魅入られる

@aji-008

第1話



 家に帰ったら随分と昔に苦労して別れた筈の男がいて驚いた。何故だか昔住んでいた2DKのマンションだった。

 男を見て驚いたけど、うんざりした。

 男は納豆をかき混ぜて「お帰り」と笑顔で言った。

「あーちゃんもご飯食べる?」と笑顔で聞いてきた。

 疲れたからいらないと答えた。納豆の臭いもお前もいらないと出かかったけど、兎に角疲れていたし、シャワーを浴びて横になりたかった。

 風呂から上がると白い猫がいた。家に猫なんている筈なのに。

 白くて大きな猫。瞳が宝石のアクアマリンみたいで綺麗だった。時折角度で右目が金色のようにも見えた。足にまとわりついてきたから撫でてやった。撫でながら私の愛犬はどこなのだろうと思った。愛鳥もいない。どうして猫なんだろう。だけど猫が可愛くて、どうでも良くなった。

 ぶち猫も何処からからともなく現れて、まとわりついてきた。同じように撫でてやった。

 疲れた。兎に角疲れた。

 シャワーを浴びて、洗面所でなんとか髪を乾かして、パジャマに着替えて寝室に入ると、布団が三枚縦に敷いてあった。私は迷いなく入ってすぐ右端の布団に倒れ込んだ。隣の部屋でいまだご飯を食べている男が何か上機嫌に話しかけてくるから適当に相槌をうった。

 疲れた。

 男はいつの間にか真ん中の布団、つまりは私の隣りで寝ていた。

 なんだか無性にむらむらした。

 疲れてるのに。

 すぐにでも寝たいのに。したくなった。

 隣りに男がいて嫌だ。こんな男、好きじゃない。一人でしようかと考えたけど、隣りには男がいる。セックスなんて久しくしていない。こんな男でも我慢してなんとかしようかと考えた。逡巡しながらパジャマのズボンに手を入れて下着に指を這わせた。やっぱり男は嫌だ。気持ちが悪いし、第一嫌いだ。何故かふと、天井を見上げると、部屋の左上に大きな人の顔のようなシミがあった。

 なんだあれ。

 嫌な感じがする。凄く、嫌な感じ。

 猫がいない。猫は、猫は大丈夫だろうか。

 嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいや……じわじわと動けなくなってきた。き—————————んと耳鳴りみたいな音がする。

 知ってる。

 この感覚は金縛りだ。

 動けなくなりそうな手前でなんとか起き上がった。起き上がれた。怖くて、嫌いな男の筈なのに男に近寄って「怖いよ」と言った。

 すると男が目を覚ました瞬間、覆い被さってきた。それと同時に天井のシミも襲ってきた。

 男の背中に取り憑いて蠢いている。

 男が苦しみ、呻き声をあげている。

 全体重が私にのしかかって苦しい。

 猫は。猫は大丈夫なの。猫は。苦しい。重い。苦しい。やだ。怖いよ。怖い。怖いよ………。

「あーちゃん大丈夫?」

 苦しそうに男が話しかけていた。

 どれくらいの時間が過ぎたのかは分からない。30分かもしれないし、5分くらいかもし

れない。男の背中を襲ったシミは天井に戻っていた。

 男の背中、左上に大きなドス黒いアザがタンクトップから大きく見えていた。

「なにこれ…」

「この家って、たまに怖いよね」

 いや、そうじゃなくて。

 男は身を起こして苦笑いした。

 2匹の猫はいつの間にか私の枕元で間抜けに寝ていた。

 なによこれ……どこよ、ここ。こんな家知らない。

 男がまた覆い被さってきた。猫達は飛び起きてどこかに移動した。

 やだ、気持ち悪いよ。

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