おかわりお願いします

関節照明

第1話 おかわりお願いします


──目の前のグラスに注がれたビールが喉を通っていく。

ごきゅ、と波打つ喉を見ていると飲み切った声と共に赤くなった顔がこちらを向く。

 

「……だから、俺…いまだに、そういう…えっちなことが出来た事なくって……」

「……はぁ、そうなんだ」

「そうなんだ、じゃないよぉ!言うの恥ずかしいんだからこっちはぁ!!」


 意を決して打ち明けた言葉に対して軽いリアクションをされたことにショックを受けた白髪のガタイの良い男、俳優でもある朝比奈六紀はやや泣きべそをかいて酒でべろべろになり醜態を晒していた。

 対面では、そんな様子にそこまで動揺することなく、自分のグラスに何杯目かわからないビールを足す男――同じ俳優仲間の有村薫、がぺそぺそに泣いている六紀を見ながら打ち明けられた言葉を反芻する。

 何でこんな話の流れになったんだっけ…とこれまでを振り返った。


 * * *


 都内のテレビ局内、撮影スタジオに併設された広い楽屋の一角で、さまざまな俳優やスタッフが思い思いの話を広げていた。


「――え!じゃあ家でも料理研究してんの?」

「そう。毎食じゃ間に合わないから一回で三食分くらい作るんだ。側から見たら、これからパーティでもするの?って感じなんだよね」


 同じ現場で会うと、たまに会話する程度の仲ではあるが、今日は入りから終わりも一緒だった。

 他の役者もいる広い楽屋の角で、いつもよりおしゃべりに興じていると、薫が俳優業以外で料理の腕前を活かして番組を持っている事、それに伴う練習について盛り上がっていた。


「すご、それってちゃんと自分で食うの?」

「勿論。でも多いし、すぐ傷んじゃう物とかもあって、たまーにダメにしちゃうんだよね。

 この現場だとよく食べそうな人多いから、タイミング合えば持ってこようかなーとか考えてはいるんだけど」


 ほら、と言いながらスマホの画像フォルダを見せてくる。

 色とりどりの美味しそうな、かつ写真映えした料理がずらーっと並んだ写真たちを見せられ思わず六紀の喉がぐっと鳴った。


「ふは、お腹空いてる人には毒だった?」

「そりゃ減ってるよ!今日もスタントマン並みに走りっぱなしだったし…」

「……朝比奈君て、この後もう仕事終わり?良かったらウチの冷蔵庫のやつ食べてくれない?」

「え!?マジ!?……なんか、勝手なイメージだけどあんまり家に人入れないタイプだと思ってた」

「なんだそりゃ、フツーに仲良い人とか呼ぶよ」


 ふ、と軽く笑った片目隠れな薫の雰囲気に、独特のミステリアスさを感じた。


 アスリートから転向してスポーツマン系タレントと俳優の二足の草鞋をしている自分とは違い、純粋に俳優業・タレント業で活躍している薫とは以前まではほとんど面識はなく、今回のドラマをキッカケで直接会話するようになった。

 おそらく相手もそう思ってはいるだろうが、バラエティなどで、わりかしそのままの自分でカメラに映っている自分と違って、演技のフィルターがかかった薫しか知らなかった六紀にはこうしたプライベートな事を知るたび、知らないページを開くときのような、不思議な気持ちになっていた。


「誘っといて何だけど、食事制限とかは?」

「あ、うーん……あるけど、たまに食べる分には問題無いよ!」

「オッケー。せっかくだからお酒も出すよ」


 帰り支度をしながら、そんな薫の言葉に豪華な料理たちを思い浮かべる。撮影の疲れはどこかへ吹き飛び、見せてもらった料理を脳裏にとめどなく浮かべていた。


 * * *


 薫の自家用車に乗せてもらい、都心から少しだけ離れた場所につく。しっかりしたマンションのセキュリティを通過し、数階上がった所にある部屋に「どうぞ」と通される。


 至って普通の、掃除も行き届いた落ち着いた雰囲気の部屋だった。

 唯一違っているのは銀色に光る巨大な冷蔵庫がある事だった。


「でっか!!これ厨房とかにある業務用のじゃない!?」

「冷凍もしっかりしたいからさ。あ、とりあえず料理用意するから手洗ってきなよ」

「うわ!タッパーの数すご!!」

「あらら、もう料理に夢中だ」


 思ったよりはしゃいでる六紀に穏やかに笑いつつ、背中を押して洗面台へと向かわせる。

 その間に冷蔵庫から、これとこれと…と脳内で献立を既に組んでいたのか、迷いなくタッパーを何個か取り出した。



 ――コト、と綺麗な皿に移された様々な料理が六紀の目の前に並べられる。スープ、メイン、副菜などずらりと揃い、それらの温かい料理の匂いがふわりと鼻腔をくすぐると口の中で涎が溢れてしまいそうだった。


「……それっぽく解説でもしようと思ったけど、今日はもうお腹ぺこぺこな人もいるし、頂きますか」

「頂きます!!これ骨つき肉?蒸したの?」

「圧力鍋で煮込んだやつだよ。ネギも一緒に入れたからこっちもくたくたで美味い、と思うよ」

「……ん〜っ!!ん!んまぁ!!これこんなちゃんとぷるぷるになるんだ!!」

「ははっ、声デカ!……あ、確かに。あっため直したけど、まだ柔らかくていいね」

「……ヤバい。これ、下手したら結構おかわりしちまうかも」

「いいよ、ここにあるやつは全部綺麗にしてもらって。あ、ご飯も冷凍だけどおかわりあるから」

「マジか〜神様…いや有村様ありがとう…」

「安い神様だなぁ」


 そんな感じで一気に打ち解け、美味しいご飯を堪能しながら仕事の話やお互いの事など、さまざまな事を打ち明けあった。お酒が入ってからは、更に気分の良くなった六紀が自身のことを話し始め、いつしかお互いの恋愛の話になっていたのだった。


