夏の奏
賢軌 紲菜
冤罪から始まる物語
夏の奏
中学3年生の夏頃。夏休み前のある日の学校の昼休み。
僕はその日、犯人になった。
◇
ガラッと勢い良く開けられた教室の扉の向こう。
息を切らした女子生徒が3人がそこに立っている。
一人の女子はは肩を動かし涙を流している。
「うう…………ぐすっ…………」
泣いている女の子の名前は、松前夏菜。
小柄で、ロングヘアを束ねた可憐な女の子である。一部の間では、小柄だがボインである、という隠すつもりはあるのか分からない巨乳が影で人気を博している。
ナニをとは言わないが一度挟んでみてほしい。
最近僕がちょこちょこと話す機会がある女子である。
正直唯一と言っても過言ではない。
何事かと教室中が騒ぎ出し、教室に居た生徒達は皆揃ってその3人組を見つめている。
「誰よ! かなの下着盗んだのは!」
そう叫ぶのは、仲村智恵。松前夏菜の友人である。少し高めの身長にショートボブの髪型。美人な容姿でスタイルが良い為に人気が高い。
胸は控えめに見えがちだが、僕の目から逃れられない。僕の見立てだと恐らくCからDはある筈。
一度その胸の突起物を人差し指でツンツンと突かせてほしい。
「大丈夫? かな……」
そう言いながら松前夏菜の背中をさするのは、奥村裕香。
彼女も松前夏菜の友人の1人である。ウルフカットに整えられた髪型に、凶悪な巨乳をもつ彼女。
ハッキリ言おう。一度この手で持ってみたい。
この3人は、我が校の誇る3強女子である。
そして話は戻るがこの一瞬のやり取りだけで、松前夏菜の下着が盗まれた、という事はバカでも分かるはずだ。いや、今はそんな事はどうでもいい。
彼女は……松前は……今、ノーブラノーパンだって事なんですかい……!?
今我々男子一同としては、そちらの方に思考がいってしまうに違いない。
(いや、どうだ?どちらかだけが紛失した可能性だって拭えない……!!)
いや、よく見ると松前夏菜は全身にタオルをまとい隠しているではないか。
つまりはそういう事か?
そういう事なのか?
プールの時に、使う全身をまとえるマントみたいなデカいバスタオル。
正式名称ラップタオルというらしい。そのラップタオルの下にあるその秘宝は……いいや、スク水なだけか。
スク水なんて授業中に嫌って程見た。なんだそんなもの。今更どうでもいいじゃないか。
そう思いながら、僕はカバンから弁当を取り出して机に置いた。
3人組女子達が、未だ犯人探しをしようとしている最中、委員長である田城将雅が動きを見せる。
「下着を盗まれた……というと誰かが授業中に働かないと無理な話だよな?」
その田城の間に、仲村が声を荒げる。
「そうね、だから誰だって……!!」
仲村の言葉を遮って、田城は続ける。
「このままこの教室の中で犯人探しをするのは構わんが、今この場で特定してしまっても良いか?」
「え? あなた犯人が誰だか知ってるわけ?」
「……あぁ、いや……? 知ってるというより分かった、と言った方が正確かな?」
その言葉に一瞬で教室はざわめき、教室中の視線を自身へと集めてしまう。
僕はこの事件が終わるならサッサと終わって欲しかった。くだらない事でずっと騒がれるより、静かに母の作ってくれた美味しい弁当を食べたかったのだ。
「なあ、佐藤……?」
そう言いながら、田城に向けられた視線は僕に集められていた。
申し遅れたけど僕の名前は、佐藤奏。
身長も体重も成績も平均程度で、髪型も平凡まっしぐらなただの中学3年生である。
思春期かつ変態的思考を持っている程度の普通の中学3年生である。
「……は?」
僕は驚きと視線の集中からの緊張で声が上手く出せずに居た。
「なあ、佐藤。お前だったよな?水泳の授業中に授業を抜け出したのは」
「いや、あれはっ……」
「おっと、もう喋らなくて良いぜ?さあ、早く出せよ。松前さんの下着を……!」
「えっ……いや……あの……そんなの知らないし……」
そう言ったのに、田城は僕に近付き、ニヤリとした表情で僕にだけ聞こえる声で「悪いな」と言って来た。
(……悪いな……? 何がだ……?)
