私の夫は○○です。

玄道

私の夫は○○です。

十二月二十四日 午後十時


 街中が、輝いていた。


 私──木原命きはら みことは、交際三年目の恋人・御堂樹みどう いつきと、イヴの街を見下ろしていた。


 今年こそは二人で夜を過ごそうと、早々にホテルを予約し、ディナーでは酒も呑んだ。


 そして、今に至る。


 テレビでは、どこか遠くで起きた暴力を伝えている。


 私は、即座にテレビを消した。


「先、いいよ」


「……うん」


 また、だ。


 どうして毎回、樹は土壇場で落ち込むのだろう。


 ──私に、触れたくないのだろう。


 ◆◆◆◆


 私から申し込んだ、交際だった。


 きっかけは、もう記憶にない。


 一目惚れがあるとしたら、これが"そう"だと思って攻めた。それだけだ。


 だが、樹はどうしても私に触れようとしなかった。


 EDというわけではない。事実、彼のものが大きくなるのは、幾度も目にしている。


 訳を訊いても、のらりくらり躱すだけの樹に、私はさらに昂った。


 自分が自分ではないかのようだった。


 ◆◆◆◆


「樹、もう三年になるし、さ。今夜は、しようよ」


 樹の背に、翳りが濃くなる。


 ──いつもの彼じゃない。


「いつ……き? ねぇ、どうしたのよ?」


 肩に触れる。


 熱い。


 触れた手を、樹はそっぽを向いたまま、そっと払い除けた。


 優しくも確実な"拒絶"に、私は絶望した。


「ねぇ、い、樹は……なん、で? なんで……そんなに拒絶するの? そんなに嫌? 私でも!? ねぇ樹……っ!?」


 樹は、私の方を向いた。


 その瞳は漆黒に染まり、額に何かが……あれは……角?


「い……つ、き」


「わかった? ……だからだよ」


 鬼。


 この現代に? いや、漫画じゃあるまいし。


「言って……くれたら、よかったのに。何かの病気……とか、でしょ?」


「血だよ。うちに、たまに"出る"んだ」


 部屋の明度が下がる。


 階下の地上の星々が、繋がれる者たちが、私たちから離れていく。


「先祖が何だったのかまでは知らない。けど、叔父貴も"そう"なんだ」


 私は、三年も……何も知らずに。


「大昔、明治とかその頃は、神とかなんとか言われたらしいけど、戦後には、もうそんな信仰なくなってたらしい。そりゃ、神がどうとか言っても敗戦したんだしな」


 神、か。


「異性が寄り付くようなフェロモンとか、声質とか……そういうものに誘われた異性を……なぁ、わかるだろ!? 鬼なんだからさ!!」


 だから……ああ。


「樹」


 鬼は、私よりも涙を流している。


「三年だよ?」


 私たちは向き合う。


「三年間、一緒にいて……樹は、私に何かした?」


 力なく、樹は首を振る。


「叔父貴は……駄目だったんだ。俺、命を……殺したくないんだよ」


 私は、樹の頬に触れる。今度は払い除けない。


「なら、そう思えるなら、大丈夫だよ」


「みこ…………と」


 こんなに優しいのに、他人を傷付けることを恐れているのに、彼が鬼だなんて……私は思わない。


「御堂樹は、人間だよ」


 初めて、彼の唇に触れた。


 その感触も、人のものだった。


 ◆◆◆◆


 あれから、八年になる。


 今日も、ニュースでは人間同士で傷付け合う事件が後を絶たない。


「樹」


「ん?」


 早めの夕食を片付け、リビングでニュースを観ながら、私は呟く。


「鬼と人の違いって、どこにあるのかな。角? 目? 牙?」


 夫は、黙り込んでしまう。


「樹のは、ただの特徴だよ。あの人たちの方が、よっぽど鬼だよ」


 画面の中、人を殺しても尚、堂々としている者達には、角はない。


 夫は、私の肩にそっと触れた。


 私の愛している、御堂樹は。


 私の夫は……人間だ。


 <了>


 

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私の夫は○○です。 玄道 @gen-do09

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