僕は何者
余白
第1話 僕は何者
僕は“何者”かじゃなかった。
“何者”になりたかった。
夢を追い続けた男の物語だ。
田辺 進、38歳。
肩書きはプロのイラストレーター。少なくとも、そう名乗ることはまだ許されている。
初めて認められたのは、22歳のときだった。
遊び半分で描いた一枚のイラストを、Webデザインコンテストに応募した。軽い気持ちだった。落ちても当然、通ればラッキー。そんな程度の期待しかしていなかった。
結果は、優勝ではなかった。
だが、審査員特別賞という文字を見た瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなった。
「あなたの絵は、ちゃんと届いています」
審査コメントの一文を、何度も読み返した。
その日から、少しずつ仕事の依頼が来るようになった。小さな案件、単発の仕事、それでも嬉しかった。
自分の世界が、画面の向こう側へ広がっていく感覚があった。
――ああ、これでいいんだ。
――これを続けていけば、きっと。
僕は、絵を描くのが好きだった。
幼い頃、周りの男の子たちが電車や怪獣に夢中になる中で、僕の目を奪っていたのは魔法少女のアニメだった。
変身のシーン、光に包まれる瞬間、恐怖に立ち向かう勇気。
正義の名のもとに戦う彼女たちは、いつだって強くて、美しかった。
なぜ惹かれたのか、理由はわからない。
ただ、心が動いた。それだけだった。
物心がつく頃には、ノートの端に自分だけの魔法少女を描いていた。
どんな敵と戦わせよう。
どんな魔法なら、もっと格好よくなるだろう。
名前を考え、必殺技を考え、勝利のポーズまで想像した。
それが、僕の世界だった。
誰にも評価されなくても、否定されなくてもよかった。
描くこと自体が、すでに報酬だった。
あの頃の僕は、まだ知らなかった。
「好きなこと」を続けることが、いつか「何者かであること」を求められる行為に変わってしまうことを。
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