着席していた僕は無意識に田城の方向へ身体を向けていた。
僕は少し焦りながら、口ごもる喋りをなんとかしつつ声を発する。
「……い、陰謀論だ……!」
その声に続いて田城は言葉を被せる。
「陰謀論……? 佐藤。君がこの3時間目、4時間目の水泳の連続授業に、途中退席したのはこのクラスと、隣のクラスの何人かが見ている。その間に、プールから少し出た女子更衣室へ立ち寄った……と考えるのは自然だろう?」
「……な、なんだと?! 違う……! というかそんなの憶測でしかないじゃないか!! 僕は保健室へ行っていただけだ……!!」
「保健室へ行く途中に、女子更衣室に立ち寄る。そして何処かに松前の下着を隠した。放課後の帰りにその何処かに立ち寄り、持ち帰る。そこまでが算段だった……という感じかな?」
こいつ。何を言っても、ああ言えばこう言う。
というかなんでそうペラペラと出て来んだよ。
周りの視線も痛い。何よりも3強女子が睨みつけてきているのが1番怠い。
僕は違うのに……。
「佐藤!! あんた、かなの下着を何処に隠したってのよ!!」
仲村が声を荒げて、怒鳴りつける様にそう言ってくる。
「……し、知らないよ……!」
「しつこいぞ、佐藤……」
田城のすぐ後ろに居た男子生徒が、僕に向かってきて、机を蹴ってくる。
「白状しろや」
そう言ってそのままの勢いに任せて僕に向かってきて拳を向けてきた、その時だった。
野太い声が入り口付近に集う女子達の向こう側から聞こえて来たのは。
「おーい、何事だ〜?」
昼休みに教室に戻った来た担任の先生である。
その声を聞いて、ピタッと止まった男子生徒の拳。舌打ちをしながらその場から退き、僕を睨みつける。
いや、お前はなんなんだ。
何故殴ろうとして来た?
先生は、女子達と田城から事情を聞いて、僕の居る場所へと近付いて来た。
「話は聞いた。佐藤、お前がやったのか?」
「……ぼ、僕は何も……」
「分かった。とりあえず会議室来い。よし、お前らこの話は一旦ここで終わりだ。松前、とりあえず保健室に行って、下着借りて来い」
「は、はい……わ、分かりました……」
「とりあえず昼飯食うぞ」
先生の言葉で、一時的にその場は収束を迎えた様に見えた。
僕は鳴り止まない胸の鼓動を抑えながら、持ってきていた水筒を手に取り、お茶を飲んだ。
◇
先生に言われた通り、弁当を持ち指定された会議室へと、担任の先生と一対一で話をしに向かう。
少し落ち着いたが、先程向けられた拳が脳裏から離れないでいる。
20分程経った頃、僕が弁当を食べている最中に先生は会議室へ入ってきた。
「よー、待たせたな。すまんすまん。そのまま食っててくれ。すまんが、このまま、話を進めてもいいか?」
「あ、はい……ど、どうぞ……」
「佐藤。お前が水泳の授業中、途中退席したのは本当だな?」
「は、はい……保健室へ行っていました……」
「その理由は?」
「授業中軽い熱中症を起こし、ふらついた為、体育の先生の松田先生に言って保健室へ行きました……」
「だな。それはさっき松田先生にも聞いたし、森川先生にも聞いた」
この言葉から、先生がこの20分程で体育教師の松田先生と養護教諭の森川先生に話を聞きに行っていた事が伺えた。
「お前の言う事は嘘じゃないと思う。先生方の云う話と辻褄が合うからな。結論から言うと、俺は佐藤。お前は犯人じゃないと思っている」
「あ、ありがとうございます……」
「だからと言って、別の犯人が分かっているわけではない」
「はい……」
そうだ。ここで僕が犯人じゃないと先生に言ってもらった所で真犯人が誰かなんて分かったわけではないのだ。
「……うん……? いやそう言えば……」
先生に聞こえない声で呟く様にそう言い、思考を巡らせる。
ヤツは、僕に対して僕にだけ聞こえるような声で「悪いな」と言って来た。
あの時はそれどころじゃなかったからあまり気にしなかった。気にする事が出来なかった。
引っ掛かりはしたけど。
なんだ……?
何かが引っ掛かる……。そんな気がする。
もしかして、真犯人は……田城だって言うのか……?
