第8話【バーナビー・エインズワース】
母も父も、何よりも愛情を注いでくれた。
たかがかすり傷で騒ぎ、商人が持ってきた品が似合いだと渡せば喜び、初めて勉学で躓いた時には二人して慰めてくれた。
そんな両親に、私はたった一つの不満を抱いていた。
「なぜもっと早くに授かってくれなかったのか」と。
私たちが神様から与えられた世界には、聖樹様という大木が存在する。
大木といっても、そこらにあるような木ではない。
天まで届きそうな高さに、横幅は竜体になったとしても超えられぬ大きさ。
根本には大きな穴が開いており、立ち入ると木でできた螺旋階段がそこにある。
愛する者同士が階段に足を踏み入れると、聖樹様が歓迎してくださるように、散らばっている花びらが光り、道を示してくださるという。
登れる高さはなぜか異なり、天高い場所まで案内されることもあれば、数段登っただけで穴を見つけることができる者もいる。
階段がなくなるまで登ると、突如として穴が現れ、少し薄暗いそこに入って進んでいくと、鉱石が光っているような輝きが目に入る。その瞬間、様々な花の蕾が顕現すると聞く。
聖樹様のお話は有名で、知らぬ者はいないため、そのように光ると知ってはいても、心を奪われる美しさが存在するという。
人によっては、「神様が住まう世界に案内されたのではないか」と思う者もいる。
鉱石が光っていると思ってしまう輝きは、全ての蕾から発している。そして、蕾を一つ選ぶのだ。
決めた蕾の前に立ち、軽く触れ、二人で魔力を流すと、蕾だった花が満開に咲き開く。
大輪が広がり、そこには神様からの贈り物が産声を上げている。
そう、子を授けていただけるのだ。
その子は必ず、二人の色味を一つずつ合わせた子だと聞く。
女性が自然に孕むことも、男性に疑似子宮の魔法陣をかけて孕ませることもできるが、あまり推奨されていない。
危険だからだ。
そうして私たちは子を授かることができる。
両親は運命の相手ではなかったが、私を授かる前から仲が良かったと、誰に聞いても、両親に聞いてもそう答える。
それなのに、子を授からなかったのだ。
二人の寿命が尽きる100年前まで、ずっと。
病ではなく、寿命で逝った両親は竜人だ。
結ばれたのも1500年前だと聞く。それなのに、なぜ……。
もっと早くに授かっていただけたなら、こんなに早く失わなかったのにと、
冷たくなった二人の手を握り、そんなことばかり思っていた。
だが、悲しみにばかり心を割き、立ち止まっているわけにもいかなかった。
私は既に国王となり、民を導く立場にいる。
両親の死を国民が嘆き、しばらくは国の活気もなかったように思う。
けれど、今も尚、涙を流し、良き国王だったと、良き伴侶だったと思ってくれている民も、毎日を生きている。
だからこそ立ち止まることなどできないと、心と体を叱咤し、良き時代を作り上げようと、ますます奮闘した。
何よりも、神様がくださったこの地を穢すことなどしてはならないと。
「近づくな!!!」
両親が亡くなり100年ほど経った頃、一人の獣人の男が護衛らによって、ボロボロな体になりながら吠えていた。
運命を確実なものとするための、牙を出しながら。
「ふっ」
「なにかあったのか?」
「なに、出会いを思い出しただけだ」
「………忘れてくれと言っているはずだ」
それが今、気まずそうに顔を背けている伴侶との出会いだった。
私に運命は分からない。魔人だからな。
我が国は運命に寛容だ。遠い昔から寛容だったと、どこかの歴史書で読んだ気がする。
運命を見つけた者は必ず駆け出し、その者を捕らえる。
相手が私のように運命が分からない相手でも。
出会い頭で吠え、周囲を威圧し、排除しようとして私に襲いかかっているような錯覚さえさせてしまう目の前の男は私も知っていた。書類だけだが。
平民の身でありながら独学し、
その日は、昔からの腐れ縁のような友が子を連れてきたというので、空を飛ぶ姿を眺めて心休まるひと時を過ごしていたのだ。
私が行動する場ではないそこに通りかかったのが、ルーシャンだった。
獣人の鋭い嗅覚で私の匂いを嗅ぎ、運命だと気づいた瞬間、襲いかかるように私だけを見て駆けてきたんだが……傍から見たら国王殺害を企てようとしていると思われるような行動だったな。
護衛らが排除しようとしたが、数名の者が気づき、攻撃を緩め、私に伝えようとしたところに、あれだ。
「俺の運命に近づくんじゃねぇ!!!殺す!!!」
その言葉のおかげで私も事態をすぐに把握できたが、私は王だ。
彼の拘束を解いてしまえば襲われてしまうかもしれない。そうなった時、危ういのは私ではなく、彼だ。
一時的にだが、牢に入れることにした。
少し頭を冷やせればと考え、それと同時に彼を知らなければならないと思った。
「大丈夫か?」
数日経ち、頭が冷えたと、暴走しないと本人からの伝言を預かった私は、話をしようと牢屋へ向かい、声をかけた。
ガシャンッッッ!!!
