読まん王 (よーまんきんぐ)

夏乃緒玻璃

読まん王

 今だとかなり問題になりそうだが、小学生の時の担任、うら若き高岡先生にはかなり、可愛がって貰った。


 特に、読書好きの僕の為に彼女はよく本を持って来てくれた。

 時には新刊を買って来てくれる事もあった。


 基本的に「名作モノ」路線ばかり読んでいた僕を、アシモフやらハインラインやらブラウンやらブラッドベリの沼にハマらせたのは彼女である。


 今のようにSNSで気軽に感想を言い合う事のできる時代ではなかった。

 それどころか、その本に関してのレビューや解説を探すのも一苦労していた時代だ。


 やはり、あれこれ感想を言い合える仲間が欲しかったのではないだろうか。


 そんなある日、彼女から相談を持ちかけられた。


「夏くん、みんな課題図書を読まないんだけど、どうしたらいいのかな」


 ああ、読書感想文あるあるだ。

 課題図書に興味がなかったり、趣味が合わなかったりで読まないのだろう。

 正直、僕も読書感想文はあまり得意ではない。


「簡単な内容なんだから自分で読んで考えるべきです。他人の感想より、自分がどう感じたかを大切にしましょう!」


 と書いて提出した事がある程だ。

 先生は赤ペンで

「その通りだけど、そんな事言わずに感想も共有しようよう」

 と書いて戻してきたっけ。


「とりあえず、課題図書とかに拘らず、クラス書庫にある本ならなんでもOKにしませんか」


「それは構わないけど、でもあの本棚の本、古いのばかりだし」


「だから、僕と先生で面白い本を持ってきてあそこに置けばいいでしょ!」


「おー、名案」


 かくして翌日のHRから、読書感想文大作戦が始まった。

 先生は手始めに大好きな「火星年代記」と宮沢賢治を持って来た。

 甘いな、今の小学生は宮沢賢治は読まんですよ。


 火星年代記?奴らがその細かい文字を読むとは思えない。内容もハードだよ。

 ブラッドベリをチョイスするならまずは「何かが道をやってくる」じゃないかな。


 まあ、どちらにせよ、この勝負は僕の勝ちだけどね。

 なぜかいつの間にか勝負になっていた。


 僕が持って来たのは、ポプラ社から出ている、しっかり振り仮名も振って子供にもバッチリの「少年探偵団」「緋色の研究」「ルパン対ホームズ」。


 乱歩とドイルとルブランですよ。これをつまらないという子供がいるはずない。いたらバカだ。断言する。


 そして翌日。


 誰も、一冊も借りていかなかった。


 先生は追加で持ってきた松谷よね子、小泉八雲を。

 僕は「黄金仮面」「ホームズ最後の挨拶」「813の謎」を悲しく本棚に置きながら、「まあしばらく様子を見ようよ」

 と言った。


 二日目も、三日目も本は一冊も動かない。


 これは、もしかして。


 いやーな考えが頭をよぎる。もしかして、本が嫌われたのではなくて、僕が持って来たから皆は読まないのでは?

 あああ、いじめか!ぼっちかっ?


 僕は昼休みにたむろしている男子達の側にいき、試してみた。


「今週のジャンプあるけど、誰か読む?」


 たちまち皆は寄ってくる。


「なになに、冨樫載ってる?」

「俺すぐ終わるから先に読ましてー」


 ワイワイガヤガヤ。

 血涙。

 良かった、原因は僕ではなかったッ!


「おいこら」


 僕は連中の中で一番仲の良かった王田政仁、あだ名キングに、馬場チョップをかましながら言う。


「なーんで漫画は読んであっちの本は読まないの?感想文書かないといかんのだろ」


 キングは渋い顔をして首を振る。


「嫌だ。読まない。感想文は想像して適当に書く」


 周りの連中も「読むのが面倒なのに、更に感想とか面倒がダブルじゃん。パラパラ見て適当に書いときゃいいよ」「ページとかめくるの面倒じゃん」と口々に不平を言う。


 なんだ、なんだこいつら。僕の知らない生き物か。


 めげずに僕はキング達に言う。


「だけど面白いかもしれないだろ。というかあれ全部面白いよ。何ページかだけでも読んでみなよ」


 キングの目の前に本を積む。

 奴は1ページだけチラッと見て、「読んだ」と言って出て行ってしまう。


 許さない。僕は許しても江戸川乱歩が許さない。おいちょっと待てぃ!


