第7話


「準備できたよ」

「ありがとう」


部屋から出ると、見慣れない景色が広がっていた。

いや、見慣れなくしたのは私なんだけどね。室内を大改造して、「私の部屋♡快適♡」なんて過ごしていたけれど、そういえばこんな造りの王城だったっけ……なんて思いながら進んでいく。


「こちらから転移できるようになります」


部屋を出て少しすると、リンジーが恭しく説明してくれた。 


「王城には結界が張ってあり、場所によって使用できる魔法が異なります。魔力登録をしていない者が禁止されている場所で魔法を使用すると拘束されますので……お手数ですが、こちらに」


そう言いながら装置を取り出した。

ふうん。

これで魔力質を測れるのか。

この装置で魔力を測ったあと、魔法陣に魔力を流すのだろう。そうすれば、バーナビーが室内庭園で周りの者にも聞こえるように魔力を流したあれが、私にも適用されるわけだ。


「ん?」

「どうされました?」

「ちょっとだけ魔力抜かれたけど、少しだったね」

「その少しで事足りますので」

「なんかすごい……」

「ふふ」 


リンジーの横でぷかぷか浮いている私は、一向に転移しないことに違和感を覚えた。


「探索!」 

「ふふ、さようでございますよ」

「全部見れるかな?」

「試してみましょう」

「うん!」


私の要望をすぐに通してくれるリンジーに、いや、みんなに感謝だ。

建物はやはり無骨な印象を受ける。

家具もそうだけど、もう少しこう、角の取れたというか……そんな物はないのかな?

王城というよりは“砦”という言葉がしっくりくる場所だ。


「リンジー」

「どうなさいました?」


ひそひそと、こそこそと話しかけた私を、不思議そうに見つめる。


「みんな頭下げてるけど、普通なの?」

「さようでございますよ」


天使の区画から離れた私の目には、通り道を歩いている人間たちが私に気づくと頭を下げ、過ぎ去るまで端で待機しているのが映った。


「なんか悪いことしてる気分になっちゃうね」

「………分かりました」

「うん?」

「いえ、こちらの部屋には楽器が飾ってございます。ご覧になりますか?」

「興味なさそうな物でも、見れるなら全部見てみたい!」

「ふふ、はい」


察してくれたらしいリンジーは、バーナビーに進言してくれるだろう。

「頭を下げるのをやめてくれる?」って。

もう一度、勉強し直したいから、できれば顔色を見ておきたいな。





「う……わああぁぁぁ………!」


確かに「飾られている」という表現が正しい室内には、見せ方を徹底した配置で美しい楽器がたくさんあった。

私は手ずから物を作るのが好きだ。

魔法や力、無から有を生み出す力でなんでもできてしまうけれど、やっぱり自分の手で作りたい。

アダムの世界が消滅して、その時持っていた物、着ていた服、愛が詰まった装飾品、空間収納に入れておいた大切な物は全て失ってしまった。

最初の頃は必要な物を適当に生み出していたけれど、飲みたい物があって、手ずから育て、作った。

私の世界になって初めて作ったのは、私たちの「正しさ」であり、「間違い」に巻き込み、殺してしまった……消滅させてしまった大好きな友達が大好きだった緑茶だ。

それから私は様々な物を作った。その時は何も考えずにいられるから。


「綺麗……」


私には技術があり、知識がある。

それでも敵わない人間が当たり前にいる。たとえ敵ったとしても、異なる美や食を作り出してくれるから、作り手に感謝し、尊敬する心がある。そんな私は、丁寧に作られた楽器の一つ一つを満足するまで眺めようと心に決めた瞬間、目に入った楽器にクエスチョンマークが浮かんだ。


「なんかあれだけ違うね?」

「そちらは初代国王が使用していた物とされています」


ハープやフルートがキラキラと装飾されて飾られているのに、この場に似つかわしくないシンプルなギターが、首を真上に向かなければならないほど、高い位置の壁に飾られているのは、歴史を大切にしているためだった。


「似たような形って売ってるの?」

「ございます」


そのうちおねだりしよう。


ギターから目を離し、今度こそ心に決めた、満足するまで眺めようと、魅入られるように見始めた。









ぐらぐらと体が揺れているぅぅぅ。そんなに揺らさなくても………あ。


「天使様、王様がお越しになっております」


集中しちゃうと声をかけられても気づけないって伝えてたんだった。

でも、そんなに揺らすほどだったかな?少しだけ気持ち悪さも襲ってきたよ。


「リンジーありがとう」


どうやら、すでに私の横に立っていたらしいバーナビーに目を向ける。


「ごめんね、夢中になっちゃって」

「楽しんでいるなら何よりだ。だが、3時間もここにいるとは思わなかったな」


苦笑いしながらそんなことを言うから、そこまで眺める人はいないんだろうと理解した。


「遊んでくれるの?」

「様子を見に来ただけだ、今度遊んでくれ」

「うん」


早く戻ったら?

伴侶と何があったのか知らないけど、匂いすごいよ、君。

威嚇の匂いまでつけられてるなら、一緒に来ればよかったのに。


「伴侶と共に部屋へ行ってもいいか?」


なんでお伺いを立てられるんだろうか?王城はバーナビーの物でしょ?


「いつでもいいよ?どうして?」

「か、かんっ!…んんっ、か、神様がお創りになられた部屋を見てみたくてだな」


やだ、可愛い。

うきうきが隠しきれてませんよ、バーナビー。


「どうしてか理想通りの部屋になったんだよ!神様ってすごいよね!」

「当たり前だ!神様はすごいという言葉だけでは足りん!」


アレスのことが大好きなんだねぇ。


「会ったことあるの?」

「ない、気まぐれな方だからな……お会いできたらとは思うが……」


気まぐれ……。

なるほど、どうやら世界に何度か降り立っているようだ。


「室内庭園の家具も好きだよ」

「好きを詰め込んだからな、ヒナノも気に入ったか」

「うん!」


伴侶はあんな感じでふわふわしてるのかな?


