いつかの宙域 ―A.C.257年、彼らの存在証明―
ワタリ瑞葵
第1話 日の当たらない日常
真夜中、街を駆けていく、1台のバン。先程までの不眠の喧騒が嘘のような静寂と暗闇を、ヘッドライトが切り裂き、テイルライトが尾を生やしていく。真夜中という環境からか、或いは施されたスクリーンのせいか、バンの中の様子を外から窺うことは、およそ誰にも出来ない
「もう少しで目的地に到着...。皆、最終チェックだ。今回は…」
助手席の女がそう言うと、貨物スペースの中で揺られていた6人はそれぞれ準備を始めた。助手席のすぐ後ろに座っていた男は右太もものホルスターからハンドガンを抜いてその動作を確認し、左太もものマガジンポーチからマガジンを取り出す。慣れた手つきで装填するその表情は――落とせない試験に臨む学生のように――真剣そのものであった。その前に座っている色白の男は、スタンガンのバッテリーを確認して交換したのち、ケースから取り出したナイフに自分の顔を映している。そして、少し高い声で、「アキ、今回の
「今回はだめだよ、ケント。最初から殺すつもりなら、もっとそういうのに特化したチームが出るはず...。」
作業を止めてそう答えたアキは、助手席の女の方を向いて――少し赤くなりながら――話を続ける。「そうですよね、キース特務大尉。」
「そうだ。」助手席のキースが答える。「今回の任務は“浮浪者ブローカー”を介した人身売買の現場から、身元が判明している2名を含めた、計5名を救出することが目的だ。アキの言う通り、こちらから仕掛けるような真似は、絶対に避けるように。...あとちゃんと話を聞け、ったく。」
「「はい、すみませんでした。」」アキとケントは振り下ろすように頭を下げた。
「ふう。で、任務の確認の続きだが…」
キースが任務の内容を説明している間も、バンは目的地に向かって、輝きが眠る街に自らの軌跡を残していく。そして、ちょうどキースの説明が終わったと同時に、バンは街に灯る、数少ない
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「…救出でき次第、アキ、私に連絡してほしい。我々は“カグヤ広場”で合流する。...2時間、2時間経ったら切り上げるように。それ以上の活動は、禁止とする。」
特務大尉はみんなにそう告げた後、僕に向かって「頼んだぞ、アキ。」と微かに微笑みながら伝えてくれた。僕はこの、特務大尉が毎回僕にだけ伝えてくれるこの言葉が、本当に大好きで、「はいっ。」と返事をするときは、嬉しくなって、...ちょっと恥ずかしいけど、心の中では、まるで飼い主にブンブンとしっぽを振る犬みたいになっちゃう僕がいる。
「アキ君、こっちはいつでも動けるよ」「...ボクも。」「アキ~、早く早く。」
チームのみんなの声を聴いてハッとする。「しーっ、あんまり騒がないで。向こうに気づかれるかもだよ。」とみんなに落ち着かせつつ、僕自身も気持ちを切り替える。まぁ、みんながはやる気持ちもわかる。だって、チーム全員、6人で任務に出るのは、1ヶ月、...マリアが医務局に運ばれたときから...そう1ヶ月ぶりだから。
僕たちを乗せていた
そんな僕の隣で、1ヶ月ぶりに任務に出ているマリアは、少し不安そうに俯いた。だから、「大丈夫、みんながいるから。」と僕はマリアに囁いて、そして「任務の都合上、今回は救出対象が落ち着きを失うかもしれないから、そのときは頼んだよ、マリア。」と右肩に手を置いて(チームでは右肩に手を置くことで“信頼”を示すようにしている)、ウインクする。僕の気持ちを受け取ってくれたのか、マリアは「ありがとう。」と返してくれた。心のどこかでホッとして、少し肩の荷が下りた気がする。
「...みんな準備ができたみたいだし、各自持ち場へ。よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします!」「...よろしく。」「お願いします。」「了解。」「ほーい。」
