少年の正義

へそごまっちゃ

少年の正義

「久しぶりの客人だ。ゆっくりしていってくれ。」

血溜まりの中で、首から下がない老人はそう言って笑った。

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「少し昔話をさせてくださいな。

この村にたくさん人がいた時の話を。

話したくてしょうがないんだ。なに、時間はたくさんあるだろう?ああ。ありがとう。

まず最初に、そうだな、これは言っておかないと。聞いて驚け。ここの村人は全員俺が殺したんだ。----驚いたか。はは。


ここに来るまで大変だったろう。ほら、この村、山間にあるから。しかし、やはり、赤に染まった東岳と白を被った西岳、そしてこの村とでできる景色が、まるでヘンリー叔父さんの絵みたいに美しい。みたことないからわからない?はは。そうだったね。ともかく俺はここの景色が大好きなんだ。


この村は本当に豊かなところだったんだぞ。暖かくて水が綺麗で。それで作物がよく採れた。村人皆んな皆んな農家の静かな村だ。うちの畑で採れた野菜で母さんが作ってくれるシチューは本当絶品でなあ。そうそう母さんは美人で優しくて、村の男は皆んな父さんを妬んでたよ。


この村を流れる時間は途方もなく、ゆっくりだった。


皆んな農家だと言ったが冬は色んなものを作ったりもしたんだ。日用品から娯楽品まで。ヘンリー叔父さんは画家でね。彼の描く絵は村中に飾ってあった。うん。彼は一流の画家さ。

あとそうだこの村には人魚信仰があって、サジュータっていう木のオブジェを作るのが盛んで。人魚様を模るんだ、まあ本物をみたことはなかったがな。俺はすごく下手だった。

人魚様が私たちを守ってくれるって信じられていたんだよ。海もないのに。面白いだろう?

なぜって?...さあ。人魚は豊作をもたらすとか言うからじゃないか。


ここはそんな普通の村なんだが、後から聞いた話じゃ、なんだかちょっと変わってるみたいで。

この村には君達で言う「死」がなかったんだ。

----ああそうだ。死だ。君達の方では当たり前にあるらしいその死だ。

どういうことだって思ってるだろう?皆んな同じことを聞いてきたからわかるさ。なあに、伊達に長く生きてないよ。

死がないって言いはしたが、結末はあるんだ。

老衰すると「土に還る」。----君たちも死んだ人間を土に埋めるなら、同じ意味かもしれないな。

だけれども違うのは、ここの人間は老衰するまでが極端に長いんだ。成長が遅いとも言える。だから子供だった俺がその結末を見たのは1回きりだった。

そして怪我をしても病気をしてもそれが死の原因にはなりえない、

つまり「土に還る」までは、その果てしない期限までは絶対に生きれる。そう、そういうわけだったのさ。


ああそうなんだ。それでも、俺はこの村の人間、全員を殺したんだ。



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今夜は星が綺麗だろう。でもあの日は格別に星が美しかったのを覚えているよ。

あの日頃に村はもう冬を迎えて、暖炉の炎が窓を濡らしていた。

その夜は月に一度の楽しみ----肉が食べられる日だった。

夕食には、硬いけど香ばしいパンとにんじん、じゃがいも、そして肉が入った暖かいシチューが並んだ。もちろん母さんが作ったのがね。

え?死なないなら食べなくていいんじゃないかって? ばかいえ、人間腹が減っては何もできん。食欲は人を動かす原動力だろう?


雪遊びから帰った俺は大いに喜び、母さんに頼まれて仕事中の父さんと近所のヘンリー叔父さんを呼びに行った。

父さんも叔父さんも毎月この新月の日を、ごろごろした具材の入った味の濃いシチューを楽しみにしてたんだ。

先に二階にいた父さんを呼んでから、父さんと二人で近所の叔父さんを尋ねた。


扉を開けて僕らを迎え入れた叔父さんは体調が良くないみたいだった。けれど母さんのシチューを逃す手はないと思ったんだろうね。いつもの農作業の時とは打って変わって、うんと早く支度して三人で足早に食卓へと向かった。


四人全員が食卓に座って準備ができた時、いつも通り父さんの人魚様への祈りが始まった。

幸い、父さんの祈りはいつもよりきもち短かった。

皆んなで祈りを済ませて俺は、いの一番にシチューを食べた。思ったよりも熱くて少しむせたけど母さんが手ぬぐいで俺の口の周りを拭いてくれた。

叔父さんは体調が悪いからかあまり箸が進んでいなかった。そして俺の綺麗な皿を見るなり、僕の大好物の肉を全部移してくれた。俺は軽く感謝を伝えてから全て平らげた。叔父さんは少し悔しそうな、辛そうな顔をしていたよ。


