第16話【グロリア・ジャンヌ】


「見てください、綺麗な石を見つけました」

「…」

「そういえばこの間、サーベント子爵夫人がラムゼイ男爵と逢引してたそうですよ?一途じゃないってどう思います?なあんか、やな感じしません?」

「…」

「やな感じといえば、天使様もやな感じですよね。私いい子です!みたいなの。勘弁して欲しいんですよー」

「…」


彼はいつだって無言。


誰に対しても、


私に対しても…。


いつから私は地位を捨てたんだろうと思う。

それはきっと、あの瞬間から捨て去っていたんだよね。




スイレナディ国では、30歳になるまでは仕事をしなくてもいい。

毎日勉強よりも遊んでいた、23歳のあの日。

いつものように、地位のある男か女を手に入れられないか探してた。

男爵である父に無理を言って、騎士団の訓練場に連れて行ってもらった。だって、そこなら地位のある者たちがいるから。


「彼がいい………」


訓練場に入ってすぐ目に入ってきたのは、白髪のような真っ白で、キラキラとしている髪。周りと少し小さい背も分かりやすく…ううん、そんなこと関係ないか。


ひと目で恋に落ちた。


すぐに引き返したのは、私の顔がだらしないと思ったのと同時に、こんな服では釣り合わないと、恥ずかしい気持ちが襲ってきたから。


ドキドキ、ドキドキ、


運命じゃない。

でも、私は運命を望んでいない。

私が望んでいるのは、地位のある者だったのに…。


ドキドキと心臓が脈打つ。


ほっぺが赤くなって、思わず傾いてしまう。


ドキドキ、


ドキドキ、


恋をした。


その日からしばらく、彼の事しか考えていなかった。

ご飯も喉を通らなくて、眠る前にも彼の後ろ姿と、振り向いた瞬間を思い出してしまう。




彼の事が知りたいと思った。

しばらくなにも手につかなかったけど、次の日には父に彼の事を聞き出し、全てを知りたいとお強請りした。

その願いを聞いてくれた父からは、嬉しい情報しか入ってこなかった。


彼の名前は、ディアブロ・アデルフェル。

アデルフェル伯爵の最初の子であり、騎士団長として、僅か40歳の時に任命されたと。

100歳までの人生は全て訓練だ。という、格言がこの国にある通り、殆どの人達はその年齢から開花するというのに、彼はその若さで騎士団長となったという。


ドキドキ、


ドキドキ、


彼に出会った時以上の胸の高鳴りがした。

だって、地位もあり、好きな人にもなった彼ならちょうどいいと、期待した心で思ったから。


でも彼に近付く事が出来なかった。

お父様の地位では、彼に願う事すら無理なのは分かっていた。


だから騎士団に入りたいと、お強請りした。


適当でいいと考えていた私は、軽い気持ちで騎士団への申請を終えた後…地獄だと思える100年が待っていた。


騎士団に入団しても彼に会えなかった。

訓練場は別だし、彼はもうどこかへと配属され、訓練場に居る時間帯もバラバラ。

周囲に居る人達にはチヤホヤされてたけど、そんなのは意味がない。


彼でなければ意味がないんだ。


しょうがないから頑張った。

彼と同じ空間にいられる為に。

正直地獄ではあったけど、そこまで頑張ってもいなかったんだよね。

私って運が良いみたい。

だって、才能があったから。

人を守り、懐に入れる才能が。


彼だけを見て、彼だけを目指した。


時たま会える時間や、話せる時間を楽しみしていた。


いつだってドキドキしながら。


最初は迷惑なのかと落ち込んだ彼の態度は元からだと周りの人達から教わった。


彼は恐れられている。

実の両親からも。

生まれた時から無表情で、声を発する事もなかったという話は有名だった。

騎士団内にいると、様々な噂話が嫌でも入ってくる。

誰に対しても無表情で接し、仕事以外に口を開かない。心音も緩やかに動く。

関心事が存在しない。


それが彼。


私が得た、彼の情報全てだったはずなのに…。


ドクンッ!


「え?」


着飾った天使様を見て、心臓が乱れた。

そんな音、私は知らない。

誰も知らない。


私が彼の元で働けるようになったのは100年後。


天使様が降臨され、筆頭護衛として任命された彼の元へ、やっと彼に近付けると喜んだのに…


ガシャン!!!


どうして?


なんで?


「お前は誰だ」


どうして?


彼から口を開く事なんてなかったのに…。

仕事以外で話す事などなかったのに、どうして天使様にはそんな態度なの?


やめて。


やめてよ。


「次は確実に命がないぞ」


どうして地位を落とすような事をするの?

そんな危険な行動をする人は、私に相応しくない。


それなのに…。


どうして諦められないの?


天使様が触れた。


軽々しく、


触れた事のない頬を、


簡単に、


いとも容易く、


触れた。


「深い御心に感謝致します」


どうして?


燃えるようなそんな目で、


ガキ臭い天使を見ないでよ。


私を見てはくれないのに…。


どうして?


「グロリア!今日はグロリアが側に居てくれるんですか?」


どうして?


話しかけてこないでよ。

いつもみたいに集中して過ごしててよ。

なんで。


「グロリア、これあげます」

「なんですか?」

「ベールですよ、こうやって。わ!可愛い!鏡で見てみて?」

「………かわいい」

「でしょ!?可愛いよね!」

「………ありがとうございます」

「うん!」


なんで良くするのよ。


「騎士団長、天使って鬱陶しくないですか?」

「…」


なんで、


「グロリア、今日は一緒にお茶をしませんか?」


なんで、


「騎士団長……私、天使嫌いです」

「外す」

「ま、待って下さい!い、今のはなしに!」

「危害を加える者は全て排除しろとのご命令だ」

「な、んで、」


なんで?

私なにも…なにもしてないのに…。

ただ、ただ、私は…。

あなたが………。


「すき」

「…」

「好きなんです!なんでよ!なんでそんな風に…!好きなの!私ずっと!」

「…」

「ま、待って!ねぇ、待ってよ!」


どうして?なんで?なんでこんな事に…


天使が…。


天使がきたから。


天使さえいなければ…。





「あれ?グロリア、今日は休みだろ」

「天使様が欲しいと仰っていたデザートを渡しに、一応検査は終えてるけど…駄目だった?」

「いや、お前なら気に入られているから大丈夫だろう」

「ありがとう」


部屋に入ると天使様が夢中になってギターを弾いていたけれど、その手を休めて紅茶を飲もうとして溢されてしまったので、咄嗟に体が動き、いつの間にか洋服を整えていた。


こんな事をしたい訳じゃないのに…。


さっきまで心にあった、くろぐろとした感情が収まってしまって、どうしようかと佇んでしまっていると…。


「〜〜〜♪」

「「「「「っっ」」」」」


鼻歌は聞いていたけれど、音色があり、お腹の底から歌うような天使様のお姿は知らない。


「♪〜〜〜」


驚いてしまったのは、歌われたからではない。

その強い想いに驚いた。


「♪♪♪」


独りだと…どうしてか独りだと感じる声色が、力強い美しい音が、耳を支配する。


まるで淫魔だ。


魅了し、トリコにする淫魔のような歌声だと思った私は………。


「っっ〜〜〜!なんでよ!なんできたのよ!なんであんたなんかがいいの!?私の方が、わ、わた、私のほう、が、っっ〜〜、ずっと一緒にいたもん!うああああああああああん!!!!!」


彼のように地位を投げ捨て、天使様に泣き叫んだ。

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