第4話 サンフラワーが足りなくて
もうすぐ1学期が終わる。
つまり期末テストの時期が来るということだ。
高山はテストの作成のため、社会科準備室に行くことが難しくなっていた。
授業の進捗はどうにか期間内に終わらせることができた。
いつものように、女子生徒が質問をしようとしたのを見計らって、鈴山が手を上げて質問をしたのだ。
「あの、テスト範囲って、どこまでですか?」
鈴山の質問に驚きつつも、教科書をパラパラとめくり、範囲を伝える。
その瞬間、教室がどよめく。
「間に合わなくない?」
「そうだね……このペースじゃちょっと他のクラスよりは不利になっちゃうかな」
どよめく教室に優しく笑みを浮かべる。
「みんな、ちゃんと着いて来てね。赤点とっても知らないよ」
それから教室は静寂に包まれ、高山の授業を進める声だけが響いた。
鈴山の言葉がなければ自信を失い、無責任に授業を進めていただろう。
鈴山には感謝しかない。
職員室で事務作業をしていると、柿田と天木が訪れる。
「高T~授業のプリント集めてきたぞー」
「敬語ぐらい使えよバカ柿田」
「あはは、柿田は内申点下げとくからな」
「えっ!?!」
柿田の驚く声をよそに、天木がクールに高山に声をかける。
「高山先生、午前中の授業で体調が悪くなった奴がいて、まだ保健室にいます」
「付き添いに行った奴も昼休みずっとそばにいてうざいでーす」
良いコンビだな、と思いながら高山は笑みを浮かべる。
「分かった、早退するかどうか聞いておくから。二人ともありがとう」
ほんの少しだけでも社会科準備室に行きたかったのだが、無理そうだ。
(鈴山、どんな絵を描いてんだろうな)
そんなことを思いながら高山は書類仕事に取り掛かった。
――――――――――
夏芽はいつものように社会科準備室で真っ白なスケッチブックを前にして、線を引こうとしてやめる、描こうとしてやめるという行動を続けていた。
今まではこんなこと一度もなかった。
理由はなんとなく思い当たる。
準備室が静かすぎるのだ。
ここには高山の息遣いも、コーヒーの匂いもない。
3年に上がる前は静かなのが当たり前だった。
だが今は高山がいるのが当たり前になっていた。
「テスト終わったら、また来てくれるかな」
そう呟きながら夏芽はスケッチブックを閉じた。
今日は何も描ける気がしなかった。
――――――――――――
夏、それは受験勉強に本腰を入れなければならない季節。
だと言うのに夏芽は家でスケッチブックと問題集を開きながら、どちらを進めるでもなくぼんやりと机上を眺めていた。
父親が亡くなって、もう六年になる。
女で一つで自分を育ててくれた母には感謝しかない。
だからこそ、適当に進路を決める自分が情けなかった。
母親にはもう、地元の大学に行きたいと言った。
今の成績であれば十分合格できるレベルの大学だ。
成績もこの調子をキープし続ければ良いし、素行だって悪くない。
けれど、何かを勉強したいわけでもない自分が大学に行っても良いのか不安になった。
大学の四年間を使って将来の不安を先延ばしにしているだけだ。
「こんなんでいいのかな……」
まっさらなスケッチブックをなぞる。
絵が好きだ、けれど才能があるわけじゃない。
そして、誰かに評価されたいわけではない。
だけど、絵を描いていたい。
こんな半端者がこれから社会でどうやって生きていけば良いのだろう。
「先生だったら、なんて言ってくれるのかな」
不意に、高山の笑った顔を思い出す。
夏芽はペンを取ると記憶を頼りに高山を描き出す。
しばらくペンを走らせた後、紙の上に高山が現れる。
「……やっぱり下手だ」
高山はもっとキラキラしたような笑顔をしていた。
だけどこれはその上辺しか描いていない。
「二学期も、先生は来るかな」
夏芽は窓の外の茹だるような景色を見て、ため息をついた。
――――――――――――――――
教師に夏休みはない。
授業の準備や研修、部活の顧問をしていた場合は練習や大会の付き添いがあり、とにかく多忙だ。
高山も例に漏れず、忙しい夏休みを送っていた。
高山の受け持つクラスは、期末テストの結果が芳しくなかった。
だからこそ、二学期は良い点数を取らせてあげたい。
高山はその一心で授業に準備や復習をしていた。
不意に頭に鈴山が浮かぶ。
なんとなく彼の進路が気になって、進路希望調査の用紙を見る。
そこには地元の大学に名前が載っていた。
「美大には行かないのか……」
的確に模写された自分の顔を思い出す。
あの絵に描かれていたのは、教師という職に疲れた自分の本当の姿だ。
夏芽はその自分を正確に描き出した。
本当の自分を見透かすように。
「……あんなに絵が上手いのに」
高山は残念そうな顔をすると、用紙を片付けコーヒーを煽る。
脳内には、スケッチブックに一心不乱に向かう夏芽の姿がよぎる。
(なんで、こんなに頭から離れないんだろう)
自分の容姿に靡かず、言及もしない人間は初めてだからだろうか。
それとも……。
(いや、これは教師が抱いちゃいけないものだ)
高山は髪をかきあげ、ため息を吐く。
「もう少し頑張るか……」
時刻はとっくに夕方を過ぎ、日が傾き始めていた。
高山はコーヒーを飲み干すと、再び仕事に取り掛かった。
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