので困った。オレの幸せを願ってるだかなんだか知らないが、どうせ面白半分なのだろう。

 ナスをつつき始めると、そこからは友達とか先生のくだらない話で笑いあって、楽しい晩御飯タイムを過ごした。


 風呂に入ればあっという間に眠くなり、11:59のアラームに起こされた。メールも来た。成からだ。オレは約束は守るタイプだから安心しろと返信し、さっそく作業? 儀式? に取り掛かる。

 枕にサンタを寝かせ、マチ針をぷすっと刺す。なんだかサンタを侮辱しているみたいで罪悪感が生まれたが、成の言った通りに好きな人のことをひたすら想いながら針を沈ませていった。品田さん、好きです。同じクラスになって、一目見た時から好きでした。たまたま朝早く登校した日、誰もいない下駄箱ですれ違った時、こんな地味なオレに挨拶してくれて、好きは加速しました。もし本当にクリスマスデートができたならその時、オレは品田さんに告白します──

 気付けば十分ほど経っており、成から証拠写真送って! とメッセージが来ていた。ちゃんとやりましたよと一言そえて、返信を待たずに眠りについた。


 朝、さっそく成は満面の笑みで話しかけてきた。

「どうなるかな〜楽しみすぎる〜デートの感想待ってるからね〜」

 まるでデートが決定事項みたいに言う。だが、成からはわくわくがにじみ出て、なんだかオレもつられた。妙に楽しみになってきた。そして明日から冬休みということにも気付いてより楽しみになってきた。

 終業式が終わるまで随分と長く感じたものだ。まあ終業式が終わっても明日のクリスマスになるまではまだまだ時間があるのだが。

 気を紛らわすために宿題に取りかかってみるが集中できず、ぼーっとアメリカ人のVlogを眺めて時が経つのを待った。

「入るよー?」

 部屋のドアが開いて飛び起きた。いつの間にか眠っていたらしい。夜更かししたせいか。声の主は成で、晩御飯のお誘いだった。

「ねてたわ。メール気付かなくてごめん」

「も〜。緊張してどうにかなっちゃったかと思って心配したじゃ〜ん。シチューあっためたから早く来て」


 成の家に入った瞬間美味しそうな匂いに腹が鳴いた。座ってすぐに頬張って、置いてあったアンパンも一緒にかじった。

「夜遅くから雨降るって。品田さん濡れちゃうね?」

 カリフラワーをスプーンに乗せたまま成はわずかに首を傾げる。

「朝にはやむだろ」

「でも、サンタさんのプレゼントはクリスマスの零時ぴったりに届くでしょ? 聖くんは品田さんとデートできますようにってお願いしたんだから品田さんも零時ぴったりに聖くんのお家に来ないとおかしいよ」

 何言ってんだこいつって思った。

「いや、本当に来るわけないって」

 口に出して実感した。変な呪いを一瞬でも本気にしてわくわくしたオレは馬鹿だ。

「来るの! 絶対来るから!」

 カリフラワーを投げんばかりの勢いで、否定できなくなる。

「……じゃあ、品田さんのために部屋の温度上げとくよ」

「暑くてぼーっとしちゃうくらいがいいかもね」

 そうだなと適当に流して、残りのシチューにアンパンを浸した。食べ終えると、デザートがあるのと成が珍しいことを言い出す。

 冷蔵庫から出てきたのは、洋酒入りチョコだった。

「えへへ。ママのだけど食べちゃおうと思って。今日クリスマスイブだしね〜」

 買い溜めてあったようで、成は五箱ほどの中身を全て皿にぶちまけてしまった。

「酒入りチョコはオレら食べちゃダメだろ」

「よっぱらっちゃうかもしれないから、怖いの?」

 悪びれる様子もなく成はぽいぽいつまんでいる。まじか。ダサいと思われるのはむかつくので、不安に思いながらもオレは成の倍食べてやった。


 じゃあおやすみと言って成の家を出た気がするが、返事が「またあとでね」だったことに違和感があった。といってもオレの頭はずいぶんぼーっとしており、部屋の暑さも相まってそんなことはどうでもよくなっていた。

 今日も両親は帰って来ない。出張でしばらく家を空けると言っていたっけ。年末の忙しさがどういうものがオレには分からない。まあ、成の母親よりはましか。あんたより金稼ぐ方が大事って言われたらしいからな。オレらも大人になったらそうなるのだろうか。自分の子供より金が大事になるのだろうか。


『ピンポーン……ピンポンピンポーン』


 くっきりとした電子音で目が覚めた。いつの間に眠っていたのか。壁掛け時計を見上げれば零時ちょうど。

「……いや、ないって。どうせ成だろ」

 そろりとドアを開け、オレは固まった。思いのほか強い雨の音が鼓膜を揺らす。

「ふふ。メリークリスマス。プレゼントの品田です」

 澄んだ声が雨に重なった。用意されたセリフだったのか、品田さんは少し恥ずかしそうに綺麗な黒髪の毛先をいじった。

「えっと、お呼びじゃなかったかな……?」

 オレが何の反応もせずに立ち尽くしているせいで、申し訳なさそうな顔をさせてしまった。

「いや! あ、え、入って!」

 こういうときスマートな対応ができればいいのに。今オレめっちゃ変な顔してるだろうな。

 とりあえずリビングのソファに座ってもらった。オレはというと、L字の一番端っこで品田さんをちらちら見ることしかできない。白いコートの下はゆるめのニットで可愛らしく、ミニスカートから覗く足が綺麗で、どこ見てんだオレ! って思ってもまともに目が合わせられないし挙動不審になってしまう。

