第29話
どうやら天使サマーの立場がてっぺんにまで到達してしまったらしい。
「リンジー、みんな変だよ」
「仕方ありません。神様が現れ、心砕く瞬間を拝見させて下さったのは王様と、天使様が証明しましたから」
ひそひそ声に合わせてくれるリンジーの言うことに、まぁ、理解はできる。
昨日のように話しかけられる事もなく、途中だった挨拶も、ビタバレティモ国王モナハンと、喧嘩2国だったヴァジススト国王グレダ・カーシュ以外は辿々しく、そして昨日よりも距離をあけた挨拶となった。
2日に分ける披露目は恙無く終わりそうです。
昨日の夜に夜会だったはずの会はなくなり、当分の間、天使サマーとしてやれる職務はなくなった。
テレンス公爵も籠もり期間を貰えるだろうし、眠っているフリをして淫魔世界へ遊びに行こうかな?なんて考えている時、ヘディが私の前に現れた。
「ヘディ、昨日はありがとう」
「平気?」
「どうかな?」
「ふうーん、そう言えるなら大丈夫かもね」
「ふふ、ごめんなさいとありがとうを言いに回ろうと思ってるの」
「いいんじゃない?」
まだ心配なのか、ゼトスに言われたのかは分からないけれど、私の手を握りながら紅茶を飲むヘディにほわほわとした気持ちになりながら、まったりしてた。
私とバーナビーは最後まで残るらしく、ポツポツと出て行く会場をぼー…と、眺め、そろそろ最後の人も出て行くなー…なんて見てたら、ぐんっ!と、勢いよく睡魔が襲い、手に持っていた茶器を落としてしまった。
パリンッ!
ヘディに寄りかかり、眠気を覚まそうとする私の耳に、痛ましい声音が響いた。
「天使様!お怪我を…!すぐに治癒を」
リンジーがそんな事を言うから、力で治そうと、勝手に治る設定なんだから早く治さないとと思っているのに、上手く力が使えなくて…
「大丈夫?」
「ん……うまれ、た、みたい、で、」
「……………………ああ、そういう事」
新たな世界が生まれ出る時、強烈な睡魔が襲いかかるのはもう慣れた。
そういうものだとも理解はしている。
今までは抗わずに眠っていたけれど、こんなところで深い眠りについても困るだろうと、なんとか頭を起こす。
うん、気力でどうにかできるらしい。
「ん、だいじょーぶ」
「寝た方がいいんじゃない?」
ゼトスに意味を聞いたんだろう。
あ、怪我治さなきゃ。うん。よし、もう大丈夫。
「っっ」
「へ?」
ディアブロがなぜか焦った表情で私の前にしゃがみ込んで、手を掴んだ。
とても無遠慮に。
荒々しく。
けれど、とても丁寧に。
既に治っている怪我を負った箇所を大切そうに見つめている。
心配………しているんだな。
誰の目で見ても心配している。
護衛が天使を心配しているのではなく、ディアブロがヒナノの心配をしているのは明らかだ。
「ディアブロ、もう大丈夫です」
「…」
「大丈夫です、怖くないですよ」
「はっ………」
「?」
顔を上げたディアブロの表情は、困惑していた。その意味が分からなくて、頭をかしげてしまうけれど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「問題ありませんから、戻って下さい」
「………戻りましょう」
「はい」
これ以上、問題行動を起こして護衛としての任を解かれないように命令しなければ。
私はまだ、彼の事を理解し尽くしていないのだから。
「またね、ちゅ」
「ん、またね」
ヘディと別れて部屋に戻る道中、抗えたはずの睡魔に引っ張られるように体が床に吸い込まれていく。
「…」
「天使様!」
「………すみませ、ん………すこし、ねむ、くて………」
ディアブロに支えられた私はつい、熱すぎる体に擦り寄る。
「…」
しっかりと抱き抱えられるぬくもりに、どうしてか心地良さを感じてしまって眠りについた。
「デズ……モン、ド………さ、ま、」
「………」
「ん………」
眠っては駄目だと思いながら眠ったからか、起こされなくても起きれた私の周りには誰もいない。
外は暗く、外に控えている護衛らの人数も普段と変わりない。ディアブロがいない事を除いては。
今日はやすみなんだろうか。そんな事を思いながら、無理やり体を起こし、力か魔法で身支度を整えようとしたんだけど…
「あれ?………ああ、せかい、が、」
新たな世界が生まれ出たばかりだと、力も魔法も扱いが難しいらしく、上手く使えない。
「はぁー………」
謝りに行きたかったけれど、こんな体たらくでは無理か。
「ゼトス」
「………はいっす」
呼んだらすぐに来てくれたゼトスの顔色は悪い。
そんな彼から視線は外さず立ち上がると、ふらふらな体を支えてくれるゼトスの頬に手を伸ばした。
「イ、イヴ……どう、だ、大丈夫っすか?」
私は悪魔たちとしか殆ど関わっていない。
けれど、淫魔世界にも滞在していた事があるし、その時にゼトスとも話した。
神々とも一度、関わった事がある。
アダムがいた頃のように宴会をしていたみんなの元に行ってみたの。心の余裕が少しできた時に。
私を世界様と認識し、アダムなんか知らないという態度を取る神々が怖くてずっと避け続けていたけれど、愛が…愛が度々伝わってきていたから。
それも、世界を通して。
だから、勇気を出して会いに行った。
とても歓迎してくれたし、みんな私に愛を伝えてくれたの。
ちょっとずつ、本当に少しずつ歩み寄っていた時かな、ピアが死んだのは。
私の方が強く、誰も敵わないというのに守ろうとしていた可愛い子だった。
それなのに、トリアイが遊びで投げた呪いで死んだ、あっさりと。
魂の確認なんていちいちしない、生きているかどうか確認もしない。遊び、飽きたら眠る。そんな子たちばかりだから。
神の魂は私が磨く。
だから、魂が届いた時だった。
ピアが死んだと、私が認識したのは。
遅かった。
分かっていたはずなのに。
神々は遊び半分で、気に食わなかったという理由で、楽しいからという理由で簡単に呪いを投げ、遊び、死を弄ぶという事を……分かっていたはずなのに……何もしなかった私に嫌気が差し、そして神々を見ていたくなくて、また、
閉ざした。
心を全て。
それから天使になるまで神を見た事はなかった。
とても身勝手だったね。
こんなに心砕いてくれる子が心配してくれていたのに。
「ゼトス」
「…はいっす」
「ごめんなさい」
「………へ?」
「ピアが亡くなり悲しんだ私は閉ざしてしまった。全てを。今はそんなことするべきじゃないと思うけれど…………今までの私は見ようとしなかった。あなたのように愛を変わらず伝えてくれる子を」
瞳がまん丸になって驚いているゼトスの猫目からポタポタと涙が溢れている。
「っっ、ぐすっ!イヴっ!お、おれっ!ずっと、ずっと待ってたっす!」
「うん」
「ずっと…!イヴの幸福を感じたかったんすよ!」
「うん、今は幸福よ。あなたといれて」
「うああっ…!〜〜っ、か、母ちゃん!」
ガバッと抱き締めてくれた熱いぬくもりを抱きしめ返すと、うわんうわんと泣き叫ぶゼトスの背を撫でていた。
愛が伝わるまで、ずっと。
「愛しているわ、可愛い我が子」
「うわあああああああん!!!!!」
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