そう言って、僕たちは夜の街に、それぞれの役目を果たすために、それぞれの持ち場に散っていく。今回も無事にまた還れるように、そんなことを祈りながら...。
ビルの階段をマリアと一緒に進む僕の右耳に、微かに電灯が灯る三階の一室から、ブローカーたちの言葉が届いてきた。“血統書付き”、“9万
...やっぱり、形式的だ。前から思っていたことだけど、こういう人身売買の現場で聞こえてくる言葉は、全部違うようでいて、でも、どこか定まっているような感じがする。“血統書付き”とかはそのままで、“商品”と呼ばれる人々の値段も、大体似通っているから。そして、何よりも共通しているのは、ブローカーもその交渉相手も、自分たちの“商品”が壊れないように大切に扱う、...そんな歪さなんだ。
そんな歪さを感じていた僕の左耳に、〈...アキ隊全体へ。...こちらモロコフ、当該ビル内の電気系統の制御を、確保。...いつでも、いけるよ。〉と、機械担当のモロコフの通信がヘッドギアを通して無線が入ってきた。僕は〈了解、ありがとね。〉と返して、その次に入ってきた〈
〈ホプキンスありがとう。アキ隊全体へ、こちらアキ。これから、任務At-B38を始めます。〉
マリアがドアを開ける音と、ケントが窓から突入する音が、重なった。
僕らの任務が、日常が積み重なる。それを告げる、音だった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
3台のバンが、自らの明るさを取り戻しつつあった街を抜け、市街地と郊外の緑地を結ぶ道に入っていく。かつての整いを失いつつある街路樹を従え、未だに真夜中を引きずる道に軌跡を残す車列の前に、郊外の空気を吸わない建造物群が見えてくる。車列が近づくにつれて、それが1つの、二十階はあろうとみえるビルが、自らを中心に5つの建物を放射状に侍らせる、公的機関の官庁と官舎であることが分かってくる。官庁の裏に入る道を車列が進み、そして官庁裏の駐車スペースに入ると、車列を構成した3台のバンが、不自然なほど形式的に、それぞれ別々の入口の前で停車した。
バンがそれぞれ所定の位置に着いて、既に待機していたのか直ぐに建物から紺色の制服や白衣を各々身にまとった大人たちが出てくると、それを合図に、それぞれのバンの貨物ドアが開いた。あるバンからは、乱れや不潔と整頓を不気味な程に両立している5人の男女が、また別のバンからは、「官」を全身で表現している男女に囲まれて両手を拘束された3人の男が、それぞれ降りてきた。そして、この2台のバンの接近を、或いはそこから現れる人間の接触を、意図的に阻害するように止められた最後のバンから、官庁や真夜中と夜明けを渡すこの時間帯には相応しくない、少年少女が6人、さも自らがこの空間にいることが当然であるかのように、各々ライフルやアタッシュケースらしきものを――大事そうに――手にしながらバンから降りてきた。
ふと、両手を拘束された3人の中の1人が「官」の男女の制止を振り切り、飛び出した。直ぐに、建物から出てきていた紺色の職員に取り押さえられたが、バンから降りてきた少年少女らに向かって、必死に、世の不条理を唱える革命家のような表情で、叫んだ。
てめえらみたいな選ばれた強化人間のガキが、犬になるなよ。
聞こえなかったのか、或いは聴かなかったのか、自分たちに向かって叫んでいた男が職員たちによって沈黙させられているのを、さもこれが日常であるかのような表情で見ていた彼らは、他の職員、いや、大人たちと共に建物の玄関へと歩みを進め始めた。同じバンの助手席から降りてきた女と――どこか親しげに――話す少年が建物に入るとき、その胸に着けた“Aki.Tokiwa”というタグと、“Central HEP”の文字列を備えるラウンデルが、玄関の光に――不思議なほど鮮明に――照らされた。
いつかの宙域 ―A.C.257年、彼らの存在証明― ワタリ瑞葵 @ho-miduki_261_mackerel
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