いや、これは憶測だ。憶測だけでモノを言うのはヤツと何ら変わらないじゃないか。
「とりあえず飯食ったら教室戻れるか?」
「……あの地獄にもどれって言うんですか……?」
「授業はどうする。一応受験生だろ、お前」
「……そ、それもそうですね……分かりました……」
「まあ、気持ちは分かる。なんかあったら先生に言ってこい」
「出来る限り力になる」
……なんかあってからじゃ遅いだろうが……。
◇
会議室を出て、自分の教室へ戻る道中渡り廊下で隣のクラスの原田一生と鉢合わせする。
センター分けにされた髪型で雰囲気がイケメンではあり、彼はよく女子からモテているらしい。
体型自体も、身長は高めであり、筋肉質である。しかし、体力と腕力はからっきしである。
原田は、腹を抱えて笑いながら僕の肩に手を置く。
「くっくっく……! 佐藤お前、松前の下着盗ったんだって……?」
「僕がそんな事すると思うか? というかもうこの話出回ってんだな」
「しねーと思うから余計おもろいんだろ。もう学年中には出回ってんじゃねーか?」
「……ったく。そもそも僕の美学に反する。そんなチートじみた事するわけがないだろう。エロを愛しているけれど、エロに卑怯な事をしない。それが僕の美学だ」
「ハハハ、だろーと思ったぜ。俺もお前にそんな事する度胸ねーと思ってたところだ」
「度胸あるなしの問題なのか、これ」
「いーから聞けよ。情報、要るんだろ?」
彼は僕の古くからの友人でもあり、隠れて情報屋をしている人物である。
彼の知らない事は、この街の誰も知らないと言っても過言では無いかも知れない、と言わしめる程である。
「俺も引っかかってんだ。この事件、只事じゃねーってな。わざわざおめーを犯人にしようとしてんだ。あの田城がな」
「ああ。やっぱりあいつが怪しいか」
「まあな。……まずいな。人が来た。とりあえず此の後の5時間目と6時間目はサボるぞ、いーな?」
「……仕方ないのか。わかった……」
「……まぁ、どうせ戻りたくなかったし丁度いいよ」
そう言って僕と原田は場所を移動する。
移動した場所は人が滅多に来る事の無い、来年僕らの卒業後に取り壊しが決まっている立入禁止が取り決められている旧校舎である。
普通の出入り口からは、鍵が閉まっている為出入りは不可能となっている。しかし、少し歩くと裏口があり、そこの近くにある窓の鍵が僕らの学年より2つ程先輩のヤンキーにより取り壊されており、唯一そこからの出入りを可能としていたのだ。
一つの教室へと踏み入る。その教室だけカーテンが全て閉め切られているのだ。
大声で話す事が無ければ、人が近付いて来る事はまずない。
「さて、一旦状況を整理しよう」
「あぁ」
僕と原田は、そこに置かれた椅子にテキトーに腰を掛けて、改めて会話を始める。
「佐藤、おめーは3時間目と4時間目の水泳の時間に、軽い熱中症になり途中退席した。田城は、その隙をついておめーに下着ドロの罪を擦り付けた」
「あぁ、そうだな」
「だがしかし、この俺の目から逃れられねー」
「なんだ?何かあったのか?」
「田城は、授業開始前にたった3分程度の時間という誤差の遅れで、プールの授業の集合に現れていた。この3分間という時間が大切なわけだな」
「……たった3分で何が出来るってんだ。カップラーメンくらいしか作れないだろ」
「3分って時間は、短かい様で案外長いんだ。分かるか? 何かをするには意外と十分な時間なわけだ」
「……でも、仮にその3分間という時間で下着を盗った、という事が実行出来てたとして。他の女子に見られる可能性も拭いきれないだろう?」
「そこが、あいつの、田城の頭の良い所なんだろーな。今日で水泳の授業は何回目だ?」
「3回? いや、4回か」
「そーだ、4回だ。田城の野郎はその4回で女子全員が更衣室から出る時間の平均を計算し、実行に至ったわけだ」
「……きもいな……」
「あぁ。シンプルにキモい」
「そして、ここもじゅーよーだぜ?」
「なんだ?」
「犯行に及んだのは、田城だけじゃねー。3人居た」
「3人……? 1人は見張り役でもしてたのか?」
「そーだ、1人は見張り役。そして犯行役と、盗んだ下着を隠す役の3人!」
「俺に対して謎に殴りかかってきたやつもひとりなわけか」
「あぁ、平野か。あいつが見張り役だろーな」