食器を片付けた後で四人で談笑していた。叔父さんは3日前の俺の誕生日を覚えててくれて、この村の雪景色と月が描かれた絵をくれた。

父さんと母さんは苦い表情とは裏腹に、覚えてるって言ってた。お祝いの言葉とハグをもらったよ。

叔父さんは普段より早めに家に帰って、俺は叔父さんからもらった絵を部屋に飾ってから普段より遅めに寝た。


次の日、俺は窓から差し込んでくる太陽の光に起こされて、昨日もらった絵を眺めていた。

すると絵に書いてあった俺の名前のスペルが違っていることに気づいたんだ。

だから俺は叔父さんに文句を言ってやろうと思って朝食も食べずに叔父さん家に走って行った。


叔父さん家は不用心にも鍵が閉め忘れてあって、俺は遊んで欲しい飼い犬のように大げさに中に入って行った。


叔父さん家はアトリエと生活空間が全く一緒になっていて、というか混在していてキッチンなんかは絵具置き場になっていた。つなぎは絵の制作と農作業兼用で絵の具と土が混沌を生み出してた。

俺は部屋に充満する絵の具と叔父さんの体臭が混ざった匂いが、言えなかったけど、割と嫌いだった。

いつも畑に寝坊してくる叔父さんは今日も寝ているだろうと思って、ベッドに飛び入って起こしてやろうと目論んだ。

けれど結局のところ昨日体調の悪そうだった叔父さんを気遣って優しく布団を剥がすことに決めた。


布団を剥がす。----だがそこに温もりはない。その代わりに乾いた無機質な粒子がパラパラと舞った。----土だったんだ。

いつもの油の匂いではなく枯葉が腐ったような匂いが、僕の鼻を突いた。


ああそういえばそうだ。この日の昼のパンはいつにもまして硬かったんだよ。今思えばついてない日だったなあ。

そこから絵のスペルが違ってることなんて忘れて、必死で叔父さんを探した。

どこにもいなかった。

皆んなはのんきにヘンリーさんは変わった人だったから、旅に出たんじゃないかとか言ってたけど俺はそんなわけないと思った。叔父さんは確かに変な人だったけど、ここの景色を、そして俺を愛していたから。


その頃には多分、もう、俺はすでに一番易く、一番辛い考えに行き着いていたんだと思う。決して行き着きたくはなかったが。叔父さんはきっと「土に還った」んだと。

俺は悲しくて悲しくて堪らなかった。とても耐えられなかった。本当だ。これは嘘じゃない。でもそれが収まらないうちに、俺の中から溢れでる正義の心が叔父さんの結末を探れと、仇を取れとそう命令してきた。



畑はもうその時期できなかったから、布団についていた土は「叔父さん」に違いないんだと、そう考えた。

けれど一つ疑問があった。叔父さんは父さんと同じくらいのだから300歳、いや、350歳だったかな

つまり、まだ若かった。土になるわけはないんだ。

俺は手がかりを探し始めた。愛する画家を土にした犯人の。


今はこんななりだが小さい頃、父さん譲りの明晰な頭脳と母さん譲りのイケてる顔立ちを持ち合わせていたんだ。--それから叔父さん譲りの自慢癖も...。

だけれども、いや、案の定何も見つからず、また一人でなにかを思いつけることはなく、俺は父さんに相談しようと決めた


夕食の時、話に行こうとしたが、やめた。父さんは愛すべき弟を理由もわからずに失くし途方に暮れていた。食欲もないのか、母さんの作った少し味の薄いスープといつも通り硬いパンには手に付けていなかった。


----そうだ、食欲...食欲だ!ここで脳に電流が駆け巡った。


春に農業、冬に創作と同じ習慣をずっと繰り返していた叔父さんに何か変化があったとしたら...。それは間違いなく昨晩の体調不良だろうと閃いた。閃かなければ良かったかも知れない。

それが関係していると誰もが最初から感じていた?

