第2話


ヒーローという仕事には三つの敵がいる。

ヴィラン、世論、そして——

沈黙だ。


俺は広嶋県庁能力対策課・第三現場班所属、

ヒーロー登録名ラインバスター


今日も朝礼で、上司が淡々と各班員に担当ヴィラン告げている。


俺の担当を告げる時に一瞬あちゃーという顔をしたが瞬時にいつもの無表情に戻る。


「ラインバスターは17時、斧道市。対象は《レインレコーダー》だ。頼むぞ。」


嫌な予感がした。

俺の前にある専用タブレットに対象ヴィランの情報が表示される。

――

氏名:雨宮 静(あまみや・しずか)

ヴィラン名:レインレコーダー

性別:女性

能力名:《音響保存》

危険度:中

面倒度:高

備考:

・沈黙状態が一定時間続くと能力が暴発

・暴発時、過去に保存した音が無差別再生される


「……これ、失敗すると騒音公害案件ですよね?」


上司はお茶を啜りながら頷く、


「そうだ。だから慎重にな。」


レインレコーダーの能力音響保存

周囲の音を保存し、任意で再生できるというものだ。

問題は音を保存し続けないと壊れるという点だった。

静寂が続くと、彼女の能力は不安定になり、

過去数年分の音——

怒号、泣き声、衝突音、罵声、悲鳴——

それらが、街中に一気に吐き出される。

本人に悪意はない。

ただ、静かな場所にいられないだけだ。


「俺の能力、思いっきり戦闘用なんだけどなぁ。」


そう嘆くが、この人口減少のご時世だ。

能力が向いている、向いていないで仕事を選り好みしているわけにはいかないのも事実、

俺は広嶋市から斧道市に向かって移動する。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


港近くの防波堤。

夕方の風が吹き、波の音がある。

彼女は、イヤーマフを首にかけ、ボーっと海を見ている。


「……来てくれたんだ。」


声は小さいが、確かに聞こえる。


俺はヒーロースーツのバイザー部分を上げ、顔を見せる。


「対策課のラインバスターだ。今日は、状況確認と——」


「私からのお願いは一つ、静かにしないで」


即座に遮られた。


「……今、ちょうど危ないかも。」


俺は口を閉じた。

確かに、波音がある。

遠くのエンジン音も、カモメの鳴き声も。

彼女の能力は安定している。


「人、少ないでしょ」


「……そうだな」


「だからここにいるの。無音じゃない、ギリギリ。音もある程度の大きさじゃないと駄目なの。今の凪始めた波音じゃ難しいかも。」


彼女は防波堤の縁を見つめたまま言う。


「この時間が一番、街が静かになる。私は静かな時間が好きなのだけどね。」


嫌な予感が、現実になる。


俺はバイザーを下ろし、現在時間と日没時間をバイザーに表示させる

現在時刻:17時18分(日本時間)

日没時間:17時38分


そろそろ日没か…、人が少なくなり、静寂が支配する時間…。


風が止んできた。

波も穏やかになり、音が薄れる。

俺のスーツの警告灯が黄色に変わる。


「レインレコーダー、何か音を——」


「無理」


彼女は即答した。


「私自身が作る音はダメ。必要以上に自分の音を保存すると、あとで暴発することになる。」


これは超能力者特有の弱点というやつだ。

どういった理由があるか分からないが、俺達、超能力者には様々な能力と共に弱点も発動している。


レインレコーダーにとっての弱点は

音を保存し続けないと壊れるということと、自分で出した音を必要以上に録音すると暴発するということだろう。


沈黙が、重くなる。

彼女の腕が、ガタガタと震え始めた。


「……あともう少し。」


「何がだ。」


「限界、昨日は自分の出した音で何とか我慢したけど、今日はさすが限界…。」


「昨日は自分の出した音で何とかしたからもう限界なんだな!それを先に言え!」


しまった!

のんびり話しすぎた!


最初に再生されたのは、拍手だった。

次に、誰かの怒鳴り声。

次は、ガラスが割れる音。

能力が発動している。どこからか音が漏れ始め、そして音が大きくなり始めている。


「止めろ!」


俺は叫び、自分のブーツで、防波堤を蹴った。

ゴン。

次に、手すりを叩く。

ガン。


規則的に、単調な音を刻む。

彼女が、こちらを見る。

彼女から出始めた音が徐々に小さくなる。


「……それ。」


「これで大丈夫か?もう少し大きい音が良いか?」


俺は続ける。

ゴン、ガン、ゴン、ガン。


「保存しろ。俺なら大丈夫だし。防波堤を壊さないように加減する。」


彼女の能力が、反応する。

漏れ出していた音が、徐々に収束していく。

彼女は、静かに息を吐いた。


「……ありがとう。」


小さな声。

「でも、これ、ずっとは無理でしょ。」

「そうだな。」


俺は正直に答えた。


「だから提案がある」


彼女は、少しだけ身構える。


「対策課のサーバールーム。常時ファンが回っているし、サーバーの温度管理のため、空調も回っているから空調設備の音もある。しかも、日中、夜間を問わずサーバーメンテナンスやサイバーセキュリティーのために何人か常時勤務している。音には困らないはずだ。」


レインレコーダーは首を傾げる。


「……でも管理される?」


「される。でも、無音よりはマシだろ。」


しばらくの沈黙。

今度は、危険じゃない沈黙。


「……条件がある。」


「言ってくれ。」


「私を、危険物みたいに扱わないで。そうしてくれるなら行く。」


俺は頷いた。


「ヒーローの仕事は、ヴィランを処理することじゃない」


「じゃあ?」


「ヴィランの安心できる場所を、一緒に考えることだ。」

 

彼女は、初めてちゃんと笑った。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


報告書・抜粋

当該能力者は、

静寂に対する強い恐怖を持つ。

悪意はなく、環境調整により安定が可能。


今後の方針:

・人工環境音の常時提供

・無音環境の回避

・「危険」と名指ししない周囲への指導


夕方の空は、今日も赤い。

街は静かだ。

だが——

静かすぎないように、人が生活できるために、誰かが支えている。


明日も、対策が必要なヴィランは多い。

それでも、俺は現場に出る。


今日も街は、かろうじて平和だ。

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超能力者対策班は、ヴィラン達の悩みを解決するために奔走する。〜能力者対策班奇譚〜 鍛冶屋 優雨 @sasuke008

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