訪問介護に行ったら自称殺人犯がいた

ティラノ伍長

第1話

いつも通りに訪問介護をしていた、ある日のことだった。

高橋(仮称)というおじいさんがひとり暮らししている自宅――ワンルームに入ると、知らない男がいた。


体に模様の入ったおじさん。

銀髪で、少し中年太り。日焼けした黒い肌に、カラフルな模様がちらほらと見える。


先週、ケアマネ(ケアマネージャー)と一緒に訪問した時には、いなかった男だ。

その男は、部屋の奥でパンイチのまま座っていた。


(……もしかして)


そう思いながらも、何も気づいていないふりをして声をかけた。


「はじめまして。ティラノ伍長です。よろしくお願いします」


「俺は佐藤(仮称)だ。よろしくな」


パンイチのまま、観察するような視線。

視線が、こちらから離れない。


気になりつつも、できるだけ見ないようにして高橋さんに向き直る。


「おはようございます。支援に来ました。よろしくお願いします。

今日は何からやりましょうか?」


そうして、いつも通り支援を開始した。


支援内容は家事支援。

調理、掃除、洗濯など、日常生活の手助けだ。

この日は調理・掃除・洗濯で一時間。まずは洗濯からだった。


洗濯機は外に置かれており、室外機の上には洗濯物が山のように積まれていた。

雨に打たれたのか、どれもびちょびちょだ。


夏場だったせいか、ジェルボールタイプの洗剤は溶けてくっついている。

慎重にはがし、そのうちの一つを使った。


洗濯機はボロボロだったが、なんとか電源が入り、回すことができた。


洗濯を回したことを伝えると、メモとアイラップに入ったお金を渡され、買い物を頼まれる。

買い物代行は、よくある支援の一つだ。


ただ、そのメモが気になった。

震えるような殴り書きで、かろうじて読める字。


契約時に名前を書くのを見ていた。

それと比べて、字が違う気がした。


――気のせいだろう。


そう思い直し、内容を確認する。

利用者によって使えない物、食べられない物があるため、確認は必須だ。


「トイレットペーパーはシングルですか? ダブルですか?」

「おにぎりは何の具がいいですか?」

「醤油はこのサイズで、濃口でいいですか?」


くどいと思われるかもしれない。

だが、生活の細部は本人に聞くしかない。

お金は利用者のものだ。無駄遣いにならないためにも必要な確認だった。


確認を終え、近くのスーパーへ向かう。

メモと照らし合わせながら買い物を済ませ、二十分ほどで戻った。


インターホンは壊れているようだった。

(佐藤が帰ってくれてたらいいな)

そんな淡い期待を抱きつつ、ノックをして扉を開ける。


……残念ながら、佐藤はまだいた。

シャワーを浴びたのか、体が濡れている。


買ってきた品を一つずつ確認しながら渡す。

佐藤は部屋の奥で、それをじっと見ていた。


確認が終わり、普段なら掃除や昼食作りに入るのだが、断られたため洗濯が終わるまで話すことになった。


利用者は、どんな人が来るのか不安を抱えていることが多い。

少し話をして信頼関係を築くのは、よくあることだ。


高橋さんと話そうとすると、佐藤が横から割り込んでくる。


「にぃちゃん、いい体してるな。なんかやってるのか?」


「プロレスラーをしています」


そう答えると、驚いたように体を触ってきた。

触って確かめるように、何度も。


「俺も格闘技やっててよ。昔、チャンピオンだったんだ」


そう言って、ベルトを持った写真を見せてくる。


結局、その日は高橋さんとほとんど話せなかった。

佐藤の格闘技の話を、ただ聞き続ける一時間だった。


それが気に入られたのか、帰り際に言われた。


「またな!」


――またな?


その言葉が、なぜか耳に残った。


高橋さんとの関係性を聞く間もないまま、

その日は、その家を後にした。

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