願いの真価

イルミア

願いの真価

「それで最後の願いは、決まったのか?」


僕は、ようやく決まった願いをランプの魔人に告げる。


ある日、僕はいつものアルバイトが終わって、歩いていると道端に落ちていた金色のランプを手にする。よく絵本で見るものと同じだ。

家に持って帰ると、僕は机の上に置いてまじまじと観察する。

蓋を開けても何も入ってない。傷一つ付いてない。よく見ると、ランプの淵に汚れがあった。手でふき取ろうと三回擦ると、ランプが光り出す。


大きな男が腕を組み見下ろす。

「さて、汝の願いを3つを言うのだ。」

よく絵本で見るランプの魔人が、煙をまき散らしながら本当に出てきた。僕は何も言葉を発せず、ただ魔人を眺める。

「ん?私の言うことが、分からないのか?」

「あ、その。本当に叶えれるのですか?」

魔人はニヤリと笑う。

「あぁ、無論可能だ。この世の天変地異。あらゆる事象を叶えてみせよう。死人すら構わなん。」


僕には生憎、そんなに切望する願いがなかった。でも、借金が少しあるから、やっぱりお金は欲しい。

「お金…。お金が欲しいです。」

魔人は片眉をあげる。そして、ほくそ笑む。

「お金か…。やれやれ、願いは曖昧だが。叶えよう。汝を億万長者しよう。」

魔人が手を翳すと、僕の目の前にはいくつものアタッシュケースが現れる。中には、一万円がぎっしり入っている。これで、借金いや…なんだって買える!

魔人は、興奮する僕を一瞥し首を振る。

「やれやれ、その目では早く次の願いは言わなさそうだな。一旦、戻ることにしよう。出来る限り早く願いを言ってくれ。」


そのまま煙になって消える。


それから僕は借金を返し、今まで住んでいた賃貸から、大型マンションの一室を即購入し、悠々自適な生活が始まる。と思っていたのも束の間、マンションを購入してから、よくzつくらいから僕のスマホ、そして実家や知らないところからの電話が多くなった。どこからか、僕の個人情報が漏れてしまったのかも知れない。


知らない人が代わる代わる僕の実家によく来るそうだ。寄付やセールスらしい。僕のスマホにも同じ様なことが起きる。挙句の果てに、実家の方には脅迫文が送られてくるそうだ。両親からは何とかしてくれと解決を催促される。毎日、電話の音で目が覚める。実際には音が鳴っていないのに、着信音が鳴っているように聞こえてくる。日に日に、精神的負担が増えやつれてきた。


そこで僕は、この状況を打開すべく2つ目の願いを考えた。

「僕に権力を。偉くして欲しい。」

ランプを擦り、魔人を呼び出す。

「偉くか…やれやれ、今度はちゃんと明確に言ってくれ。汝に権力を与える。」


ランプの魔人は、僕を大手会社の社長へと変える。


その翌日から僕は、社長としての生活が始まる。朝一、秘書にモーニングコールしてもらい、執事のような人が車の運転などの同行をサポートしてくれる。秘書からは一日のスケジュールを教えてもらい、社長業務に勤しむ。


しかし、社長業務も簡単なものではなかった。毎日のように会議、打ち合わせ、会談、会議と何度も同じサイクルで疲弊する。そして、ある日事件が起こった。

「社長、今日はいつもと違うお客様がお見えです。」

秘書が沈痛な面持ちで、僕を呼ぶ。

「彼を怒らせない様に、くれぐれもお気を付け下さい。」


秘書に連れられて、僕は会談の場へ向かう。

「いやぁ。やっとお会いすることができたね。」

先に待っていたのは、白髪交じりの初老男性。服装は黒のスーツ、体格のいいボディーガードを連れている。典型的な裏社会の人間だ。

「君の会社は、なかなかいい所じゃないか。ぜひ、手を組もうではないか。」

彼は手を差し伸べる。

「いや、申し訳ないですが…」

僕が口ごもると、彼は手を引かずに、淡々と話す。

「君は勘違いしている。これは、対等な関係じゃなくて命令なんだが。」

彼のボディガードが、静かに僕の後ろに立つ。


初老の男性からは、出る杭は叩かれるという言葉を残して僕と契約を交わし、その場を去る。その後、秘書が入ってきて冷たく言い放つ。

「社長は存じ上げないでしょうが、郷に入れば郷に従えです。誠に残念ながら、この会社もあの方の傘下に入らなければ存続不可能です。」

秘書からは、彼らの存在について聞かされた。端的に言えば必要悪みたいなもので、大きな会社が持つ一つの影だそうだ。秘書は、説明を終えると混乱する僕を見て、ため息をついて退出する。


一つの会社を支える一国の主として奮闘しようと考えていた僕を見透かすように、秘書は冷たく言い放つ。

「社長。申し訳ありませんが、そういった考えは捨てるべきです。逆に我々の身を危険に晒します。」

その言葉で僕は何も言えなくなった。それからは、以前のように会社を良くしようという動きではなく、どうすれば上手く立ち回れるかという事を考えていかなければならなくなった。


日に日に、また身体がやつれてくる。これじゃダメだ。家に帰るとランプが目に入る。そうだ最後の願いがまだ一つ残っている。今の状況を…。僕は、ランプを手に取り三度擦る。

ランプの魔人が現れると、口元を歪めて腕を組む。

「それで最後の願いは、決まったのか?」


僕は、ようやく決まった願いをランプの魔人に告げる。


「この状況を…。」

僕は、言葉を詰まらせる。社長として、今の生活は良い。でも、このままでは…。

「いや、今までの願いを取り消すことは出来ますか?」

魔人は怪訝な顔をする。

「願いを消す願いか?」

「はい。最初から願わなければよかった。だから、最初からなかった事にしたい。」

魔人はため息をつく。

「はぁ。…汝はそういう奴か。過去にもいたな。欲より自分を選ぶ厄介な奴が。非常につまらぬ。」

魔人が手を翳すと、今までのことが夢の様になかった事になった。

「願いが消えるということは、その時間もなかった事になるからな。ふむ…次の主人はちゃんと破滅をみせてくれるといいのだが。」

そんな言葉を言い残して、魔人は煙の様に消える。ランプも同じように消えていった。


気が付くと僕は、ランプを初めて見つけた時、場所に戻ったようだ。

「ありがとう。」

僕は本来の家に帰る。ただ、あの時みたいにまっすぐに帰らず、帰る途中の惣菜屋さんに寄る。美味しいコロッケをいつもより多めに買って帰る。

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願いの真価 イルミア @sonomoll

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