OLD SQUAD
如月 睦月
第1話 その山、危険につき
国会議事堂を見下ろす高層ビルの最上階。分厚い防音ガラスの向こうで、都心は昼の喧騒を続けていた。
『ここは景色がいいでしょう、
『素直なのは数字だけだ。人間はいつも厄介だよ』
磯山鉄二はネクタイを緩めもせず、ソファに深く腰を下ろしていた。与党内でも「
『今回の件だがね江戸川くん』
『例の山…ですか…先生』
『ああ。国立公園の指定からは外れている。文化財指定もない。環境アセスメントも……まあ、やりようはいくらでもある』
磯山はそう言って、机の上に置かれた薄いファイルを指でトントンと叩いた。
『
『ご心配ありません、三世帯だけ…と聞いています』
『数が少ないほど声は大きくなるんだよ江戸川君。だから――』
『“事故”や“自然消滅”という形が望ましい…ですね?』
二人の視線が交差し、どちらからともなく小さく笑った。
『先生、で、その山の後のホテルとレジャーランドですが』
『地方創生、観光振興、雇用創出。言葉はいくらでも用意できる』
『助かります。こちらも、献金の件は例年通り』
『政治とはな江戸川君、金で動くんじゃない。金で“滑らかになる”だけだ』
『勉強になります先生』
乾いた音を立ててグラスが触れ合った。
◇
【数日後】
山道は舗装もされておらず、四輪駆動車が唸り声を上げながら進んでいた。窓を開けると、湿った土と腐葉土の匂いが一気に車内に流れ込む。
『……電波、完全に死んでますね』
助手席の若い社員がスマートフォンを振りながら言った。
『地図上じゃ“
後部座席で資料をめくっていた現地調査責任者が答える。樹齢数十年はあろう杉が空を覆い、昼間だというのに足元は薄暗い。
『この辺り一帯を伐採、整地して――ここがホテル棟、尾根側がレジャー施設』
説明は滑らかだったが、声の端に微かな緊張が滲んでいた。
その時だった。
『……あれ、家じゃないですか?』
道なき道を分け入った先、開けた小さな平地に、三軒の古い家屋が並んでいた。瓦は黒ずみ、柱は歪み、しかし不思議なことに、崩れ落ちてはいない。
『部落……?聞いてないぞ』
『いや、資料には“無住”と……』
風が吹き抜け、軋むような音が家々から漏れた。人の気配はない。だが、生活の痕跡だけが、妙に新しい。
『おかしいですね。洗濯物の跡もある』
『まだ住んでるってことか……三世帯ってのはこれか』
責任者は唾を飲み込んだ。
『……江戸川社長は、磯山先生が話をつけている…と』
『政治家の言う“話がついている”ほど、信用ならんものはない』
その時、背後で小枝が折れる音がした。
一同が振り返る。
杉林の奥、影の中に、誰かが立っている。
老人だった。
深く刻まれた皺。山に溶け込むような無言の佇まい。視線だけが、異様なほど鋭い。
『……こんにちは』
誰かがそう言ったが、返事はなかった。
ただ、三軒の家の縁側に、いつの間にか同じような老人が二人、腰を下ろしていた。
まるで――
最初から、そこで“待っていた”かのように。
OLD SQUAD 如月 睦月 @kisaragi0125
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