帰還勇者、魔法の使えない世界で「いらっしゃいませ」を唱える
くらのふみた
第1話
入店チャイムが鳴った。
カイトの視界に、黄金色の
《Lv.3
《
カイトは無表情のまま、レジカウンターの前に立った。
「いらっしゃいませ」
深夜二時のコンビニ。天井のLED照明が白く
美しい世界だった。
でも、現実は違う。
カイトは目を細めた。視界が少しだけクリアになる。
床の隅には、誰かが持ち込んだ泥が乾いて固まっている。レジカウンターには、昼間のスパゲティ弁当の
異世界で鍛え上げた筋肉は、もうない。深夜勤務の不規則な生活で、体調も優れない。食事も適当だ。コンビニの廃棄弁当か、カップラーメン。
五十代くらいのサラリーマンが、缶ビールとつまみを雑にカウンターに置いた。仕事帰りなのだろう。ネクタイは
「これ」
カイトは無言でバーコードをスキャンする。ピッ、ピッ。機械的な動作。何も考えない。考えたくない。
視界の端に、理想の自分が見える。勇者モードのカイト。背筋を伸ばし、
でも、現実のカイトは言った。
「……三百六十八円です」
うつろな目。機械的な動作。レジ
客は
「暗い店員だな。もうちょっと
カイトは何も答えない。ただ、お
店を出ていく。入店チャイムが、また鳴った。
カイトは小さく息を吐いた。胸が重い。
でも、頭の中では過去が
高校二年生の夏。十七歳だった。
あの日、教室で
次の
気がついたら、石造りの城の中にいた。
「勇者よ、よくぞ来てくれた」
魔法が使えた。
仲間ができた。
必要とされていた。
三年間、戦った。
ゴブリンを倒した。ドラゴンと戦った。
王から、
あの
そして、光に包まれて
気づけば、自室のベッドの上。
現代日本。令和の世界。
スマホの
でも、誰も信じてくれなかった。
家族に、「三年間、異世界にいた」と説明した。父は
「
父はそれだけ言った。
警察に保護された。病院で検査を受けた。身体的には異常なし。精神的には、少し疲れている。それだけ。
でも、誰も
高校は
学歴:高校中退。
職歴:なし。
空白の三年間。
面接で聞かれた。
「この期間、何をしていたんですか?」
答えられなかった。
「異世界で勇者として戦っていました」なんて言えるわけがない。「
不採用の連続。三十社以上受けた。全部、落ちた。
二十歳。同級生は大学のサークル活動をSNSに投稿している。楽しそうな写真ばかり。飲み会。旅行。恋人との写真。
カイトは、深夜のコンビニでレジを打っている。
誰も見ていない。誰も必要としていない。
カイトは手のひらを見つめた。
かつて、この手から魔法が放たれた。《フレアストーム》。
今は、レジ袋を結ぶだけ。弁当のバーコードをスキャンするだけ。
小声で
「……イグニス」
炎の魔法の名前。かつて、この言葉を唱えれば、
でも、何も起こらない。当たり前だ。
魔法なんて、ない。この世界には。
時計を見る。午前一時。休憩時間だ。
カイトはバックヤードの休憩室に向かった。
そこには、もう一人のアルバイトがいた。
黒い
「カイトさん、お疲れ様です」
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帰還勇者、魔法の使えない世界で「いらっしゃいませ」を唱える くらのふみた @humita
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