いなくなった友人
蟹山カラス
***
友人が入院した。
そのことはわかるのだが、そのほかのことはわからない。
友人が入院した。
その病院というのには「隔離室」がついていた。
病院にとって「悪い」ことをした人が入れられる部屋。
一つしかない窓には鉄格子がはまっていて、暗くて、昼夜がわからなくて、己の身と衣服以外何も持ち込むことはできなくて、お手洗いは自分で流すことができなくて、……
まあ、そんな、隔離室。
のある病院に、友人が入院した。
「それは大変でしたね。なぜご友人は入院してしまったのですか?」
「何でだったかな……俺もそう暇な身ではないから、忘れてしまったよ」
「お忙しいのですね」
「忙しいさ。勉強に、社交に……止まっている暇なんてないし」
「それで、ご友人とはどのようなご関係で?」
「インターネットの友人だ」
「現実世界で関係しているわけではないと」
「無い。インターネットの、アカウントだけの付き合いだよ。ちなみに通話もしたことが無いよ」
「……なるほど、文字だけの付き合いである、と」
「……そう」
画面の向こう同士でオフ会をしたこともある。友人はチョコレートが好きだったので、チョコレートを食べるオフ会だ。
オフの世界じゃないけれど、オンのままのオフ会。
チョコレートはべたべたして、歯にくっついた。
友人の病院はクリーム色をしている。真っ白だったら██してしまうと思われたのだろう。クリーム色。いいことだ。
ファッション雑誌とテレビが並んでいる。けれど、ファッション雑誌は破って遊ぶ人がいるとかで、上の人にしまわれてしまった。
読みたいときは声をかけてください、だと。便利だねと友人は言う。
俺はそうは思わない。
友人はいつも、俺を守ってくれた。
俺が傷つかないよう、マニュアルなんかまで作って守ってくれたらしい。
けれども友人は俺以外には傲慢で、インターネットでは威張り散らして嫌われた。
同じ状況になろうとも傲慢にならない人間もいるというのに、友人はまあそういう奴らしい。
小物なんだろう。
俺が何を言いたくてこれを書いてるかって、友人に感謝してるってことだ。
なに、感謝と一緒に悪口を書いている? 傲慢だなんだ、小物だなんだって?
それはそう。
君たちは俺の悪口を俺と一緒に見ていることになるのだよ。
◆
……友人はいなくなった。長い入院生活で消滅してしまったらしい。
そんな物語みたいなこと、と思うだろうか。
俺のことを「頼む」と言っていたらしい。あいつは最後まで俺を守ろうとしていたのか。本当だろうか。それともその全てが、俺の見た夢だったのだろうか。夢現の境が曖昧なのは今に始まったことじゃないけれど。
一人残してほしくはなかった。たった一人で歩む世界はあまりにも寂しくて。
俺の中にいた「友人」はそうしていなくなったのだ。
いなくなった友人 蟹山カラス @Wkumo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます