人魚はやがてヒトになるか

金沢出流

第1話

 白かった。そしてそれは黒に覆われていた。白の中にあるその白よりもさらに白い円、その内にある黒い円の上部は隠れていて、下部をつつむ白がその途切れた円を際立たせていた。みたこともない、注視せざるを得なかった。彼女の瞳に魅入られて硬直していたボクの元へ、目的の人を発見したキミがすいすいと近寄ってきていて、彼女の胸が右のうでに押しつけられていることにボクは気付いて、なんだかそれは自分が体験していることではないように思えてならなかった。内心はしどろもどろになりながらもそうは見えないように苦心する。ボクはいつものように冷静さを装う。人に好かれるための仮面を半分被った。

「なにかたべる?」

 キミはその積極性とは裏腹にとてつもなく緊張している様子だ。声も出せないようで、問いに答えることなく頷いて、おそらく肯定の意思を示した。

 ボクは必死になって近くにどんな店があったか、脳内を探った。ほんの30秒も歩けばケーキのおいしいカフェがあったはずだ。そのすぐ隣にはドーナツ屋もありそちらの方向へ左手を向ける。

「ケーキがあるよ」ボブカットの黒髪に包まれた白い肌の彼女はまたしても頷いて、控えめ口角を上げた。理想的な三白眼でこちらをみていた。その仕草はまたもボクがみているものではないような、どうにも幻想か、あるいは夢想のような気がしてならなかった。

 失敗はすぐに知った。ケーキはすべて売り切れていた。もう20時を過ぎた頃だった。おそらくカフェの閉店も間近であろうから仕方のないことだ。そうしてボクとキミは顔を見合わせて、同時にドーナツ屋さんを見た。

 ボクは云った。

「ドーナツでもいい?」

 ボクの問いに彼女はまたも無言で、でもやっぱり首を使って肯定の意思を示して、そしてその瞳はボクの瞳を見ていて、ボクはその三白眼のうつくしい瞳をずっとみていたかったのに、普段ならありえないのになぜだかわからないけれど羞恥に耐えかねて、ドーナツ屋のほうへと目を逸らした。

「なにがいいかな?」

 問いかけると彼女はくまのかたちをしたドーナツとシナモンのドーナツ、苺のグレーズに包まれたドーナツ、そしてフローズンドリンクを指差して、またこちらを見た。

 たくさんたべるんだなあとなんだかうれしくなった。そしてそのことに驚いた。このような気持ちを自身が感じるというのが奇妙だった。他人の食事量の大小なんてどうでもいいことなのに。意味が判らなかった。ボクは彼女の指差した品々とチョコレートのオールドファッションを注文し、会計を済ませて、色鮮やかなドーナツたちを受け取って、店の奥の席へと向かった。店内はとても狭かった。席数もさほどなかったけれど運良くテーブルがひとつ空いていて、どうぞと声をかけて、彼女をソファ側の席へと座らせ、ボクは椅子に腰掛けた。

 そうしてすっかり忘れていた初対面の挨拶、初めての挨拶を交わした。

 その後、どうやら緊張から食欲が萎んだらしいキミは苺のグレーズのかかったドーナツとシナモンドーナツをふたつ、残してしまった。ボクは店員さんを呼んでドーナツを包んでもらった。そうして店を出でて、当初の目的を果たすためにボクの家への帰路についた。ボクたちはセックスをしようと事前に約束していた。それを阻むものはないようだった。

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