俺の日本刀に宿る女神が転校してきた監視役の姫と修羅場を始めた

石踊

摩天楼、抜刀者、少女

 東京の夜は、明るすぎる。

 空を埋め尽くすビルの窓明かり、網膜を焼くネオンサイン、絶え間なく流れる車のヘッドライト。それらが行き場のない光を撒き散らし、世界から真の闇を奪い去っている。

 だが、光が強まれば強まるほど、そこから漏れ出した影は濃く、深く、粘り気を帯びて一箇所に溜まっていく。


 ビルの隙間、放置された資材置き場、そして、人々の意識から外れた路地裏。

 そうして腐敗した闇が、人々の嫉妬や恐怖といった負の感情を吸って形を成したとき――そいつは現れる。



「……いたいた。今日の晩飯は、ずいぶん大物だな」



 新宿の片隅、立ち入り禁止の廃ビル屋上。

 俺――すめらぎ蓮也れんやは、コンクリートの縁に腰掛け、眼下で蠢くを冷めた目で見下ろしていた。


 そこにいるのは、数多の人間の目が全身に浮き出た巨大な異形。人の負の感情から生まれる怪物、【禍津まがつ】だ。奴は一人の少女を壁際に追い詰め、その醜悪な口を歪めていた。少女の震える吐息が、夜の冷気に薄く混じる。


 俺は、背負っていた黒い長細いキャリーケースを無造作に手元へ引き寄せた。  一見すれば楽器ケースか、あるいはスポーツ用品にでも見えるだろう。だが、中に入っているのはそのどちらでもない。


 ――カチリ。


 静かな音が夜風に溶けた。ケースの中から引き抜いたのは、現代の街並みにはあまりに不釣り合いな、一振りの日本刀だった。


「……抜けば玉散る、なんてね。今の時代、流行らないのは分かってるんだけどさ」


 鞘から溢れ出したのは、冷たいほどの月光。刃紋が波打つ鋼の刃――銘『紫電一文字しでんいちもんじ』。古来よりこの国の闇を切り裂いてきた、皇一族に伝わる神和かんなぎの刃だ。


 俺が指先でその身をなぞると、刀は主の意志に応えるように、微かにキィィンと高い音を立てて震えた。まるで、獲物を前にした猟犬が喉を鳴らすように。


「さて、仕事バイトの時間だ」


 俺は屋上の縁を蹴り、迷いなく重力へと身を投げ出した。

 落下する視界の中で、風が耳を打つ。 禍津が俺の存在に気づき、全身のを血走らせて見開いた。獲物が増えたと喜んでいるのか、それとも本能的な恐怖を感じたのか。


「神和ぎが一角、皇蓮也――推参」


 着地の直前、俺は空中で鯉口を切った。親指一本で鍔を押し上げ、コンクリートの地面を蹴ると同時に、全身の神経を右腕の一点に集中させる。    


 ――ガツンッ、と脳を揺らすような衝撃。それは、刀の中に眠る何かが俺の霊力を喰らい、覚醒した合図だ。


「鳴け、紫電――【一ノ型・鳴神】」


 刹那。路地裏の濃厚な闇を、一筋の紫色の雷光が文字通り両断した。閃光。空気そのものが焼き付くようなオゾンの匂いを残し、俺は少女の数メートル手前に静かに着地する。ワンテンポ置いて、背後で巨大な禍津が――断末魔すら上げる暇もなく、切り口から紫の火花を撒き散らして爆散した。


「ふぅ……」


 俺はゆっくりと息を吐き出し、刀を鞘に収める。カシャン、という乾いた硬質な音が路地裏に響き、静寂が戻った。足元のコンクリートには、雷撃の余波で焦げた跡がついている。


 助けた少女は、壁に背をつけたまま、呆然とこちらを見ていた。漆黒の長い髪に、透き通るような白い肌。その瞳に宿る気品は、こんな薄汚れた路地裏にはおよそ似つかわしくないものだった。


「……おい、怪我はないか」


 俺はぶっきらぼうに声をかける。本当はもう少し気の利いた台詞でも言えればいいんだが、あいにく俺はヒーローごっこをしに来たわけじゃない。


「あ、あの……! 貴方は……」


「……立ち去れ。ここはすぐに掃除屋が来る。関われば面倒なことになるぞ」


 俺は彼女の返事を聞く前に、闇の中へと歩き出した。 自分の右手に残る、焼け付くような熱。そして、鞘の中で『クスクス』と笑う、不気味な女の声を無視しながら。



 翌朝。俺は、昨夜の激闘による心地よいとは言えない筋肉痛を抱えながら、あくびを噛み殺して教室の席についていた。


 俺の通う私立鳴神なるかみ学園は、表向きは進学校だ。だが、その実態は、俺のような特殊な血筋を持つ者や、霊能力の適性を持つ者を集めた、対禍津殲滅組織の育成機関としての側面を持っている。とはいえ、昼間の授業は驚くほど平凡で、退屈そのものだった。


「いいかー、今日からうちのクラスに編入することになった生徒を紹介する。……おい、入ってこい」


 担任のやる気のない声と共に、教室のドアが開いた。その瞬間、ざわついていた教室内が、まるで真空状態になったかのように静まり返った。


 入ってきたのは、一人の少女。昨日、俺が路地裏で助けたあの少女だった。だが、制服に身を包んだ彼女の姿は、昨夜よりもずっと、この世のものとは思えないほどに美しかった。


「……九条くじょう紗夜さやと申します。以後、お見知りおきを」


 彼女が静かに頭を下げると、男子連中から、あるいは女子からも、溜息とも悲鳴ともつかない声が漏れた。


(……嘘だろ。なんでここに……)


 俺は嫌な予感を感じ、窓の外に目を逸らす。だが、凛とした靴音が、迷いなくこちらへ近づいてくる。


 彼女は、俺の席の真ん前で足を止めた。そして、教室内全員に聞こえるような澄んだ声で、こう告げたのだ。


「見つけましたわ。……私の守り刀様」


「……ぶっ!?」


 飲んでいたお茶を吹き出した俺に、クラス中の全男子から、物理的な重圧を伴うような殺意の視線が突き刺さる。


 これが、俺の平穏(?)な高校生活が終わり、 神と、姫と、修羅場に彩られた日々が始まる、最初の1ページ目だった。

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