「……なるほどな。でも誰が真犯人か分かった所で、それを突き止める証拠も無いだろ」
「証拠? おめーこの俺を誰だと思ってんだ」
「……? ……お、おい……まさか原田。お前……」
原田は立ち上がり、顔を動かし僕を誘導して動き出す。
そこは教室の後方にある教科書等を入れていたであろうスペースである。
正式な名前はわからないが、縦横3 0センチ程度の正方形が幾つも並べられた戸の無いロッカーと言えば伝わるだろうか。
「ほれ、これだ」
真ん中の1番下に指を差し、そう言う。
そこにあったのは、メロンかスイカでも入るのではないか、と視察出来るレベルに大きいブラジャーと女性物のショーツといった、思春期男子で興味が無い人物がいるのか疑問になる代物、女性用下着上下ワンセットであった。
それらがご丁寧に透明の袋に入れられて梱包されていたのだ。
「おい、これ……!!」
「あぁ、松前のブラとパンツだなこりゃ」
「なんでこんなもんが……こんな所に……」
「そりゃ、ここに隠したからだろうな」
「お前、なんで……!?」
「そりゃ、隠す役の鈴木がこの旧校舎に駆け寄り、ここに隠すのを見たからさ」
「で、どうやって」
「そりゃ、校舎から。俺らの教室があるあの三階からだって、結構見えんだぜ。それにスマホの望遠レンズ使えば、ほらバッチリさ」
そう言いながら、望遠レンズを使って撮ったであろう動画を見せてくる。
「……お前がこれ提出したらこの話終わりじゃないか……!」
「バッカだなー! そんなもんドラマがねーよ!」
「ド、ドラマ……?」
「そう。……確かにこの動画だけでも芋づる式にこの話は終わるだろーよ。でもそんなの面白くねー! だから俺はお前の所に来たんだぜ?」
彼の無駄に輝かしい笑顔を見ると、何を企んでいるのか何となく察せた気がした。
どうやら僕はとんでもない友人という味方をつけてしまったようだ……。
◇
5時間目が終わるチャイムが鳴り響き、5時間目の休憩時間がやって来る。
教室の中では、僕が戻らない事で少しだけざわついている模様。
そりゃそうだ。みんなからしたら僕は下着ドロの犯人なのだから。
「佐藤のやつこのままにげるつもりか?」
「土下座して謝って、松前の下着を返せばまだどうなるかも知れねえのにな」
「バカ。それ決めるの松前だろ」
「そりゃそうか」
腕を組みながら、周りの野次馬共の会話を聞く田城は次の授業の準備を終わらせて席についている。
松前は、保健室で寝込んでいるらしい。原田に聞いた話だと保健室でサイズのあったブラジャーが借りれるわけがなかったのでスポーツブラを借りて難を逃れているらしい。
こいつ本当に何でも知ってやがるな……。
教室のそんな様子を、原田の備えた隠しカメラから、スマホで見ていた僕と原田は6時間目が終わる迄に教室に行けるように準備を始める。
このしょうもない事件を終わらせる準備を。
「原田、僕はどうしたらいい?」
「とりあえず冷静でいる事」
「わ、わかった」
ちなみに原田によるとこの学校のほとんどの場所に隠しカメラが設置しているらしい。
全て誰にもバレないようなところに。
しかしトイレや更衣室には流石に設置していないらしい。
流石に盗撮はしない、だそうだ。
僕は、原田が用意した情報の全てを聞き入れながら頭の中を整理した。
彼らは、特に田城は頭が良い。単純に成績が学年トップなのである。
原田の話を聞くからにとても計画的な犯行だ。だがしかし、彼らもまだ中学3年生。どこか爪が甘い箇所がある筈だ。
憶測で詰め寄るのではなく、事実や証拠で詰め寄る。そうじゃないとクラス中の膨れ上がった膨大な民意に僕は太刀打ち出来やしない。
「……そもそもこの事件……何をキッカケに執り行われたんだ……?」
暑い教室の中、じんわりと流れる汗を持っていたハンドタオルで拭いながら、思考を巡らせる。
僕はこんなしょうもない事件の犯人になるつもりはない。
下手すると人生を終わらせるキッカケになりかねない。しかもしていない事でだ。
僕はどうしてもそれが嫌だった。してしまった事を咎められているわけではない、というのが心底嫌過ぎたのだ。
冤罪で責められる事程気持ちの悪い事は無い。
「そういや、佐藤。お前松前と幼馴染だったな」
「……んぇ? そう言えばそうだった……のか?」