「この部屋もそうだけど、ああいう家具はないの?」

「あるぞ、欲しい物があるか?」

「んー。私にって整えてもらった部屋も、王城もなんだか……ちょっと寂しい?寒い感じがするから」

「ああ、ここは、というより、他の国もそうだが、何千年もの間、作り変えていないんだ。」

「……どうして?」

「神様が天使様を降臨させる場を壊してしまうことになるからな」


だろうね。

んー……

とりあえず呼ぶか、というより勝手に転移させてしまおう。


「「「「「「「「「「!!!」」」」」」」」」」

「ん?誰が呼んだのだ?」


キョロキョロと辺りを見渡し、そんなことを言いながらも、ラグを出して座り、酒を煽っているアレスは、誰に呼ばれたのかもうどうでもいいみたいだ。

可愛いね。

アレスには初めて会ったけれど、土の色味を持つ体の大きなアレスは見た目通りの性格をしている。


「「…」」


ふん。面白いな。

神々と精霊は神聖な何かを発していて、それがキラキラ~って見えるんだって。

昔から私には分からないし、新しい魂になっても分からないままなんだけど。

そのキラキラ~は、思わず跪き、こうべを垂れてしまうほどに強烈な、はずなんだけどねぇ…。


「「…」」


どうやら運命は抗えることができるらしい。その衝動に。

他の人間たちは、バーナビーでさえ傅いているのに、ディアブロは一瞬だけ、足と頭が動き、跪きそうになったが、気力なのか、意地なのかは分からないけれど、瞬時に状況を把握し、己の立ち位置を変え、他の護衛は役に立たないと判断し、バーナビーと私を守る配置についた。


「アレス、はじめまして」

「ん?誰だ?」

「天使よ」

「おお!天使か!どうだ!幸福か!」


そう言葉を投げかけている相手は私ではない。

バーナビーだ。

そして私が手に取り、読んだ本の内容は“間違い”だと、著者の憶測は間違っていると確信した。


「飲んでもいい?」

「飲め!飲め!」


私もラグに座ってアレスが渡してくれた酒を飲む。


「バーナビーは素敵な王様ね」

「そうだ!臆病になっていたがな……バーナビーというのか!バーナビーは良き世界に協力してくれる!」

「“薄い”から?」

「恐ろしいな!」


快活で楽し気な声音を出しながら、「恐ろしい」と素直に口に出すアレスは、うん、単純馬鹿だ。

私の魂を見れば、皆、母だと気づく。

けれど今の私は魂を隠し、魔人のように見せている。見せてはいるけれど、魂をぼやかすというか、認識阻害のような力を施しても、粗が目立ちあまり役には立たない。

でもまあ、アレスみたいな子には通用するだろう。

そもそもいちいち魂を、じっ……、と見ることもないからね。

それでもぱっと見は変なんだけどね。可愛いな。おい。


そんなアレスは怖がっている。


世界の消滅を。


人間世界は必ず消滅する。

誰かが世界に魔力を上書きし、敷き詰めたとしても、消滅を“遅らせる”ことはできても、消滅は逃れられない。

世界を形成している私の基礎となる力が薄くなっていくからだ。

それは私にも回避できないことの一つ。


アレスは初めて体感したのだろう。


世界が薄まり、消滅を、その時を意識した。


「バーナビーは今までも幸福だったのよ」

「それなら良い!」


そして私の結論の答え合わせをするために、口を開いた。


「大丈夫、必ず私がバーナビーを幸福に導くわ。私の使命である、バーナビーを幸福へと導き、アレスが愛するバーナビーに降りかかるであろう厄災を必ず払ってみせる」

「失敗は許さん」


もちろんよ。と、口を開こうとしたけれど、アレスの方が早かった。


「愛し子であるバーナビーのために生き、死ね」

「当然ね」


私の出した結論の証明は、ここにいる者たちが聞き届け、証明された。

私が読んだ本には、天使は王の元へ必ずしも降臨するわけではないとの持論が展開されていた。

確かに合ってはいる。

だが、アレスは世界を、国を、広く見ている。

一人一人を見ているわけではなく、国単位で判断するのだ。

たとえ国がアレス好みにさせていなくとも、神のために尽力した者の功績で好みの国が出来上がっていたら、アレスは国王となっている者が好ましい世界を維持してくれた、と思うのだろう。

好みの国になった場所を盗み見、どれが君主なのかを確認し、その者へ愛を覚える。

きっと国なんて存在すら理解していなかったアレスは、天使降臨の部屋を作った際に、王とはなんたるかを学んだんだろう。


「建物が古くて可愛くないの」

「なんだ?」

「アレスが天使降臨に使う部屋が邪魔で建て直せないのよ」

「壊せばいいだろう」

「そうしたらアレスはいつ気づくのよ」

「なんだ?」

「また新たに部屋を作ってくれないと、次の天使が来れないじゃない」

「ん?場所は国々に作らせたぞ?」

「人間に?」

「それ以外何がある?」


だよね。


「あの場所さえ空けておけば、次の天使もその場で降臨する?」

「そうだと言っただろう?」


それはね、大昔の人間に伝えた言葉であって、今の人間たちは分からないと思うな?


「私は来たばかりだから分からないもの」

「そうだったな!場所は把握してある!好きにしたらいい!」

「ありがとう、せっかくだからバーナビーと飲まない?」

「いいな!来い!愛し子よ!」

「っっ~~~、あ、あり、ありがとうっ、ございます!」

「いい!いい!」


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