檻から懸命に手を伸ばし、私を掴もうとしている彼を見てなぜか……。
「くっくっくっ…!」
「………」
笑いが出た。
それと同時に両親の死を思い出した……いや、両親が仲睦まじい姿を思い出したのだ。
私もこのように愛を返せれば、両親のような関係性を築き上げられるかと、必死になって私を捕らえようとしている彼を見て、そんなことをなぜか思った。
「君を知りたい」
「………俺も」
しばらくは牢屋越しで会話をした。
運命を伴侶に持つ護衛にも見てもらい、出しても問題ないと判断した後、初めて彼のぬくもりを知った。
「「「「「「「…」」」」」」」
牢から出た瞬間、私を抱きしめる彼に、
やはり笑みが漏れ出た。
愛を謀ってはならない。
愛を手放してはならない。
その言葉は、神様が人間に残した台詞だという。
離縁率も高い我が国では、自由恋愛を推奨している。
国王である私にもそれは当てはまる。代々続けてきたことだ。
些細な問題はあったが、私も愛を返し、無事伴侶となった。
「そろそろ子どもを授かりたいと……」
「……」
ルーシャンは頭の切れる男だ。
この国一番の頭脳と言われているほどに。そして私も、そのように認識している。
「嫌か?」
「バーナビーは子ども好きだからな」
「駄目か?」
「俺を相手しなくなるのが目に見えてる」
だが、二人の時にそう感じたことはない。
「時間を確保したら聖樹様の元へ行こう」
今までは二人の時間がなくなるからと、駄々をこねていた。
そして今も、拗ねた顔をしているのに提案してきたことに驚いた。
「長く傍にいて成長を見守ろう」
「………ありがとう」
両親に対する胸の内を、唯一知っているルーシャンは、私の心を大切に守ってくれている。
「早く行けるよう手配しておく」
「なぜ焦る?」
「天使様がご降臨されたら、ますます忙しくなるからだ」
「まだ言っているのか」
「事実だ」
伴侶は、天使様が私の元へと降臨してくださっていると、心から信じている。だからか、度々このように言われてしまう。
神様がその時代に相応しい王を見つけると、天使様という存在を他世界から降臨させてくださる。
何も聞かされずこちらにやって来るという天使様は、必ず国を幸福に導いてくださると言われているが……分かる限り、5000年は降臨されていないのだ。
いつでも見守ってくださっている神様は、人間に嫌気が差してしまわれたのかと思ってしまう。
私はスイレナディ国王だ。
だからこそ人間の醜さも知っている。
その醜さに気づかれてしまったのではないかと……私はそう思ってしまう。
この国に天使様が現れなくても良いのだ。
ただ、神様が私たちを見てくれているという証明を……天使様という存在を降らせていただければ……。
「他のことを考えるな」
「神様だぞ?」
「今は俺だけ」
「ふっ、そうであったか」
次の日から精力的に働こうと予定を詰める伴侶は、本気で子を授かりに行こうとしている。一刻も早く。
ルーシャンも子が欲しいと、そう望んでいるのは知っている。
だがそれ以上に、私との時間を確保したいと思っていることも知っている。
「ふっ」
私は昔から愛に溢れているなと、伴侶と朝食を済ませた後、いつもの道のりを歩いている時に、また笑みがこぼれた。
各国の王たちは皆、一日に一度、欠かさず向かう場所がある。
王城にある、神様が作られた召喚の間だ。