「なんでお前じゃなくて俺の方がそんな事把握してんだよ」
◇
6時間目のチャイムが鳴り響き、授業の終わりの挨拶が聞こえ、授業が終わったその時だ。
僕は緊張を覚える自分の頬を叩き、唾液を飲み込んで教室への扉を勢い良く開けた。
そこに居たのは6時間目の国語の授業を執り行った国語教師の名原先生と、クラスの皆である。
暫し呆然とする教室の中、僕はクラスの連中に見えない様、紙袋を持ちながら教卓へと足を運ばせる。僕の足は、今まで以上にどこか重さを感じさせている。少し鼓動も早い。教卓の前に辿り着いたその時に、少し深呼吸をして前を向く。
紙袋は教卓に隠す。
目の前に居た人間全員が、同じ人間には見えなかった。僕を敵対視する宇宙人に見えた。そんな気がした。
先に口を動かしたのは名原先生であった。
「佐藤くん? あなた授業をサボってをどこに行ってたの?」
「……先生すみません。その話はまた後で聞きます。今はそんな事を話しにここに戻って来たのではないのです」
僕は至って冷静な様子を装いながら、先生へ声を返す。
「そうだよ。自白しに来たんだよな? 下着ドロさんよ?」
そう言って来たのは平野だ。先程の昼休みにて僕へ殴りかかってきたやつだ。
「……してもいない事で、何を自白しろって……?」
「松前の下着がどうしても欲しくてやっちゃいましたって、自白しに来たんだろ?」
「……ハハハ……くだらない……。だからと言って何故盗みをする必要がある……? この僕が」
「それに、君らの話は憶測かつテキトーな羅列でしかないのに、そこには証拠が無い。僕がやったかも知れない、という可能性論でしかないわけだ」
「その可能性論で犯人扱いしやがってな? 名誉毀損で訴えてやろうか」
「名誉毀損……だと?」
「ハッ、しかしやった証拠も無ければ、やっていないという証拠もないよ」
次に口を動かしたのは田城だ。
余裕ぶった顔をしながら、どこかニヤつきながら、ヘラヘラしてる。
なんつ一気持ち悪い顔だ。それが主犯格の顔だとはな。
尽く滑稽である。
「少しは僕の話を聞いてくれてもいいだろう? なあ。みんなも。こんなに順調に僕が犯人と決まるのも不自然な話だろう?」
「いつも変態な話をしてるだろ」
「キモい顔で女子を見ているだろ」
「松前とも、最近まで仲良く会話してたのもこれを狙ってたの事なんだろう?」
僕の皆への問いかけにこんな言葉の返答があった。そうだ僕は時々松前と会話をする事があった。
ただ普通に会話していただけなんだけど。
それに変態な話をしていた、という客観的な意見は否定しないが、キモい顔で女子軍を見ていた事は覚えが無いので否定させて欲しい。
でも、そう女子に思わせてしまってたのなら謝罪させて欲しい。ごめんなさい。
「要するに、普段の行いや言動で怪しまれてもおかしくない、という話だろうか? それなら僕も肯定するよ。怪しむのは結構だ」
「だけど、皆がしてるのは怪しんでいるのではなくて、決めつけているんだ。それは話が違うだろ?」
「それにさっき言ったけど、僕がやったという証拠が何処にも無い。違うか?」
「じゃあ真犯人が他に居るって言いたいわけか。誰だよそれ。……まさか「僕は違います」ってだけの事を言いに戻って来たんじゃないだろうな? なあ、ちゃんと誰か分かってんだろう……?」
田城は腕を組みながら視線は僕では無く右上を
見ている。
「勿論。僕は違います、だけじゃこの話は収集つかないだろ? 多分数日後に夏休みが始まっても、終わった後も収集つかず終いだろうよ」
「……ハアー。じゃあ誰だよ。お前以外に犯人だって言えるやつは……」
「まあまあ、落ち着けよ。まずは犯人がどうやって犯行を執り行ったのかを説明しようと思うから。それを聞いてくれ」
「……? ……分かった、聞かせてみろよ。お前の妄想をよ。」
一瞬唇を内側に隠し、すぐに出して言葉を出す。
僕はその様子を見て余裕が出てきたので、流れていた冷や汗を垂らしながら笑みを零す。
「まず犯人は一人ではない。一人では出来ない芸だからだ。この犯行を執り行うには3人という人数が関わっている」
僕のこの話を聞いて、田城と平田と鈴木が同時に、唇を内側に隠し、冷や汗を流している。
おかしいなあ?
この教室は冷房で涼しい筈なのになあ?