...そういうのは心のうちにしまっておくものだよ。


そして同時に思い出していたんだ。爺ちゃんが迎えた結末を。


爺ちゃんは病気をすることが多くなった。死なないけれども治癒力は君たち並みだ。ゴボゴボとなる喉の音はその頃にはもう子守唄になっていたんだ。

最期の日はちょうど新月の日でやっぱり母さんのシチューを食べた。その後で爺ちゃんの分は俺と叔父さんで部屋に届けに行くことになった。


爺ちゃんはいつにもまして調子が悪くて、ただ横になって息子の絵を眺めているだけだ。

俺らは介抱して、いつものようにスプーンを口の前に運んだんだ。けれどひと口食べたあと、横に置いといてくれ、と叔父さんに伝えて、そのまま横になってしまった。


翌朝、俺はキスをしに爺ちゃんの部屋に行った。

すると君達が予想してるように、爺ちゃんの姿はない。


家族での小さな葬儀を終え、部屋の爺ちゃんの痕跡は好きだったラベンダーが挿さる花瓶と表面に膜が張ったシチューだけになった。


俺はこの時初めての別れを経験していたんだ。


話が逸れたな。言いたいことは、2人の共通点として病気をしていたんだ。

----うん。そうだ。そうなんだ。病気でここの人間は死なない。

つまり病気による食欲の低下が原因なんだと考え至った。

だからなんだと思った。

栄養不足?俺らの体質の許容範囲を超えた未知の病?わからない。


悩んだ時はいつも叔父さんのアトリエに行く。僕は別れから一歩踏み出すことにした。


叔父さんの家から、あの嫌いな匂いは姿を消していた。散乱した画用紙はそのままで。

壁には叔父さんが気に入っていた風景画、俺が叔父さんに送った似顔絵が飾ってある。

俺がいつも使っていた椅子に座ろうと、絵の具が固まったパレットを退ける。すると何か文字が書いた紙が落ちた。

拾い上げて読んでみる。


''もし俺が土になってたら、俺を許してくれ。

俺はもう、肉を食べれないんだ。''


叔父さんの字だった。

続いて、


''知りたいのなら、絵の中にある。''



この世に俺をこんなにもそそらせる言葉があるのかと思ったんだ。

叔父さんちのドアを強引に引っ張り、

自分の部屋まで駆け、貰った絵を木枠から釘ごと剥がした。

そして、隠されていた絵の裏面にはこの村の秘密が書かれていた。


叔父さんは人魚と出会ったんだ。



村長に絵を届けに行った時だった。

村長は自宅にはいなくて教会にもおらず、裏手の倉庫に探しに行ったらしい。

そこで出会ってしまったんだ。

月でできた瞳と宝石のように煌びやかな鱗、この世のものとは思えないその美しさに叔父さんは見惚れてしまった。

でも叔父さんは気づいたんだ。人魚の四肢がもがれていることに。


ちょうど帰ってきた村長は驚いた後、諦めたように白状した。

僕らは人魚を食べているんだと。



そして叔父さんは愛する人魚の肉を食べることができなくなってしまったんだ。


文の最後にはこう綴られていた。

''こんな叔父でごめんな。愛してるよ''


僕はやるせない気持ちになった。

が、少しだけ胸を踊らせた。僕を残して死ぬほどの存在を見たくて。

そして早速人魚に会いに行った。



ああ。人魚は美しかった。美しいこと美しいこと。

僕はいつの間にか手で、体で触れていた。一度触れたら、もう止められない。暖かい。まだ生きていた。美しい悲鳴を上げたのか。分からないが。自分の息遣いでさえ、あの時は聞こえなかった。


それから村長の目を盗んで毎日通った。いつしか叔父さんへの愛情をも失っていたのかもしれない


しかしある日、戻りかけていた手足が切られた。その時、僕は彼女を独り占めしたいと----はは。いや、僕の中の正義の心がこれ以上彼女を苦しめるのを許さなかった。


だから食べた。食べた。美しい悲鳴を上げたのか。分からないが。

我に返る暇もなかった。

食べ終わったらそこに彼女はいなかった。

そしてもう二度と戻らなかった。----当たり前か。はは。


そこからは酷かった。

村長は赤くなった倉庫と綺麗な白の頭蓋、脊椎、肋、骨盤を見て一瞬固まり、激昂し、僕に殴りかかった。

顔面蒼白とはまさにあれだ。

僕と父さんと母さんは殺されることになった。

村長は村のためとかいって人魚の四肢を取り続けていたくせに、

村人たちは当たり前だと思っていただけの屑共なのに、

なぜ僕が殺されるのかわからなかった。2人には申し訳ないと思ったけど、いや、土になる前にきっと僕を呪ったに決まってる。

結局は同じなんだ。


その後村には俺だけになって、土が少し増えた。

今は何歳かな、少なくとも、爺ちゃんより年上だ。

そうは思えない? 褒め言葉だと受け取っておこう。




ふぅ、少し感情的になってしまったな。まあこの村はこんな感じだ。どうだい、俺の話は面白かっただろう?

そうだせっかくだから今日は泊まって行きなさい。

食事も、肉でよければ振る舞うよ。」

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