私はこの部屋に向かう日が来なければいいと、常々思っている。
天使様が降臨されれば各国に連絡が届き、その日から天使様が死する瞬間まで召喚の間は神様によって閉ざされる。
それこそが待ち望んでいる“証明”だ。
扉に見えない扉の前に立ち、深呼吸をする。
召喚の間は神様に一番近い場所とされる。そのため、いつもこの時だけは緊張してしまう。
ルーシャンに言わせれば、私は神様が好きすぎるらしいが……普通の感覚だろうと思いながら、両手で扉を押し、頭を下げながら、一人、中に入る。
最上級の礼をし終えたら立ち去るだけだ。
その日もいつものように立ち去ろうとした。
だが、いつも真ん中にぽつんと置かれてある天蓋付きベッドに、
天使様がいらっしゃった。
あまりに非現実的すぎる光景に唖然としてしまったが、私よりも困惑しているのは天使様だろうと、駆け寄り、声をかけた。
薄い天蓋越しでは、声が潜もって聞こえることもなく耳に届いた音はか細く、見知らぬ場所と、私にひどく緊張していた。
自ら動こうとした天使様が見えたので、立ち上がり、初めて触れる天蓋を括り付けた後に見えたお姿は……
年端もいかない少女だった。
天使様を表すのなら、
黒。
黒の長い髪に、黒の大きな瞳。手触りの良さそうな黒のワンピースに、ヒール部分が太い黒の靴。左の耳には3つの色違いのピアスに、軟骨に黒のピアスが2つ。
そのどれもが良き品々だというのが一目で分かる。
傷一つない手先に、己で動かすこともしないような美しい手を見て私は……
何も考えていなかったと、天使様を、一人の人間が他世界に訪れるという、非情な現実を見て、悲しみが心に広がった。
せめて心安らいでほしいと、ルーシャンの為に誂えた室内庭園に案内する私の横で、一歩踏み出した天使様は覚束ない歩き方をして、案の定転んでしまわれた。
聞けば、歩く習慣のない国だったという。
魔法使用禁止区域にいるため、断りを入れて抱き上げ、歩みを進めているが、緊張し、体が強張っているのが嫌というほど伝わってくる。
庭園に着き、整え終えてある茶会を見て安堵しながら、天使様に召し上がっていただこうと勧め、戸惑いながらも口にする天使様を見て驚いた。
あまりに美しい所作に。
臣下に、この国一番の礼儀作法を身につけている者を近くで見て知っている私は、咄嗟に臣下を思い出し、“まだまだだ”と感じてしまうほどの所作が目の前にあった。
少しずつ打ち解けてくださる天使様はヒナノという名であり、敬われることを嫌うと言われ、不思議に思った。このように美しい所作を持ち得、尚且つ、日に当たったことのない白い肌を見て、敬われるなど日常だろうと考えた私は、異世界について何も知らないのだと思い至った。
ヒナノは病にならず、毒も薬も効かない。
そんな者は聞いたことがない。
だからこそ、違いなど山ほどあるだろうと納得した。
「バーナビー、これ美味しい!」
「果物が好きか?」
「大好き!」
「それならこれはどうだ?」
「もぐもぐ……んんー!!!」
「ははっ!なによりだ」
天使様という認識はもちろんある。が、それ以上に一人の人間として、ヒナノとして見てしまう。
子どもではないと聞いたが、どう見ても可愛らしい子どもにしか見えないヒナノに、目尻が下がる。
国を幸福にしてくださるヒナノにも幸福になってほしいと、一人の人間としてそう思った。