「まず、盗む役。それと辺りを見張る役、そして盗んだ物を指定された場所へ隠す役」
「盗んだやつは、女子更衣室で盗みを働き、下着を透明の袋へ入れ梱包した。そして梱包した下着を女子更衣室の小窓へ投げ捨てた」
「ここまでに要した時間はたった3分程度かな……?」
いつしか喚いていた周りのクラスメイトは僕の話に聞き入っていた。
「……隠す役は、いつ隠したのか? そんなの簡単だ。僕を犯人扱いしていた時だ」
「クラス中の注目をこの僕に集めていたら、教室から出て盗まれた物を取りに行き、隠す事は可能になる、というわけだ」
「……ハッハッハ……それが授業サボって考え出した言い訳って事か?」
田城は高笑いした後にそう言いながら腕を組みながらそう言っている。
「……言い訳だって受け取るのはどうでもいいけど、一先ずは僕1人だと難しいって言いたいんだけど。わからないか?」
「頭良い筈なのにな。とにかく、うーん、まあ出来なくはないだろうけど、僕は軽い熱中症になりかけてて」
「それどころじゃなかった。これだけじゃ納得出来ないか?」
「……じゃあ、お前以外にあと2人犯人が居るってことか? だからそこまでの事を言えて、そいつらに罪を擦り付けようって魂胆なわけか」
「あ、ちなみに僕今その盗まれた物、持ってきてるよ。旧校舎の教室にあったよ。誰が隠したんだろうね」
そう言いながら教卓に隠していた紙袋を取り出し、教卓に置く。
ご丁寧に手袋をして指紋を付けずに中へ紙袋の中にブツは仕舞ってやったのだ。下手に触ってイチャモンつけられるのが嫌だったからだ。
「……お前が犯人だから持ってきたんだろ?」
「違うって言ってんじゃん。話聞けよ。お前頭良いんだろ? つーかなんでそんなに僕を犯人に仕立て上げたいんだ?」
「お前が1番犯人の可能性があるって言ってんだろぉお!!??」
「ふふふ。田城くん。そんな声を荒げないで……落ち着けよ……」
今度は僕が余裕振った微笑みを田城にぶつけてあげる。
その途中に教室の扉の所に、担任の先生が何処か気まずそうにしながら立っている事に気付く。
「あ、先生。丁度いい所に」
「……え、あぁ……え、なに? 何してんの?」
「僕の無実の証明と、真犯人の突き止めをしています。先生も僕のお話聞いてください」
「……ちなみにここでいきなりネタバレなんだけどの推理が合っていたとするなら、犯人は田城くん、平田くん、鈴木くんだと思うんです」
3人は同時に驚きながら僕の顔を見てくる。
「な、なんで俺が……!?」
「俺なわけないだろ!」
「俺もやってない!!」
「じゃあ、この下着と透明の袋に付着している指紋は誰のだろうね……?」
「3分で出来る事はあっても、逆に出来ない事もあるからね……?」
「あ、ちなみに僕の指紋は出て来ないよ? 手袋使ってこの紙袋に入れたからね……?」
ニタァとゲスい笑い顔を晒しながら僕はそう吐き捨てた。
……あぁ、なんて心地良いんだろうか……。
「……っっ!! さ、佐藤……!!」
お前らの引き攣った顔を見るととても心地良い。よくも僕を犯人扱いしてくれやがったな……!
(この僕を狙った事を後悔させてやる……!)
そう考えながら僕は複数枚の写真を担任に見せる。
「あ、先生、これ。この写真に写っているの誰だと思います?」
「ん……?これは……鈴木?」
複数枚の写真の内容を確認してもらう。写真の内容からは透明の袋に入った下着を抱き抱える鈴木、そして旧校舎へと入る鈴木の写真が良く分かる。
勿論顔もバッチリと写っている。勿論この写真達は原田が用意してくれたものである。
「田城。君は僕が2回に1回の頻度で熱中症になりかけて保健室に行くタイミングを見計らって犯人に仕立て上げようとした、そうだろう?」
「…………な、な……?! いや、ち、く、くそ、違う……!! 俺じゃ、俺じゃない……!!」
本気で言ってるのか。
“俺達じゃない”じゃなくて“俺じゃない”なんてなぁ。冷静沈着で頭の良いお前から聞けるなんて思わなかったよ。
その隙に、平田が立ち上がって無言でこちらへ走ってきて拳を突き出そうとしてくる。
「うぁあぁぁああぁぁあああ……っっ!!!!」
僕は咄嗟に、右側に身体を反らせる。しかしよく見てなかった。彼は拳を突き出していたわけじゃなかったことを。
僕の左肩に、見事突き刺さったソレを僕は至って冷静になりながら見つめる。
……カッターナイフだった……。
そうだ。拳ではなく刃を突き出し、僕に突き刺したのだ。
刃は折れて、僕の左肩にはジンワリと血が滲み出る。
「ングッッ……ッッ!! アグッッ」
「キャァアアァアァーーーーッッ!!」
甲高い女子達の悲鳴が聞こえて来る。
先生も焦りながら、平田を取り押さえている。
田城は僕の事を、目を見開き、冷や汗を流しながら見ている。今になって事の重大さを思い知ったか?
お前のした事で起こった事だぞ。
あぁ……あぁーーぁぁあ……イッテェなぁ……クソッタレめ……。
騒がしい教室の中、鈴木が静かに僕に近付いて来て、ニヤリと笑っている。
なんだ?
今更に何の用だ……?
「……本当に……佐藤くん。君はとんでもないよ……あの田城君の計画を上回ったんだから……」
「……はぁはぁ……」
肩の痛みから息が乱れて来た。クソ、血が無駄に流れて来ている……!
「お陰で僕らは終わりだ。だから……」
「……な……おま……まさか……!」
「……君も終わらせてあげるよ……」
鈴木は僕の左肩へ手を伸ばし、突き刺さるカッターナイフの刃を引き抜こうとする。
やめろ。ただでさえ血が出て息が荒くなってんだ……!
