第36話


夜会の日からしばらく経ったけれど、特に代わり映えのしない毎日を送っている。

ディアブロも問い詰めたいことがないのか、静かだ。

慌ただしかった城内も落ち着き始め、元のような雰囲気を醸し出している。


が、問題が発生しているのだ。


「ディアブロ、仕事をやすみましょう」

「…」


ディアブロが寝不足なのには気付いていた。

だけど、きちんと理解してはいなかったんだと分かったのは、夜寝て朝起きる生活に戻ってから。

とうとうディアブロは眠る時も当然のような顔をして寝室に入ってくる。そして、朝起きても変わらない姿を見てなにしてるんだろう?とは思ったけど、数日は問いただすこともしなかった。が、もう8日目だ。

5日に一度、仕事をやすむのは知っているけれど、こんなにも長い期間、休まないのは見たことがない。リンジーに聞いてもグロリアに聞いてもそんな仕事の仕方をしてた訳じゃないとの答えが返ってくる。

私と違って眠らなきゃならない。

だから寝かそうとしてるんだけど………


「ディアブロ、命令です」

「聞けません」


こんな言葉しか返ってこない。


「ディアブロはどうしたらやすめるようになりますか」

「……」


寝不足なのは顔を見れば分かる。

このままでは業務に支障をきたしてしまう。


「ディアブロ、聞いています」

「触れていないと大人しくしない」

「………はい?」


大人しく………?

なにが?誰が?


「あー……分かった」


ディアブロの言いたいことが分かったのか、リンジーが声を上げた。


「ん?」

「……言いにくいんだけど……」

「ディアブロが寝れるようになるなら教えて欲しい」

「うん……その……」


言いにくいというより気まずそうな顔をしながら、言葉を吐き出す。


「魘されてるんだ」

「ディアブロが?」

「ううん、ヒナノが。眠ると必ず」

「………なるほど」


という事は、なんだ?

魘されてる私が心配で眠れないのか?

心配してくれているのは分かっていたけど…そこまで心配しなくてもいいのに。


「ディアブロが触れると魘されないの?」

「はい」

「………」


それは………


それは嫌だな。


だってそんなのはまるでディアブロに心許してるみたいだ。


「………寝室の立ち入りを禁止します」

「聞けません」

「聞けないのなら筆頭護衛の任を解きます」

「構いません」

「でしたら今すぐ出て行って下さい」

「聞けません」

「任を解くとはそういう意味です」

「……側にいる」

「なぜですか」

「分からない」


ディアブロからは変わらず「無」しか感じ取れない。

そして気付いた。

「無」なのはディアブロだけだと。

ディアブロのような強さが欲しくて研究を始めた私は“心変わり”している。

寝て起きて最初に気にかけることはディアブロの行方。

こうして睡眠不足のディアブロを寝かせたいと思うのは、単に心配だからだ。

ディアブロを、心配してしまっている。

どうだっていい、どうでも良かったはずだ。

死のうが生きようが、どこでなにをしていようが、なにを考えているのかも。

私には関係のないことだった。

でも…心変わりしてしまった今、関係があるというように心配し、会話してくれる次の言葉を純粋に楽しんでいる事に気づいた。


それは嫌悪だ。


その心は嫌悪。


ディアブロが初めて私と出会った時に感じたように、嫌悪した。


今、ディアブロに抱いている感情に。


だってそんなのはない。


ないよ。


私はデズモンド様を愛している。

今だってこんなに溢れるほどの愛がある。


なのに………


新たに芽生えようとしている感情は、


デズモンド様への裏切りだ。


「い……や、だ……」

「………」


そんな“モノ”はいらない。


求めていない。


私が求めていたのは、リンジーのような友情や、バーナビーのような家族愛。


今、感じている、芽生えてしまっているような感情じゃない。


そんなのはいらない。


「や、だ…」

「………」


いつだってデズモンド様だけを特別に、愛していたい。


「や、やだっ!」

「………」

「ヒナノ?」


私が想っていなきゃ簡単に消えてしまう愛をいつまでも抱えていたい。


「いや!いやだ!」

「………」

「ヒナノ!どうしたの?」


ありえない。

そんな感情、ないよ。


「っっ〜…!筆頭護衛の任を解きます!」

「聞けない」

「二度と私の前に現れないで!!!」

「………」

「リンジー!リンジー!嫌だ!嫌だよ!ディアブロがいるのが嫌!どっかやって!!!」


リンジーにしがみついて、まるで駄々をこねる子供のように懇願する。


「……ディアブロ、出て行って」

「聞けない」

「筆頭護衛の任は解かれた。ディアブロを連れて行け」

「「「……はい!」」」


その時、


ディアブロが私に手を伸ばした。


無遠慮に、


だけどとても優しく。


パシッ!


「…」

「触らないで!!!」

「早く連れて行け!」

「「「はっ!」」」


簡単に拘束されたディアブロは扉が閉まる最後まで私を見つめていた。


「ヒナノ?なにが嫌だった?」

「ひっく!ぐすっ!いや、だ、いやだよ!リンジー!わた、し、わたしにはデズモンドさまだけなの!デズモンド様以外いらない!心にはいつだってデズモンド様がっ、っっ〜〜!うわああああああああん!!!」

「………うん、そっか」


嫌だ。嫌だよ。

こんなのってない。


だって、私が思う想いは恋や愛なんかじゃない。


ディアブロをデズモンド様だと感じるんだ。

重ねて見てるんじゃない。

まるでデズモンド様が傍にいてくれるって錯覚してる。

重ねて見てるよりも悪質だ。

ディアブロを見て、デズモンドを見ている。


これは、起きながら見ている夢だ。


こうであったらいいと、ディアブロならデズモンド様になってくれる。って。ばかみたいな事を考えながら接してたんだ。


デズモンド様はデズモンド様だけなのに。


私の思い出を、私自身で穢していた。


私の歴史を、私自身で捻じ曲げている。


ううん、どうだろう。


もしかしたらディアブロに好意を抱いているのかもしれない。


分からない。


分かりたくもない。


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