 * * *


「……朝比奈君さ、お酒飲むたびその話してるの?何か週刊誌とかに売られないか心配になってくるなぁ…」

「し、しないってぇ!多分、覚えてる限りは…」

「覚えてる時だけかい」

「……有村くんはちょっと年上だし、恋愛うまそうだから…そ、相談したくなったんだよ」

「酔ってるなぁ……まぁ、せっかくだから乗るけど」

「うおぉ〜〜優しい〜〜」

「……エッチしたことない、かぁ。彼女は居たけど、そこまで辿り着けた試しが無かったってこと?」


 こくん、と酒と恥ずかしさで赤らんだ顔で頷く。こうなった人は赤裸々に自分の事を打ち明けてしまう事をよく分かっていた薫はその純粋さ、脆さを少し危うく思いつつも続きを促した。


「何人か付き合ったことはあるよ?一緒に居て楽しくしてたし、キスもしたし…あと同棲もしたよ。ただ…その……」

「なんかトラウマでもあった?」

「……その、ホテルとか家で、やるぞ!ってなった時に……毎回毎回……直前で、やっぱダメだ〜!って恥ずかしくなって、すげぇ謝りながら断っちゃうんだよ……」

「はぁ。………女の子の裸が苦手?」

「全然!ちゃんとそう言うビデオとか雑誌とか買うし見るし」

「いい、いいから、こと細かく説明しないで」


 なんとも面倒、いや厄介そうな相談内容に悩ましげに眉を寄せつつ、グラスを空にする。性的な興味はあるが、異様に恥ずかしがり屋ということだろうか。


「目隠しでもして彼女さんに相手してもらったら?」

「あ〜……今は彼女は居ない、んだよね。

 目隠しは…やろうとしたことあるけど、提案した時の子に、そういうプレイだと思われて引かれて喧嘩になっちゃって。あと多分目隠ししても多分無理だとは思う」

「そっか……」


 話しながら過去を思い出したのか、少しテンションが落ち気味になり、六紀の声色が低くなる。

 目の前ではビールを優雅に注ぐ薫が映る。こんな情けない話を聞かされながらも落ち着いててすごいな…と、相談に乗ってもらってるだけだが、六紀はやや尊敬し始めていた。


「――じゃあ今度そういうお店行って目隠しプレイとか頼んできたら?あ、ココとかオススメだよ」

「えっ!うわぁっ!!ちょっと思ったよりハードすぎ……じゃなくて!!何でこんなお店詳しいの!?」


 突然目の前にスマホが差し出され無意識に視線を向けると、とても子供には見せられないようなサイトが表示されていた。

 写真や動画は大丈夫な六紀も剥き出しすぎる情報に慌て、しかし指の隙間から食いつくように眺めていた。


「そこ知り合いいるんだよ。ちょっとお金はかかるけど、その分黙ってくれるとは思うから良いと思って」

「……それ、元カノさん居たりしない?」

「さあ?」

「そこ濁さないで!?有村くんの元カノ相手しちゃったら流石に気まずいし、あとそういうお店は撮られかねないからゴメンだけど無理!」


 ダメか〜と浮かんだ案が却下され、少しだけ残念そうにする。この人は仮に自分の彼女が俺とそう言うことになっても気にならないのか…?と薫の性的な方面の倫理観に疑いを覚えつつ、注いでくれたビールは受け入れ、煽るように飲む。


「ちなみに性的な方面の病気とかは?」

「それも昔診てもらったけど、なんも無かった……

 はぁ〜せめて病気ならなぁ。ただただエロいことが恥ずかしすぎる男なのが、なんかダサくて嫌でさぁ……」

「………………」


しょぼくれた顔で頬杖をつき、少しだけ涙目になる六紀。その顔を黙って眺めつつ、不意にがたりと席を立った薫が、空いたお皿を片付けようとする。


「あ、ごめん長々と話して……」

「いいよ座ってて。あとさぁ」

「うん……?」

「朝比奈君って男はどうなの?」

「おとこ……?」

「男は性的対象なのかって話」

「あ〜……」


 知り合いや同じ業界にもにも同姓のカップルや、どちらでもOKという人はちらほら居る。しかし自身の今までの恋愛遍歴においては男性が入って来たことはなかった。


「考えたことなかったなぁ……むちゃくちゃ嫌とかは思わないけど」

「ふうん、じゃあ一回試して見る?」

「男相手かぁ……うーん……うん?」


 そんな話を振られて考え込んでいると、いつのまにか近くに立っていた薫が、わさわさと六紀の頭を撫でてくる。へ、と驚きの声をもらすと、そのまま首の後ろを撫でられたり、肩や背中を確かめるように触られる。


「……うん、俺的には良さそう。どうする?」

「…………??」

「あ、これ言葉足りてなかったな。

 俺と、君で。やってみたらどう、って話」

「へぇ??」


 丁寧に指を刺されながら出された提案に、今日いちばんの間抜けな声を出してしまった。

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