見たことない顔してる

尾八原ジュージ

見たことない顔してる

 その日、とつぜん、何の前触れもなく、

『なんこれ』

 というひと言と共に、弟から写真が一枚送られてくる。

 見慣れたわたしの実家、思い出深きわが家の、転がり落ちたら死にそうな一直線の階段の途中に、見慣れないものが出現している。

 見た感じ、ドアである。木製の、ごくシンプルな、銀色の丸いドアノブがついた、フリー素材みたいなドア。

 わが家の階段に、そんなものはなかったはずだ。

『合成?』

 と返すと、『ちがう』とまた返ってくる。

『なんか急にあった』

「なにそれ……」

 わたしは今、実家から五百キロ離れた街にいることを悔いた。こんな気になるものを、自分の目で確かめられないなんて。

 弟からまたメッセージが送られてくる。

『ちょっと開けてみる』

 だって。ちょっといやな予感がする。

『いやいやいや、なんかこわくない?』

『こえーーー』

 じゃあ開けるなよ。

 そこから十五分間、返事が途切れた。

 開けたのだろうか? ドアの向こうはどうなっていたんだろう? 壁か? それとも異空間? 剣と魔法の異世界?

 気になって気になって、何度もメッセージを送る。

『おい』

『どしたん』

『音声通話 キャンセル』

『おーい、返事』

『音声通話 キャンセル』

 音沙汰がない。

 もしかすると弟は、ドアの向こうの未知なる世界に消えてしまったのだろうか。


 ……などと考えていたところへ、突然返事がくる。

『ねードア消えたんだけど』

『そうなん?』

『開けようとしたんだけど全然開かなくて、押したり引いたりしてたら消えた』

 そしてまた写真が送られてくる。壁である。これこそが見慣れたわが家。

『なんそれ……怖』

 素直な感想を送ると、『おれも怖』と返ってきた。


 一体あのドアは何だったのか。

 わからない、とにかく弟がドアのむこうに消えたりしなくてよかった。

 そう思って、安堵する。だが。


 ふだん家にいるはずの母がその日はおらず、日が暮れても一向に帰宅せず、そして連絡もないことに父と弟が気づいたのは、その夜、晩ご飯の定刻が一時間も過ぎた後のことである。

 それ以来、母は消息不明になっている。






 ――と思っていたら、ある日実家のパソコンに、一枚の画像が届いたらしい。

『メアドが文字化けしてる』

 という弟からのメッセージと共に届いた画像には、母が写っている。

 母は銀色の鎧のようなものを着込み、宝石のついた長剣を持っている。

 そしてぽっかりと洞窟が口を開ける岩山の前で、頭に花を咲かせた緑色の肌の人々に囲まれて、楽しそうにポーズをとっている。

『合成?』

『ちがうて。本物』

 わたしは改めて、送られてきた写真を見返してみる。

 輝かんばかりの、笑顔の母である。

 こんな表情の母は知らない、と気づいて、ふいに足元の床が抜けたような気持ちになる。

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