第2話 任務:最終兵器の保護者(パパ)になれ
天草一郎中尉が基地司令官代理である少佐から密命を受けたのは、一昨日のことだった。
「中尉。我々第六独立遊撃中隊の目的はなんだ」
「は、少佐どの。上から予算せしめて、そこにいるアンドロイドの嬢ちゃんを愛でることです」
「そうだ」
そうなのかよ、と天草は思った。少佐は執務机の上で組んでいた手を解いた。
「しかしながら、君の認識には致命的な齟齬がある。マキナ、申し訳ないが、自分が何者か答えてみてくれないかい」
天草の右後方で待機していたマキナが、一歩前に出た。
「はい少佐。マキナはアンドロイドではなくバイオノイドと定義されています。脳みそは生体部品なので半有機体であり生物学上ロボットではなく生物に分類されます、です」
「ありがとう、感謝する。本当に君はよく出来た部下だ。私としても鼻が高い」
「賞賛多いな」
少佐は机の上で手を組みなおした。
「というわけだ、中尉、君の発言は人権侵害にあたる」
「あんたらが言うのか……」
「うん、そう言われるとぐうの音も出ない。痛いところを突くな、さすがは諜報部のスーパーエリート」
少佐は緊張を解いたように歯を見せて軽く笑う。和やかな雰囲気を演出しようとしているつもりなのだろうが、天草は素直に受け取れない。この流れ、どうせ無理難題を押し付けられるに決まっている。先日の『政府がひた隠しにする平和の裏側。夜に紛れる人型タナトスの影。地球は最早人類のものでは無い、専門家が警鐘を鳴らすワケ』という馬鹿みたいな記事を週刊誌に掲載させるのは本当に骨が折れた。今でもなんであんなことをさせられたのか、まるで見当がつかない。
「ところで、近頃周辺地域で人型タナトス脅威論が拡大していることは知っているな? 所詮噂レベルではあるのだが、市民の安心と安全を守るのもまた我々の使命。呼び出したのは他でもない、その真偽について君たち二人に調査を任せたいと思っている」
わかった事前工作だ。流した誤情報を利用して、なにかろくでもないことをさせようとしているに違いない。天草は諦め半分に尋ねた。
「あの、質問いいですか」
「ダメだ、許可しない」
マキナは今いる場所からさらに一歩前に出て、右手を挙げた。
「少佐、質問よろしいでしょうか」
「なんだい?」
いいのかよ、と天草は胸の中で突っ込む。なんだこの空間は、人権がないのはどっちだ。
「威力偵察ということですか」
「いいや、そうではないよ。もっと穏やかな任務だ。その男と街に潜伏して、一般市民として生活するんだ。その中で、見たこと聞いたこと感じたことをありのままに報告してくれればいい。情報の精査はこちらでやるからね」
「僭越ながら少佐、最高機密であるマキナは、その任務には適任ではないと考えます。戦略的評価もさることながら、容姿があまりにも一般市民とはかけ離れて──」
少佐は席を立ち、マキナの肩に手を置いた。
「違うよ、君だから適任なんだ。その視点、その頭脳、そして独自の感性は普通の人間とは異なる特別なものだ。この重要任務をこなせるのは、君を置いて他にはいない」
「少佐……はい、責任を持って承るです!」
マキナは直立して敬礼をした。少佐はうんうんと頷きながら、爽やかな好青年風に笑っていた。
天草からしてみればその様子は、30過ぎのおっさんが純粋無垢な少女を美辞麗句で誤魔化して如何わしい誘いをしているようにしか見えなかったが、当人同士はどうにも通じ合っているようだった。
「そういうわけだ。君の任務はマキナに同行して全身全霊で私生活のサポートをすること」
少佐の目だけが天草に向けられた。ぎらぎらと滾っていて、100年の宿敵を相手しているかのような圧力を感じる。本能的に背筋が伸びて、気づけば天草は両足を揃えていた。
「マキナは基地外での生活経験がない。なにか良くないことが起きたとすれば──それらはすべて君の責任ということになる。自分の仕事が、理解できるな?」
「……理解しました、少佐どの。保護者として、公私にわたって嬢ちゃ……お嬢様を誠心誠意補助してさしあげることをここに誓います」
「うん、概ねよろしい。だが」少佐は天草の胸に手を伸ばし、摘むようにタバコのケースを取り出した。「公私ではない、私に徹することができるように努力するのが君の役割だ。これも、マキナの前では控えなさい。副流煙は青少年の健全な成長を阻害する」
「は、半分機械なのに、そういうの関係あるんでしょうかね」
半分どころか8割か9割じゃないかとも思う。火の中水の中、原子炉圧力容器内部でも防護服無しで活動できるらしいその娘っ子が、どうしてタールやニコチンなどに汚染されるというのだ。装甲が多少黄ばむくらい構わないではないか。こちとら死活問題、同じ屋根の下に暮らしている間ずっと制限されるとなっちゃ、最悪だ。そんなのクールじゃない、かっこよくない。
しかし少佐はそんな天草など知ったこっちゃなしとばかりに断言した。
「あると言ったらある。心配するな、こちらでもマキナの体内環境はモニターしている、うっかりは避けられるさ」
「あ……ありがとうございます……」
天草はふらつく足取りで、なげやり気味に敬礼をした。
「困難な任務ではありますが、一緒に頑張りましょうです!」
マキナは胸の前で握りこぶしを作って、鼻息を荒くしていた。
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戦術機動兵器マキナちゃんの学習バグ ~かわいいを探してたら、狂気(タナちゃん)と友達になりました~ 光 @hiiro122
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