分配フェーズ

 御堂によるルール説明が終わると、暫くの間、改めて参加するか否か、その意思を確認するための猶予時間が設けられた。


 ホールの中は静まり返っているようだったが、時折聞こえる騒めきからして、いくらか迷っている人間もいるらしい。


 時間は10分。

 経過した後部屋に残っていた者は、参加を表明し、ゲーム内容に同意したとみなされる。


 そうして予定の時間が経つと、御堂は周囲のスタッフたちに合図を送った。

 部屋から出た者はおそらくほとんどいなかっただろう。15億という大金と、ここに来るまでの労力。それを考えれば当然の結果なのかもしれない。


「ではこれより、タグの分配を行います」


 御堂の声を皮切りに、部屋の隅に待機していた黒服たちが慌ただしく動き出す。いくつかの機材が操作され、ホールの壁に取り付けられたモニターの映像が切り替わった。


 無機質な格子状の図面。

 15×20、合計で300の箱の絵だ。


「モニターの箱の絵は皆さんが持つことになるタグのセットを表します。これより皆様に見えるように、キーとなるタグを分配します」


 御堂の声と共に、300の箱のうち16箇所が不気味な光を放った。

 浮かび上がったのは、キング、クイーン、ジャック、エース。それぞれの数字はトランプの4つの記号をそれぞれ冠する。この16枚がキータグだ。


 ゲームのクリア条件は、ポーカーでいうフォーカードを作りゲームマスターに提出すること。つまり一つの数字に対して、四つ全てのマークを集めれば良い。

 逆にそれ以外のタグは、クリアに意味をなさないノーマルタグだ。


 ホールの熱気が膨れ上がる。誰もが画面を凝視し、キータグの現在位置を脳に焼き付けようと必死になった。

 玲もまた、無意識のうちに目を細める。


「これからケースの位置をシャッフルします。

 キータグ入りの箱を最後まで見失わず言い当てることができた方は、該当のキータグと4枚のノーマルタグ、計5枚を持ってゲームを開始いただけます。


 ただし失敗した方は、ノーマルタグ1枚のみの状態からゲームをスタートしていただきます」


 その宣言に、参加者達の目つきが切り変わる。

 キータグの価値はノーマルタグの比ではない。初めから持ってスタートできるアドバンテージはかなり大きい。


「全てのキータグが当てられれば分配フェーズは終了。ケースを指定する人間がいなくなっても終了とし、余ったキータグはランダム配布といたします」


 シャッフルを見極めれば、有利な状態でゲームに臨める。

 だが言い当てを外せば、タグ1枚という不利な状態からの参加。


 全てのタグを失えばゲームオーバー、即ち死というこのゲームで、ここでの失敗は命に関わる。


 言い当てに参加しなかった場合、キータグを持って参加できる可能性はかなり低くなるが、実質的な生命線が欠けることもない。


 どちらかと言えば度胸試しに近い気がした。

 あるいは最初の選別か。


 玲は黙って視線を落とす。


 悪くない趣向だと思った。

 それにこの手のやり方は、こちらからすると願ってもない。――むしろ好機だ。


「それでは、シャッフルを開始します」


 瞬間、ホールのほぼ全員が最寄りのモニターに目を向けた。玲も静かにそれに倣う。

 集中力の高まりを感じる。周りの人間も、自分自身の感覚も、研ぎ澄まされていく。


「5、4、……」


 カウントダウンが減っていく。空気が張り詰め、御堂の声以外、音が消える。


「3、2、1、……開始」


 合図とともに、モニター上の無数の箱が弾けるように動き出す。


 画面が動く。

 音もなく、動き出す。

 最初はゆっくりと、しかし確実に、上がり続ける。


――速いな


 周囲からは悲鳴に近い呻きが漏れ始めていた。追うことを諦めた者の声が空気を通して伝わってくる。

 玲はそのノイズを無視して、意識を一段深く落とした。


 スイッチを一つ、切り替える。


 目に映る景色は指令に応え、急速にスピードを失って行く。

 右へ、左へ。

 複雑に交差する複数の軌道を、脳が並列処理していく。


 箱は300。

 すべての動きを追う必要はない。

 必要なのはキータグを含んだ16個だけだ。


 これくらいなら、多少気を抜いても全て見える。――見える程度には、人の枠組みからは離されているということだ。

 あの研究所で刻まれた呪いは、ここでは無二の武器になる。


 玲は無言で口を噤みながら、正確にターゲットだけを追いかけた。


――数秒の静寂。


 モニターの中にはまるで何事も無かったかのように、300の箱の絵が整然と映し出されていた。


「シャッフル終了です」


 少し変わったことといえば、ケースの一つ一つに番号が振られたことぐらい。

 ホール内は、嵐が過ぎ去った後のような、不気味な静寂に包まれていた。周囲を見渡せば、ほとんどの人間が一様に肩を落としている。


 理由は単純。

 シャッフルのスピードが速すぎたからだ。

 

 まるでたくさんの流れ星を同時に追いかけるような感覚だった。

 動きそのものは直線的で、ランダムな要素も殆どなく、惑わすような動きもない。


 単純な縦横斜めの動作のみ。

 異常だったのはスピードだけ。


 その速さだけで、一気に篩にかけられた。


 普通の人間の動体視力であれを見切るのは不可能だろう。

 

――まあ、あくまで普通の人間であればの話だが。


 玲は自嘲気味に心の中で付け加え、無意識に自身の腕を掴んだ。指先が食い込み、鈍い痛みが走り抜ける。


 あまりに自分に都合の良すぎる状況に、言いようのない違和感を覚えた。

 玲は気配を殺して周囲を窺う。


「あんなの……見えるわけねぇじゃねぇか!」


 静寂を切り裂いたのは、誰かの野太い絶叫だった。それを合図に、堰を切ったように怒号が溢れ出す。


「ふざけるな!」

「ありえねぇ!」


 無遠慮な罵声が飛び交う中、御堂は、まるでそんなもの聞こえていないかのように、柔らかな笑みを浮かべていた。


「では、どなたかを番号を指定なさる方はいらっしゃいますか?」


 その声に、迷いはない。

 まるで、誰かが必ず名乗り出ると確信しているようだった。


 玲は息を潜めて口元を覆う。

 間違いない。彼女にだけ見えているシナリオが確実にある。


 有無を言わせぬ御堂の態度に、騒めきは次第に引いていく。

 ホールを支配したのは、重苦しく嫌な緊張感だった。


「はーぃ」


 その雰囲気を破ったのは、不自然に気だるげな男の声だった。


 人混みの中で、病的なまでに白い手が高々と掲げられる。

 ひらひらと挑発的に、その指先は揺れていた。

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