引き抜いたら……大量出血で意識が無くなる……!
それにいち早く気付いた仲村は、鈴木の顔面へ蹴りを食らわす。
「ぐぁっ!?」
「あんた、こんな時に何やってんのよ!」
その勢いのまま僕の肩に刺さっていたカッターナイフの刃は引き抜かれてしまう。
その突如僕の肩から、ジンワリと滲み出ていた血は、勢いを増して更に吹き出してくる。
「…………あっ…………」
仲村は、それに気付き顔を青ざめる。
鈴木はカッターナイフの刃を持っていた手を無理矢理を引き剥がされた様なものだから、その掌から切り傷が見えた。
ぽたぽたと血が流れ落ちている。
「ぎゃあああ!! イッテエエエエ!!」
騒然と荒れる教室の中、僕の視界はゆっくりと閉じられて行き、目の前は真っ暗になり、辺りの声だけが聞こえている。
クソッタレめ。何叫んでやがる……。俺の方が絶対に痛えだろうが……!!
「先生ーーーっ! 佐藤が……!」
「鈴木、この野郎……!!」
「田城!! 動けよ!!!!」
「嫌……! 佐藤……ごめん……ごめんだから起きてよ……!」
仲村の弱々しい声だけが脳裏に響いていた。
◇
いつしか僕の意識は遠のき、声さえも聞こえなくなっていた。
ハッと目を覚ますと、目の前は知らない天井。
ここはどこなんだとゆっくりと首を動かそうとする。
白い布団に、白い壁に天井。窓は開けられ、雲一つとない青空が見受けられると同時に蝉の大合唱が聞こえて来る。
「……こ、ここは、びょ……病院か……? ケホ……ケホケホ……」
喉が引っかかる感じがして、声が出し難い。
そうか。生きたか。
心の何処かで安堵しながら、窓から空を覗く。
すると、ボトッと何かが落ちた様なそんな鈍い音がした。
音の方向へ身体を向けようにも力が入らない。
ゆっくりと首を動かそうとしたら声が聞こえてくる。
「……か……奏くん……?」
「……ア……え……」
「奏くん……起きたんだね……良かった……本当に良かった……うぅぅうぅ……」
ゆっくりと声の方向へと顔を向ける。そこに立っていたのは、私服姿の松前夏菜であった。
「……ま……つ……ま……え……?」
「ごめんね……私、奏くんが犯人じゃないって分かってたの……分かってたけど……分かってたのに……」
「……あーあー……ヴヴゥンッ……ゲホケボ……」
「盗られた恐怖と、皆の奏くんを見る視線が怖くて……何も言えなくて……ごめんなさい……」
「……な、なんでお前が、俺に謝るんだよ……」
「だって……私がちゃんと言えてたらこんな事には……なってなかったかもって……」
「……結果論だよ。未来がどうなってたかなんて、その場に居た誰にも知る由もなかった。なのに、それを後になって悔やんでも仕方ないだろ」
「……うん……ごめんね」
所でなんで自然と、下の名前で呼んできてんのこの子。いくら冷静沈着な俺でもドキッとしてしまうだろ?
なんだ? そのおっぱい揉むぞ?
というかそんな事より今日は何月の何日だ?
あれからどれ程の時間が経って、どうなったんだ。
「……待ってて。待合室に居るみんな呼んで来る」
そう言って松前夏菜は、部屋から飛び出る様に出て行く。窓から流れる静かな風がどこか心地良く、心を穏やかにしてくれている気がする。
騒々しい1日だった。それが早々に終わったん
だ。
その結果が、この左肩だ。
まだ痛みはある。当たり前か。
身体が上手く動かない。何故だ。
単純に寝過ぎたから、身体が鈍っているだけだとは思うけど。
…………いやちょっと待て。
「みんな……?」
「佐藤……!!」
僕を呼ぶその声の主は、担任の先生だった。
その隣には腕を組み、ほくそ笑む原田が立っていた。
みんなというのはクラスの連中の事だった。原田は隣のクラスだけど。
やめて欲しい。僕はこういうのに慣れてないんだから。
◇
話を聞くと、僕はこの1週間近く病院のベッドで寝込んでいたらしい。
原因としては、大量出血と刺された精神的ショックが要因だろうと説明された。
血に関しては僕の母親と松前夏菜が提供してくれたらしい。奇しくも松前夏菜と血液型が一緒だったとその時に知った。
こうやって目が覚め、起きたのは奇跡と言っても過言では無かったらしい。
精神的ショックが大きければ大きい程にそのまま植物状態となり、一生起きない事なんてあり得るらしい。
というかその可能性が大いに有るって話らしい。
クラスの連中からの流れる様に言われる謝罪と、担任からの心配の言葉を聞き流し終え、少し落ち着いたその時間。
彼らは先生に連れられて部屋から出て行き、原田と松前夏菜だけが取り残されたこの空間。
原田は、ベッドの前にある椅子に座りながら僕に労いの言葉を投げかけて来る。
「お疲れさん。まさか刺されるなんてな。ちな、あいつら3人組は当たり前に警察に連れてかれたよ」
その3人の親が、僕の親に謝罪に来ていたのが僕が病院に搬送された日の夜だったそう。
「計算通りだったんじゃないのか?」
「誰が友達が刺されるとこ迄を計算にいれる? どっちかって言うと、お前が起きる事を計算する方が大変だったっての」
「……は? 俺が起きる事を計算……?」
「あぁ。ガバガバの計算だったよ。松前さん、ありがとう。お陰で親友が起きたよ」
「え、あ……うん……」
松前夏菜は小さく俯き、顔を赤く染め上げている。
「……ん?」
どういう事だ?
