第2話

 湯から昇り立つ煙はぼんやりと広がってやがて溶けてゆきどこにもいなくなってまた別の湯煙がさっきまで白煙のあった場所に居座ってそしてまた溶けてゆく。くりかえしくりかえし、身体が火照て茹だるまで、ボクはそのゆらゆらを見ていた。

 彼女はひどい嘘つきだとおもう。

 会話の中の奇妙な違和感や、前後の話の矛盾から理解した。しかしもしかしたらボクもかつては嘘つきだったから判ったことかもしれない。

 彼女にはかくしごとが多い。でもそんなことは些事だった。どうでもいいことだ。なぜだかわからないけれど、悪意を持っていないというのも判ってしまった。

 交際を開始して早々、彼女は地元を案内したいと云ってきて、埼玉県入間市の温泉施設へ連れてきてくれた。都市育ちのボクからすると入間市の空気はまるで透明で、透き通った質感で、ちっとも濁っていなかった。ボクは日々、灰色に曇った空気のなかに暮らしているんだなあと実感させられた。

「あの団地が私の実家だよ、8号棟。向こうにみえるのが入間川、上流へいくととても綺麗なんだよ、こんどいこうね」

 ボクはうんうんと頷く、その時分の彼女はとてもたのしそうにみえた。あなたを地元に連れてこられてうれしいと云っていた。ボクの頬も自然緩んだ。

 帰路につく。ほてった身体が冷めていくのが判った。入間市から横浜市まで、電車にゆられて二時間ほどかけて移動し、そしてすこしばかり買い物をして帰宅した。

 カーテンの隙間から夜空が見えた。深夜といってもよい時間だった。布一つ纏わぬ無防備な姿態の彼女は背を反らせながら、星のかたちをした空色のグミをたべていた。彼女は偏食家だ。基本的な主食はお菓子やアイスクリーム、フローズンドリンク。熱いものをたべるのはどうにも苦手らしく、──失礼ながらそれはボクから見るとなんだかかわいらしくおもえてしまうのだけれど──冷たいたべものをたべるその度に寒さに震えている。

 故にボクは彼女と出会って五日もしないうちに電気毛布を購入した。

 当人曰く、その偏食は自律神経の異常によるものだそうで、体温調整がにがてらしい。まるで変温動物のようだ。特徴的な眼をしているし、実はドラゴンなのかもしれないなどと馬鹿な想像してしまった。熱い食べ物をたべると顔中の穴から体液が溢れ出すとそう云っていて、ボクはその言葉におもわず笑いそうになってしまったけれど、そう語る彼女には真剣さと真実味があって、笑ってはいけないのだと判った。それでもどうにもボクはダメなにんげんだから、真面目なかおを維持するのに苦節した。

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