最終話 シルバーを添える
三月二十八日。
高校を卒業してから、大学の入学式を迎える前ほんのわずかな間。
夏芽は悶々とした日々を過ごしていた。
絵を描こうとしてもなかなか筆が進まない。
「あと三日も待たなきゃいけないなんて」
正直、今すぐにでも学校に行って高山に会いたい。
そんな気持ちを絵をぶつけるべく、夏芽はスケッチブックを開き、ペンを握った。
――――――――
高山も次年度の準備のために忙しい日々を過ごしていた。
忙しい中でも頭によぎるのは夏芽のことだった。
(来てくれるかな……)
教師として、ましてや大人として抱いてはいけない感情だというのは十分理解している。
内気な夏芽をここで見送ってしまったら、もう二度と会えない気がした。
だから、高校生ではなくなった時を待っていた。
(ひどい大人だよな……)
自己嫌悪と恋を募らせながら、高山は仕事を進めた。
それから三日後。
薄暗くなっている空を背に、夏芽は学校に向かった。
まだ時間に余裕はあるのに、なぜが足早に歩いている。
鼓動が早くなり、かじかんでいた手が熱くなる。
あんなに近く感じていた学校が、なぜか今は遠くに感じた。
校門の前に着くと、時計を確認する。
まだ午後4時40分だった。
不審者に見えるかな、と思いながらも校門の前で高山を待つ。
「あれ、もう来てたの?」
高山の声が背後から聞こえる。
てっきり学校の中から現れると思っていた夏芽は、驚いた声をあげて振り向いた。
そこにはいつものスーツ姿の高山ではなく、私服の高山が立っていた。
「制服を着ていない鈴山は初めて見るな」
「お、俺も、先生の私服初めて見ます」
「そういえばそうか……来てくれてありがとう」
「すみません、早く来て」
「僕だって時間より早いよ」
高山はにこりと笑った後、緊張した面持ちをする。
「その、話があって」
いつになく歯切れの悪い高山の言葉を、夏芽はまっすぐとした目で続きを待つ。
「……好きだ」
「え……」
夏芽の驚いた目を見て、高山は嫌な予感がしながらも思いの丈を告げる。
「ごめん、大人が子供に向ける感情じゃないのは、分かってる……でも一人の人間として鈴山が好きになったんだ」
「え、え……」
目を見開いて動揺する夏芽に、高山は肝が冷えていく感覚を覚える。
合格発表の日に想いが通じ合っていると思っていた。
けれど、それは自分の思い込みだったかもしれない。
高山の背中に冷たい汗が伝う。
「……気持ち悪いよな、同性からの告白だし……ごめん、呼び出して悪かった、この話はやっぱり忘れて」
「俺も先生が好きです!」
高山が顔をあげると、笑顔で涙を流す夏芽の顔があった。
夏芽は鞄から一枚の絵を取り出し、差し出す。
そこには真剣な目で授業をしている高山が描かれていた。
「俺も先生が好き、先生の声が好き、授業が好き、俺の下手くそな話を聞いてくれる先生が好き」
「鈴山……」
高山は渡された絵を皺が寄らないように優しく受け取る。
胸が愛おしさで溢れそうになる。
「俺、先生と、恋人になりたい」
「鈴山……いや、夏芽」
高山は夏芽に手を差し出す。
「こんなかっこ悪い大人だけどさ、付き合ってくれないか」
夏芽は涙を袖で拭い、高山の手をとる。
「秋次は、かっこいい大人だよ」
それから二人の間に大きな変化はない。
夏芽は大学の授業と絵の製作に打ち込み、高山は教師としての仕事に打ち込む日々が続いている。
高山は今日も静かな社会科準備室でコーヒーを啜る。
その左手の薬指には、夏芽とお揃いの銀色の指輪が光っていた。
今日も、社会科準備室で 下井理佐 @ShimoiRisa
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