「ね、聖くん。せっかくのお家デートだから、となり座ってもいいかな?」

 名前を呼ばれたのと、デートと言われたのと、返事する前にもう品田さんは隣に来ているのと、情報過多で鼻血が出そうだ。実際部屋暑くしすぎたしチョコ食べすぎたし出るかもしれない。

 沈黙が続く。聞きたいことはいっぱいあった。なんでオレの家知ってるのとか、こんな時間に大丈夫かとか、デートってどういうこととか。なのに、頭がぼーっとしてオレの口は動かず、心臓だけが激しく動いている。なにか、なにか喋らないと。

「あ、し、品田さん、あのオレ、オレ」

 ──もし本当にクリスマスデートができたならその時、オレは品田さんに告白します──

 ふと自分が言ったことを思い出した。

「好き、なん、です……」

 尻すぼみになってしまった。びしっと決められなかった恥ずかしさで顔に熱がじわじわ集まり背中が汗ばんできた。もういっそ全て夢であってくれ。

「嬉しい。ありがとう」

 感情が一切こもっていないように聞こえたが、品田さんは握りしめたままのオレの拳に手を重ねてくれた。そのアクションでオレはもうとてつもなく満たされて、そこで鼻血が出た。

「わ、大丈夫?」

 品田さんの綺麗な指に血がついてしまい、焦って立ち上がればめまいでふらついた。オレはハッピークリスマスを迎えられたせいで死ぬのかもしれない。ありがとう成。変な呪いはホンモノだったよ。成に感謝しつつソファにもたれかかっていると品田さんがティッシュでオレの鼻を拭ってくれた。顔が近い。これって、この流れって、聖なる口づけのタイミングじゃないか? オレは唇を尖らせて首を前につき出した。が、同時に品田さんは立ち上がってしまった。

「聖くんの体調が悪化する前に、クリスマスっぽいことしよう? 例えば、チキン食べたり……」

「う、うん。チキンたべよう。買ってくるから待ってて」

 甘いものばかり口にしていたせいか、チキンの提案はナイスだった。あーんし合ったりできるかな。妄想が膨らむ。そして気付く。もう店がやっていない時間ということに。せっかく品田さんが提案してくれたのにどうしようかと鼻にティッシュを詰めたままうろついていると、なぜかキッチンに品田さんが走っていった。ついて行けば、鍋で湯を沸かし始めている。そして、包丁がオレに向けられた。

「チキンはないけど、丁度いいお肉がここにあるね」

 思考停止中のオレは品田さんの手招きに導かれ、再び手を握られたかと思えば、そのまままな板の上にオレの手が置かれた。

「……え?」

 品田さんはそっと包丁を動かした。

 スライスされた手の甲から血が流れる。痛みがじわじわと広がり、オレは混乱で呼吸が荒くなっていく。

「え、え、なに、なんで……」

 後ずさりするオレに品田さんが抱きついてきた。

「まだ逃げるのは早いよ」

 そんな風に微笑んで言われたら逃げられるわけない。オレの指に品田さんの指が絡んでくる。

「お肉の調理には63℃が大事なんだって。聖くん知ってた? これじゃあ熱すぎかな」

 すっかり沸騰した湯が地獄の大釜のように見えてくる。絡んだままの指が鍋の上まで運ばれた。するりと離れた品田さんの指がオレの手首を這う。

 そのまま手首を捕まれ、オレの手は湯の中へ押し込まれた。

「ぐあっ!」反射で飛び跳ねた。

 そんなオレを見て品田さんは楽しそうに大笑いしている。上品さの欠けらもない笑い声。何がそんなに面白いのだろう? 怖い。怖い。怖い。品田さんへの想いがぐんぐん冷めていく。

「じゃあ次は、指先切り落としてみようか」

 オレは走った。玄関を飛び出して、雨も寒さも気にせず、転びながらも向かったのは成の家だった。

「成……! 成……! あけて! 成!」

 これでもかというくらいゆっくりとドアが開く。

「聖くん。待ってたよ」

 成の笑顔にとてつもなく安心し、オレはボロボロ泣きながら成に抱きついた。

「よしよし。怖い目にあったねえ。もう品田さんのこと嫌いになっちゃったねえ」

 頭を撫でてくる成の優しさが染みる。

「ううっ、成……」

「大丈夫。私がずーっと守ってあげるから」

 頬に触れられたかと思えば、成の顔が近付き、オレの唇と重なった。

「聖くんだいすき」




 ***




 雨は朝には止まなかった。もう昼だが降り続けている。雪に変わればロマンチックなのに。そんなことを思いつつ私は待ち合わせ場所の公園へと向かう。相手の姿が見えてきたところで向こうも気付いたらしい。

「成ちゃん。おそかったね」

 この品田って女は湿気で髪がよれても全然美人でむかつく。

「雨だからゆっくり歩いてきた」

 遅刻に適当な理由を付けて私は封筒を差し出した。品田が意地汚く中身を確認している。

「本当に五万ある。あはは。ありがとう」

「そっちがうまいことやってくれたからね。約束通り支払うよ」

「そう。じゃあまた新学期に。あ、カップル成立おめでとう」

 心底どうでもよさそうに言われたが、まあいい。品田のお陰で私と聖くんは結ばれたのだから。

 私が欲しいものは聖くんだった。これはサンタさんに願っても手に入らないもの。だから沢山考えた。どうやったら聖くんが品田を嫌いになるかを。お呪いから始まって、聖くんが私に助けを求めてくるまで全部私の計画通り。

 ママにもらったお小遣いを全部品田に払うのはめちゃくちゃ嫌だったけど。でも品田の協力がなかったら何もできなかったわけだし。

「サンタさん、私、悪い子でごめんね」

 独り言は雨にかき消された。

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