Flowers

亥之子餅。

Flowers in the Garden

 ***


 私は、この日が来るのが怖かった。

 あなたが遠くに行ってしまうのが怖かった。

 自分をちっぽけさを知るのが怖かった。

 

 でも、なんでだろうな。

 あれだけ怖かったのに、あれだけ怯えていたのに、私は今、終わらないでくれと願ってしまう。あと少し、もう少しだけ、あなたが輝いているのを見ていたい。この瞬間を切り取って、いつまでも見続けていたいと思ってしまう。

 あなたの放つ、たった数分間のまばゆい光が、こんなにも愛おしくて、尊くて、心を揺さぶられるから。


 もう二度と出逢えないであろう光を、今日限りに咲き誇る花々の欠片を、私は必死にかき集めていた。



 ***



 夜が明けていくように思えた。

 本当に、ゆっくりと、朝がやってくるように見えたんだ。


 あなたの髪が、睫毛まつげが、身体が、指先が、しなやかに舞うその度に、光がまたひとつ大きくなる。粉雪が落ちるように、光の粒が降り注ぐ。身にまとった衣装がベールのように揺れ動いて、淡く儚い花弁を、光の粒と共に舞い上げる。

 それはまるで、暗く先の見えなかった今日に、柔らかく、優しく、暖かい光が差し込んでいくような。溺れかけていた濁水が、み渡っていくような。

 あなたの創り上げた世界が、私には、夜明けの光に見えたんだ。


「大丈夫」……あなたが放つ光は、そう語りかけてくれるように思えた。どうしようもないと諦めようとしていた、足を取られていた深い沼から、力強く引き上げられるのを感じた。



 にじむ視界を振り払うように、私は必死に瞬きをして目を見開いた。泣いていたら、見届けられないと思ったから。


 舞い踊る、多くの美しい花々に囲まれたあなたに、真っ直ぐ目を向ける。

 私は、思わず呼吸が震えた。




 ……ああ、本当に、まぶしい笑顔だ。



 すごく、幸せそうな顔してるよ。

 輝いてる。とても輝いているよ。綺麗だよ。

 今この瞬間、誰よりも、一番。


 その笑顔ひとつで、その幸せの表情たったひとつだけで、私は充分なんだ。



 幸せだったんだね。しんどかったことも、苦しかったことも、独り悩み、泣き明かした夜も。全部、全部、乗り越えたんだね。あなたのものにしたんだね。

 不安や、震えや、葛藤を抱き締めて、それすらも光に変えて、あなたはそのひとみはじけるような笑みを浮かべる。共に乗り越えた友らと、肩を並べ、手を取り合い、見つめ合い、笑みを交わし合い、同じ未来を見つめて輝いている。


 みんな、幸せそうだ。

 あなたの隣にいる仲間たちは、みんな幸せそうなんだ。


 みんな今日まで、あなたを信じてついてきたんだね。

 あなたの積み上げた努力を、終わりのない葛藤を、見据えている明日を、一番信じていたのは、きっと今隣にいる仲間たちだ。

 あなたという人の素敵さを誰よりも知り、慕い、支えている、多くの仲間たちだ。

 あなたの背に手を添えて、励まし、笑いかけ、時に鼓舞してくれる、素敵な仲間たちの存在だ。

 だから……だからあなたは、今日まで走ってこられたんだね。だからあなたは、今すごく幸せそうなんだね。


 凄いよ。本当に凄いことだよ。全部、あなたが持っている魅力が引き寄せたんだ。あなたが、みんなの期待に応えたいと、みんなを笑顔にしたいと、悩み考え、もがいた時間の賜物だ。あなたが諦めずに光を追い求めたから、みんなもあなたと一緒にいたいと思ったんだ。いつまでもあなたと、一緒に輝いていたいと。



 みんな、あなたの隣が、幸せなんだね。

 あなたの創る優しい場所が、幸せなんだね。


 大丈夫。


 あなたが創り上げた世界が。

 あなたが伝えたかった想いが。

 今、みんなに、私に、確かに届いているよ。



 結局、照らされていたのは私の方だ。


 誰よりもあなたを照らそうと思っていたのに。

 誰よりもあなたを見届けようとしていたのに。

 Spotlightになろうと決めたのに。

 結局、救われるのは私の方だ。あなたに救われてばかりだ。


 どうしようもなく、ぽろぽろと涙が溢れて止まらなかった。あなたの光が、とても心地良かったから。あなたの笑顔がとても綺麗で、気付けば瞬きすらも忘れて、大粒の涙が零れ落ちていた。



 やっぱり、苦しさも拭えなかった。どれだけあなたに手を伸ばしても、届かないような気がした。あなたの横に並び立つ資格が、私にはまだないと思った。

 だけど、苦しさすらも愛おしかった。だって、苦しくなるのは、ちゃんと輝いているからだ。あなたが眩く輝いているからだ。私のすべてを飲み込むような光を、あなたが身に纏っているからだ。

 それは、あなたの積み重ねてきた日々が、報われたということなのだと思うから。この一瞬のために果てしない時間を乗り越えてきたあなたを、今私が、ちゃんと見届けているということなのだと思うから。



 私は、ちゃんと苦しいよ。

 その苦しさに、私は救われているよ。


 あなたの光のおかげで、私は今、幸せだよ。



 だから、舞台を満たす光が最も大きくなった時、私は一心に願った。


 あなたに、あなたの光に、いつまでもそばにいてほしい。今はまだ、私は力不足かもしれないけれど、いつか必ず、あなたを照らす一番大きな光になるから。

 だから、これからも変わらず、あなたのそばにいさせてほしい。あなたの隣に置いてほしい。


 私があなたを照らせるようになるから、あなたの光を、想いを、どうか受け止めさせてほしい。


 どうか、どうかずっと。



 ***



 そしてついに、最後の光が散った。

 静かに、幕が下りていく。

 咲き誇るいくつも花々が、次々と知らない世界で魅せてくれた。目の前で弾けていった光が、花弁が、頭の中で何度も反響して止まなかった。


 私は光に縋るように、届けてもらったものの大きさに震えるように、ただひたすらに喝采を掲げていた。



<了>

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Flowers 亥之子餅。 @ockeys_monologues

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