 その時、見ていた女子グループの小川愛美が声をかけてきた。


「キングはへそ曲がりだからだめだよー」


「感想文書かないといけないから、私たち読むよ。でも先生のは難しそうだし、少年探偵団はちょっとなあ」


 何よ小川さん。少年探偵団はだめ?なら黒蜥蜴でも持ってくるかい?


「女の子にも読みやすいのあればなあ」


 わかった。明日なんとかする。

 そしてキングにも絶対何か読ませてやる。


 放課後、先生がドキドキ乙女のポーズで寄ってくる。


「ど、どうかな。みんな本を読んでくれたかな」


「ダメです。アイツら予想以上にバカです」


「そ、そういう言い方はダメよ。そうか、読まないか。火星年代記なんかも誰も読まない?」


「さっき何人か捕まえて、冒頭だけでも読んでみろと言ったんですが、あいつら『何トマスって、トマトみてえー』と言ってゲラゲラ笑っていましたよ」


 背後で崩れ落ちる先生を残して帰宅する。

 明日は仇をきっと討つよ先生。


 翌日。小川愛美あんど女子グループ向けに「赤毛のアン」「若草物語」それから「伊豆の踊り子」を持ってきた。

 それから、キング達への新兵器も。


 昼休み。


「今週のマガジンあるけど読むー?」


 よし、アホどもが集まってきたな。

 しかしここで金田一耕助を出すような真似はしない。無駄だからな。


「おいキング。今日はコレを持ってきた」


 僕は奴の目の前に積む。


「時をかける少女」「狙われた学園」「晴れ、時々殺人」。

 どうだ。天下のカドカワマネーで宣伝しまくった、知らぬ人はおらぬビッグネームの原作だぞ。

 本当は幻魔大戦も持って来たかったが自重したぞ。


 どうだ。おっ、手に取ったな。


 しかしキングはまた数ページペラペラめくり、「アニメ化したら見るわ」と言ってゆらりと立ち去る。


 時をかける少女はアニメ化しないだろう(と当時はだれもが思っていたはず)。


 周りの連中もパラパラ見るだけで読む気配はない。


 放課後、先生が肩を落としてやってくる。


「カドカワも駄目だった?」


「うん。あいつら、原田知世が失神するシーンの表情が面白かったよな、とか言ってて。多分映画のストーリーすら理解してません。魔女っ子メグちゃんみたいな話だと思ってますよ」


「いっそ、漫画OKにしようかなあ」


 甘い甘いよ先生。


「先生それ、火の鳥とかアドルフに告ぐとか、そういうマンガを想定してるでしょ」


「ま、まあなら、いっそなんでもいいかなと」


「先生、舐めすぎです。なんでもいいなんて言ったら、アイツらピューと吹くジャガー読んで、面白かったって書いて来ておわりですよ」


「2、2ページ!」


 時代が違うというツッコミは無しだ。要はジャガーみたいな当時の短いギャグ漫画の事。適当なのが思い出せなかったからピューと吹いただけだ。


 またも崩れ落ちる先生を置いて立ち去る。

 しかし今回は女子組がいる。明日になるまで勝負はわからない。



 翌日、なんとなく避けられているような気がしたが、それでも小川愛美を捕まえる。


「あっ、あっ、夏くん。わたし読んだよ。伊豆の踊り子」


 ほう。


「踊り子さんかわいそうだよね。船の上で反省したって遅いよ。妊娠させて逃げ出すなんて最低」


 ‥‥どこのあらすじを読んで来たのか知らないが、それはたぶん「舞姫」だよ小川さん。


 そのまま感想文出さない方がいいと思うよ。書生さんそんなチャラくないから。山口百恵もびっくりだよ。


 結局、完全敗北だった。


 感想文は結局、HR時間中に映画を見て、それについて書く事で解決した。


 ちなみに映画は「アルプスの少女ハイジ」。

 いつ作られたのか知らないが実写映画だった。


「そんなの、クララが立ててよかったとか、ペーターが許されてよかったとか、ありきたりの感想しか来ないのでは」


 僕はうんざりしながら聞いた。


「いいのよそれで。面倒くさくないから」


 先生もうんざりしながら答えた。


 僕と先生は教室の一番後ろで、無表情でハイジのエンディングをみながら、敗残者同士の会話をした。


 ズズッ


 異音に気付き視線を向ける。

 壁際の奥の席。


 そこではーー


 王田政仁。キングが、目を真っ赤にして、泣き腫らしていた。



 fin.


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