お菓子の家ドコいった!? 〜消えたヘクセンハウス事件〜
松月彼方
お菓子の家ドコいった!? 〜消えたヘクセンハウス事件〜
十二月二十四日、クリスマス・イブ。家族連れで賑わう、とある街のショッピングモールの催事場では、毎年恒例のクリスマスイベントが開催されていた。今年は『見習いサンタとお菓子の家』という子ども向けアニメ映画とのタイアップもあり、例年よりも豪華な内容となっていた。
特設ステージはイルミネーションやクリスマスツリー、プレゼントの山で煌びやかに飾り付けられ、見るからにふかふかで心地よいロッキングチェアまでも用意されていた。フィンランドから遥々サンタクロースがやって来るのだという。
観衆の最前列は、キラキラと目を輝かせた三十人ほどの小さな子どもたちに陣取られていた。子どもたちを惹き付けるているのは、サンタクロースのコスチュームを纏った司会のお姉さんではない。子どもたちの目の前に鎮座する、高さ三十センチを超えるお菓子の家、ヘクセンハウスだ。
壁はクッキー、屋根はウエハース、煙突はチョコレート。世界的な有名パティシエ、ジョン・スミスが丹精込めて建築したヘクセンハウス。プレートにはご丁寧に「ほんとうに
「……わくわく、ドキドキ」
そう独り言を呟く男は、観衆の最後列で、
「ハァ……お願いだから心の声を外に出さないで。恥ずかしいでしょ、オジさん」
サンタクロースの登場を心待ちにしている太郎の隣で盛大に溜息をつくのは、
今日も今日とて太郎に振り回され、何度恥ずかしい思いをしたことか。さっきだってそうだった。映画の鑑賞チケットをくれてやる、と司会のお姉さんに唆されるまま、ステージに上がった太郎は、ひどく音痴な歌声を披露したのだ。もちろん、作詞作曲も田中太郎。「真っ白な世界でお菓子の家を食べちゃおう、全部食べちゃおう」とか何とか、気持ち良さげに歌うあの
午後三時。いよいよサンタクロース登場の時間がやって来た。司会のお姉さんの「それでは、サンタクロースの登場ですわ!」という声とともに、頭上から白い霧が降りてきた。胸から上は真っ白で、視界はほぼゼロ。お隣さんの顔や自分の手さえも見えなくなった。
会場はサンタクロースの登場を祝福する拍手で溢れ返っていた。興奮した太郎は、濃いスモークに
三十秒ほどで、会場を包み込んでいたスモークはすっと引き、世界に色が戻ってきた。
「——あれ?」
イベントスタッフや観客たちの間にざわめきが起こった。皆が困惑や驚きを口にする。
「消えた?」
「どこへ?」
「オカシいぞ」
消え去ったのだ、霧とともに。あったはずのヘクセンハウスが。欠片の一つも落ちていない。ただ甘い匂いだけが、微かに周囲に漂っていた。
———————————————
困惑する大人たちを他所に、子どもたちはサンタクロースの周りにわらわらと集まり、溢れんばかりの笑顔を見せている。あんなにキラキラと輝く目でヘクセンハウスを見つめていたというのに、今は完全にサンタクロースに心移りしてしまったようだ。無邪気な子どもたちは、消えてしまったものには、もう興味がないらしい。
「匂う、匂いますぞ。これは紛れもなく事件の匂いです」
ざわめく観衆を掻き分けて、迷探偵、田中太郎の登場だ。ステージの前まで出てきた太郎は、憧れのサンタクロースにアピールするように、オホンと一つ咳払いをする。集まってきたスタッフや警備員は、訝しげな目を太郎に向ける。
「なになにッ! つまり、盗難事件ってこと? うそぉ、ちょーわくわくするぅ」
花子は興奮で鼻血を出している。
「Oh my gosh! コレは、リッパなユウカイジケンです。コドモたちのエガオのために、ココロをこめてツクったのに……ハヤく、ケイサツをヨんでください!」
パティシエのジョンが地団駄を踏む。
「ですが、あの時、世界はとっても真っ白でしたわ。誰も目が見えなかったはずですわ。あんな状況で、お菓子の家を誘拐だなんて、そんなの不可能ですわ」
司会のお姉さんが首を横に振る。
「それに、私は吹き抜けの二階から、会場の様子を観察しておりましたが、スモークが会場を満たしている間、スモークの外へ出ていく人は、一人としておりませんでした」
警備員が真顔で言う。
「つまり、つまり、トドのつまり……お菓子の家は、まだこの近くにあるということ。そう、これは密室盗難事件だ!」
太郎は声高に宣言し、胸を張る。そして、胸ポケットから手帳とペンを取り出すと、会場の様子を見渡し、何やらメモを取り始めた。
「ふむふむ……甘い匂いは残っているが、犯人の足跡はなし……そうか、犯人は天井から舞い降り、天井へ消え去った……いやいや、違うな……」
観衆は呆れ顔で太郎を見ている。ジョンは絶望で頭を抱え、司会のお姉さんは困惑した様子で同じ場所をぐるぐると歩き回っている。花子はと言えば、虫眼鏡を片手に床を這いつくばっていた。
「ホッホッホォ〜、みんな、今年も一年、良い子にしてたかホォ〜?」
太郎の推理ショーになんて全く興味を示さない子どもたちに、サンタクロースが朗らかに問いかける。
「してたー!」
子どもたちは一斉に手を挙げる。
「ホッホッホォ〜、それじゃあ、お利口な君たちに、美味しいものをあげようかホォ〜」
サンタクロースは大きな白い布袋から、小さな駄菓子の詰め合わせを取り出した。
「いらなーい」
「もうお腹いっぱーい」
「お菓子のおうちのほうが良い!」
口々にわがままを言う子どもたちの声に、花子はハッと顔を上げた。
「……なるほど。わかっちゃいましたよ、オジさん」
花子はクククと不敵な笑みを浮かべる。しかし、太郎は、相変わらず手帳を片手に、大袈裟に推理ショーを続けている。
「この不可思議な盗難事件……そう、犯人は、魔法使い……いやいや、もしや——」
太郎の推理ショーを遮り、花子は胸を張って宣言した。
「——犯人は、お腹を空かせた子どもたちよ!」
———————————————
大人たちは思い知った。子どもの好奇心と食欲というものは、どんな密室トリックよりも恐ろしいということを。この街で、最も完璧で完全なる密室トリックを成し遂げたのは、悪意なき子どもたちだったのだ。
犯行時、頭上から降りてきたスモークは大人の胸より下には届かず、大人だけの視界を奪っていた。その下で、背の低い子どもたちは、何にも邪魔されることなく、ヘクセンハウスを食べることができた。
では、なぜ子どもたちはヘクセンハウスを食べてしまったのか。そう、子どもたちは、ステージ上で太郎が披露した「真っ白な世界でお菓子の家を食べちゃおう、全部食べちゃおう」という歌を聞き、お菓子の家は食べて良いものだ、と思ってしまったのだ。真っ白な世界、それがお菓子の家を食べ始める合図なのだと。
つまり、強いて言うならば、犯人は田中太郎、ただ一人なのである。〈完〉
お菓子の家ドコいった!? 〜消えたヘクセンハウス事件〜 松月彼方 @kanata_matsuzuki
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