状況が上手く飲み込めない。
「1週間近く、おめーの隣に学校終わりとかに来てくれて付きっきりだったんだぜ?」
「これで俺の計算したシナリオは終わりだ。じゃあな、お前が退院した頃には夏休み入ってるだろうし、その時にお礼代わりに遊んでくれよ?」
「は、原田……!」
原田はそう言いながら背を向けて手を振り、部屋を出て行ってしまった。
ミーーーーン……ミンミンミン……ミーーーーン……
少しの沈黙がある中、蝉の鳴き声だけが響き渡っている。
沈黙を破ったのは松前夏菜であった。
「あ、あの」
「え、うん……」
「な、なんで……田城くんがあんな事したのか……聞いた……?」
「いや、さっき起きたばっかだしまだ何も」
「あ、そっか。そうだよね。ごめん」
「私が最初に起きたの発見したのに……へへ……」
「……いやそれはいいんだけど……正直それだけがわからなくてさ……なんでなの?」
「わ、わたし……たち……幼馴染じゃん?」
「う、うん……ソウダネ……」
ここで「らしいね」なんて言ったら張り倒される気がして言えなかった。言えるわけがない。
でも、幼馴染と原田に言われたその時に、思えば小学校の頃も、幼稚園の頃も彼女は居た記憶が確かにあったのだ。
幼い頃は良く話していたのに、小学生の高学年頃から男女という壁が生まれ出したのだろうか。その頃くらいから自然と話さなくなったいたんだ。
そうだ、思い出した。
俺は松前夏菜と話しているのを周りから揶揄われるのが嫌だったんだ……。ガキだな。俺も。
「……でも自然といつしか話さなくなって……でも最近は……たまに話してたじゃん……? わたしたち……」
「そ、そうだな」
「だ、だから……だから……」
「……うん……」
松前夏菜はゆっくりと言葉を出す様に深呼吸して話し出す。
「……わ、わたしたちが付き合ってるって勘違いしちゃったらしくて……それで非を奏くんに被せる事で……わたしが……奏くんを……」
なんつーくだらん理由なんだろうか……。
やってる規模が少しだけデカいだけの小学生か、あいつは。
そう呆れ返って居たら、松前夏菜が下に向けていた視線を、僕に向けて声を出す。
いつしか暑いせいなのか彼女の顔は紅潮していた。
「……あ! あのね……」
「……う!? うん?」
緊張感が走るこの空気感の中、松前夏菜はにこりと笑った。
「わたし、奏くんが好き、すっと外きたった。起きてくれてよかった」
「起きたら言おうって決めてたの。早く起きてくれたからこの言葉を伝えられた。起きてくれてありがとう。お陰で言えたから……」
「……ッッ……」
好き、だなんて言葉を生涯言われる予定が無かった僕は吃ってしまう。
……いや、そんな事よりも……もしかしてそのおっぱいを自由にして良いって事ですかい!?
……とかそんな事言ったら、何をされるかわかったもんしやないので自身の胸の内に本音を忍ばせた。
そんな事より応えないと。
実は僕も君の事がずっと好きだったんだって。
「……ありがとう。僕も……す」
言葉を続けようとしたその時。気がついたら松前夏菜の唇が僕の唇に重なっていた。
今度原田と会う時、焼肉でも奢ってやろう。僕はそう考えながら、右腕を動かし夏菜の頭を優しく撫でた。
◇
中学3年生の夏頃。夏休み前のある日の学校の出来事。僕はその日、無実の非を被せられた罪人から脱
却し、彼女が出来た。
そして、それと同時にこの世で一番怖く恐ろしいのは人間と膨れ上がった民意である事を学んだのたった。
夏の奏 賢軌 紲菜 @saka-s517
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