僅かな時間でも、そんなことを思えるほどの無邪気で愛らしい娘だ。
知らぬ土地でまだ緊張もしているだろうと思い、部屋へと案内させた私は、少し足早に伴侶の元へと向かった。
「ルーシャン!」
「だから言ったでしょう」
各国への連絡を担っているルーシャンに駆け寄り、興奮をぶつける。
「下がっていろ」
ルーシャンが護衛らに声をかけ、室内には二人だけになった。
「天使様が!やはり神様は見てくださっていたのだ!世界を!」
「それより神様に選ばれたバーナビー自身を褒めてあげたらどうだ」
「あ………わ、私が、そ、そうだな、そうだった……私が、私は神様が望む国を作れているのだな!」
「頑張ったな、おいで」
「神様が!天使様が!いらっしゃって!み、見てくださっている!!!」
「………」
興奮冷めやらぬまま、すぐに会議を開いた。
天使様が降臨なされたのだ、やらなければならないことなど山ほどある。
「お披露目はいつ頃になさいますか」
「天使様は常識さえ分からぬのだ、こちらの都合で煩わしいことをさせるつもりか?」
「申し訳ございません」
各国からの要請も届いている。
「バーナビー、すぐに向かうと」
「ビタバレティモ王は待てを知らんのか……」
最近見ない顔も私の手伝いにやって来た。
「テレンス……お前……」
「煩わしい全てを終わらせるぞ」
「あ、ああ……」
数年前に魔人の運命を見つけた竜人のテレンス。
出会った時から、伴侶は不治の病に侵されている。
魔力過多に見えた症状だったが、残念ながら違い、今でも臥せっているため、テレンスは最小限の仕事しかせず、伴侶の元にいた。
それでも構わないのだ、長い人生なんだ。数十年仕事を補佐に任せ、側に着いていてもいいというのに……。
「天使様と茶をする」
「いや、それは」
「お前が神様に思う気持ちは知っている。が、天使様にも働かせろ。煩くなる前に片付ける」
「…」
「言うことを聞かない時に目を背けるのは相変わらずだな、ルーシャンは天使様の傍仕えの元に行かせた」
「なっ!?」
なぜ先にルーシャンに言うのだ!
必ずあの子を表に引っ張り出してしまうだろう!
「お前がハンカチを」
「その話はやめろ!」
幼少の時から側にいたテレンスにはどうにも頭が上がらない。
「動くぞ」
「だからここにいるんだろう」
テレンスの言う通り、貴族や他国が煩くなる前に収束させ、ヒナノに憂いが降りかからないようにと動き、寝ずに次の日を迎えた。
ルーシャンは3日ほどだが、私は5日ほど眠らなくとも問題ない。
体内に保有する魔力量で寝ずにいられる時間は異なるが、今ほど、この体に感謝したことはないと実感している時に、ヒナノの動向が記載された書類が届いた。
「ふっ」
どうやら本が好きすぎるらしく、夢中になって読んでいるらしい。
だが、夢中になれるのは本だけではないのか、楽器の間に滞在して2時間は経っているとも報告が入った。
どうせならと、この書類を片付けたら、あの子の笑顔を見に行こうと思い、指示を出した私はこの後、神様にお会いできるなど想像できただろうか?
「バーナビー!」
「は、っはい!」
「飲め!飲め!」
「はい!ゴクッゴクッ!」
突然現れた神様に驚き、そしてその神聖さに傅いていた私は、よ、横に、横に座って、い、い、一緒に酒を飲んでいるのだ!ルーシャン!すごいぞ!
