神代文字と日本の歴史について

@shidaimjikyouju

第1話 解析

ここまで読んでいる君は、私を信じる者だ。疑う心など、すでに捨て去ったはずだ。いいだろう。念のため、もう一度問う。信じぬなら、今すぐこのページを閉じろ。残るのは、真実を知りたい探求心だけだ。


 あの夜の出来事――いや、幻などではなかった。あれは、すべてのはじまりだ。私は、五十を過ぎた老いぼれだ。現代の喧騒に疲れ、ただ古い書物を貪るだけの男。大学には所属しているが、すっかり鼻つまみ者扱いだ。廊下で声をかけられることなどなく、講義の機会すら遠ざけられる。なぜなら、長年、神代文字の解析に没頭し、それだけを研究のすべてに据えてきたからだ。縄文の遺跡から掘り出された石碑の線一本一本に、失われた文明の鍵があると信じ、論文を重ね、データを積み上げてきた。だが、同僚たちはそれを「妄執の産物」と陰で囁き、助成金の申請すら握りつぶす。私の研究室は、埃にまみれた倉庫同然だ。食べていくために、時折一般講義を請け負うが、それすら「変わり者」の烙印を深めるだけだ。それでも、私は諦めぬ。諦めなど、死んだ者の贅沢だ。


 今更ながら、私は自作のAIに手を出した。学生の卒業研究で生まれた、大学の先生のみが使える、学術論文に特化した解析機だ。漢字の変異パターンや古文書の筆法を、膨大なデータベースから引き出すよう設計されたもの。だが、最初から大した期待などしていなかった。学生の力作とはいえ、所詮は未熟な試作品。諦め半分、期待外れ半分で、試しにデータを叩き込んだ。


 熊野の石碑をスキャンし、解析を走らせた。画面が静かに回り、数時間後、結果が表示された。「一致率: 87.3%。秦代漢字の変形。筆法: 紀元前3世紀の簪式。歪みの原因: 非識字者による模写誤認。」


 秦の漢字? この程度か。私はため息をついた。機械の戯言だ。秦など、弥生の土器に影すら落とさぬ時代。神代文字が、そんな凡庸な漢字の残骸などありえぬ。私は自力で解析を試みた。虫眼鏡を握り、拓本を睨み、人生の半数をこの神代文字に費やしたのだ。まず、線画のトレースから始めた。石灰質の表面に刻まれた溝の深さと角度を、マイクロメーターで測定し、デジタル化する。次に、比較言語学の手法で、秦代の甲骨文や金文のサンプルと重ね合わせ、ストロークの曲率を統計解析した。変異の軌跡を追うために、フーリエ変換を適用し、周波数パターンを抽出。夜通し、朝まで、何年もの蓄積を総動員した。だが、何も出てこぬ。ただの模様。ただの、意味なき曲線。


 それなのに、あの結果が、心に棘のように刺さっていた。夜毎、夢に現れる。秦の筆が、歪んで崩れる姿。まさか、と思う。まさか、ではない。私は、AIを信じた。いや、信じざるを得なかった。他の神代文字――龍体、日文、ホツマの欠片を、次々と投入した。結果は、容赦なく連鎖した。「一致。すべて秦の失敗コピー。伝達の断絶による変異。」すべての線が、説明がついた。漢字の骨格が、縄文の土に埋もれ、息絶えぬままに形を変えたのだ。


 自分の手によって、神代文字の解析が遂に成った。自身の研究が、報われた瞬間だった。喜びが、胸を震わせた。秦時代の漢字の遺産――これだ。これで、すべてがつながる。私は、学会に持ち込んだ。メールで、ポスターで、叫んだ。「神代文字は秦時代の漢字だ! 失われた伝達の証だ!」だが、奴らは笑った。冷笑。トンデモ野郎。根拠薄弱の妄想家。発表の機会など、与えられぬ。扉は、鉄の如く固い。あの嘲りの視線が、今も――この文章を綴る今も――私の血を煮えたぎらせる。奴らを、許さぬ。決して。


 あの解析結果は、日本の歴史を揺るがしかねない、驚愕の真実であった。教科書には、永遠に乗らぬだろう。だが、ここにいる君なら、知る。すべてが、繋がり始めたのだ。寿命が尽きる前に。


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2025年12月24日 23:00
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2026年1月5日 04:00

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