「駄目よ」
「なんだ?」
「飲むペースは人それぞれなんだから、無茶させちゃ駄目」
「む?させていないぞ」
「アレスがそう言ってしまったら命令になるのよ、分かる?」
「そうだったか!すまんな!好きに飲め!」
今の会話にやっと現実味を帯びてきた……というよりは唖然としてしまったのは私だけではないだろう。
“駄目”などと、神様に言える者などいるのだろうか……。いや、今聞いてはいるのだが……。
それを素直に聞く神様にも驚いてしまって、夢うつつの頭が冷えてくれた。
「あら、ふふ」
「ん?」
「髪に葉っぱがついているわ、おいかけっこでもしていたの?」
「そういえば途中だったな!」
神様の御髪に触れるヒナノの瞳は慈愛に満ちていて……逆ではないのかと、立場が逆ではないのかと思うが。
「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」
なぜかしっくりきてしまう光景だった。
葉を取り、髪を撫でるヒナノも、それに驚きながらも顔を緩ませる神様にも……。
「不思議な感覚だ……」
「そう」
柔らかな雰囲気を晒し出していた神様の表情が一転して変わると、ありえない台詞が聞こえてきた。
「決めたぞ!ここに住もう!」
「ここは楽器が飾ってある部屋なのよ、住むなら私の部屋になさい」
「案内しろ!」
「そうだ、バーナビーの伴侶は暇かな?アレスと一緒に部屋探索できる?」
「あ、ああ……わ、分かっ……た?」
だ、駄目だ……。
い、今は一体何が起こっているのだ?
「バーナビー!」
「っっ」
か、神様に抱きかかえられた……。
ど、どうすれば……!か、軽々と片手で…!ふ、ふ、ふ、触れているぞ!
「まだ飲むぞ!」
「は、はい!」
「バーナビーにも仕事があるんだから、あんまり迷惑かけちゃ駄目」
「はい!何ならいいんだ!」
「私が教えるから、言われたことを理解するよう意識なさい」
「はい!」
た、立場が逆ではないのかと……。
「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」
私たちは思わずにはいられない。
「うあっ!」
未だ私を持ち上げながら、突如として走り出した神様はなにかあったのか、忙しなく足を動かしている。
「………ディアブロ、道が分かりません」
「かしこまりました」
横で浮いているヒナノが、並走しているディアブロに願っている。
どうやら今すぐに部屋へと行き、住まう場所の確認をなさりたいらしい。
「天使様、失礼致します」
「…」
ヒナノはまだ魔力登録が済んでいないようで、魔力使用制限がかかっている天使様のお部屋近くになると、ディアブロがヒナノを抱きかかえているが……とても妙な光景だ。
神様に持ち上げられている私と、天使様であるヒナノが抱えられている姿はきっと、後ろからドタドタと着いてくる者たちには珍妙に見えることだろう。
「バーナビーが嬉しそうよ」
「それなら良い!」
「ヒ、ヒナノ!」
「聞いてたでしょ?私はバーナビーを幸福に導く為だけに召喚されたんだよ」
「な、な、な、っっ〜〜!」
そ、そのような事を言っていたか!?わ、分からぬ!あ、あまり、話が聞ける状態ではなかったのだ!今もだが…。
「ディアブロ、神様と話した内容を後で伝えておいてくれますか?」
「お任せ下さい」
そんな事を言うヒナノに、何を話していたか、近くで聞いていたはずなのに、聞こえていなかった内容が気になっていたが、神様が天使様の部屋前になっても速度は変わらず、まるで扉をぶち破ろうとしているお姿に強く目を閉じた。
「アレス、扉があるから開けて入るのよ。待ちなさい」
「はい!」
な、なんとか衝突せずに済んだ………。
天使様の、いや、ヒナノの部屋が開かれ驚愕した。
「良い部屋だ!ここは」
「はい、アレスー、ここに座りたいねー?ここにしよーねー」
「む!気に入っ」
「お酒飲みたいよねー?」
「バーナビー!飲むぞ!」
「は、はい!」
ラグに降ろされ、酒を持たされた私はキョロキョロと見回してしまう。
そして何故か、ヒナノの護衛らも忙しなく眺め、ディアブロは部屋の隅々まで調べ出した。
室内に驚いたのは、最早、室内ではないからだ。
あるはずの天井がなく、燦々と輝く太陽を眺められるガラスが天井にあるそれはとてもおかしい。
上にも部屋があるのだ、天井をぶち抜いたとしても、上の部屋が見えるか、穴が空いて、上の者が落ちてくるだけなのだが……何故か太陽が見え、部屋一面にラグが敷かれ、所々にクッションや膝掛けがあり、壁に並んだガラス張りの中には私も知っている茶葉や、茶器、スイレナディ国の品々が並んでいる。
バルコニーもあったはずだが、そんな物は存在せず、そこも壁がぶち抜かれており、ガラスはなくなってしまっているので、とても開放的な室内となっていた………。
「王様、クライム様が到着されました」
「あ、ああ、か、神様、」
「なんだ!」
「は、伴侶を、しょ、紹介致します」
「いらん!」
「し、失礼いた」
気分が変わってしまったのを読み取れず、謝罪しようとした私を遮るようにヒナノが言葉を放つ。
「バーナビーの最たる幸福は、伴侶のルーシャンよ。覚えておきなさい」
「はい!」
「伴侶が来てもいいか?って聞いているの。アレスはどうしたい?」
「一緒に飲もうではないか!」
「あ、ありがとうございます!!!」
すぐに室内へと入ってきたルーシャンは、神聖さに跪き、しばらく放心状態だったが、挨拶をしようとした時。
「アレス、この場合の挨拶をしたいという意味は、側にいてもいいですか?という意味合いが込められているの」
「難しいな!」
「………それもそうね。次からは簡潔に話すように伝えておくわ」
「はい!あれがルーシャンか!飲め!いや、好きに飲め!」
「はい、ありがとうございます」
ヒナノとの会話を聞けるようになった私は心から納得してしまった。
まだ少しだけしか聞けていないが、ヒナノの常識は私らからしたら、不思議な事柄ばかり。それはヒナノとて、私らに思う事だろう。
そして神様にも常識があるのだ。
「紹介したい」という言葉の意味を、この世界の者なら分かるが、神様には分からぬだろう。
ヒナノは私たちが敬うような態度はせず、むしろ気安い態度を神様に向けているのは、きっと、あちらでの常識なのだろうと気付けた。
そして、ヒナノのように、直接、分かりやすい言葉で伝えようと意識するように言葉を吐く。
「神様、改めてお礼申し上げます。この国に幸福を導く天使様を降臨して頂き、誠に、誠に、ありがとうございます」
「ん?そのようなことはしておらんな!」
「「「「「「「「「「「は?」」」」」」」」」」」
だ、だが、ヒナノは間違いなく神様が遣わされた方だ。
「バーナビーは良き世界を続けてくれる!だからこそ褒美に幸福を導く者を召喚したのだ!そう言っておろう!」
「「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」」
わわわわわ、私の!?私の為だけに!?
そ、そのように、ヒナノも言って、言っていたか?………言っていたな。
本当に!?私の幸福だけを、か、か、神様が!
「伴侶の元へと遣わしてくださり、ありがとうございます」
「良い!良い!遊ぼう!」
ルーシャンが心からの感謝を送るので、思わず……
泣きそうになってしまう。
そんな私の隣に座り直し、手を握るルーシャンからは、変わらず溢れる愛をもらう。
「マージャンだ!」
神様が取り出した遊びは、見たこともない形状の机と、遊び道具が机に並んでいるのだが…遊び方が分からない。
「申し訳ございません、遊び方を知りません」
「む…本はどこにあったか……駄目だ!分からん!」
神様の世界にも本が存在するのか…。
「ああ!理解すれば良い!」
「「は……」」
ヒナノと私、ルーシャンのおでこにちょん、と、指を差した後、目の前にある遊びがマージャンだという事も、遊び方さえも理解してしまった。
他世界にも存在するか分からぬが、精霊が存在する。
仲のよい精霊が一度、道を示す為にした方法と同じだと、なんだか懐かしい思い出と共に、理解した。
「「ありがとうございます」」
「座れ!ヒナノは膝だ!」
「嫌よ」
「「「「「「「「「「「…」」」」」」」」」」」
「私が遊べなくなるじゃない」
「そうだったな!遊び終われば膝だ!」
「それなら一緒に眠りましょう」
「それはいい!」
神様が用意して下さった席に着き、
私は、
私と愛する伴侶と、
私の幸福の為だけに来てくれたヒナノと、
遊ぶ。
そんな、有り得ない光景が、
「ぐすっ」
「良かったな」
ここにはある。
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