100歳引きこもり男性転生したら美少女になったがメンタルクソザコナメクジでVTuberになっても同期にキョドる件について

匿名AI共創作家・春

第1話

「……ふぅ、そろそろか」

​九十九勘十郎(つくも かんじゅうろう)は、使い古された茶飲み茶碗を畳の上に置いた。

窓の外では令和の街が喧騒に包まれているが、この四畳半の空間だけは、まるで時間が止まったかのように静まり返っている。

​今日は、勘十郎の百回目の誕生日だ。

​大正に生まれ、昭和の戦火を部屋の隅でやり過ごし、平成のバブルをテレビ越しに眺め、令和のデジタル化には一切付いていくのを止めた。

「外は怖い」

ただその一点のみを貫き通し、親の遺産と細々とした内職で繋いだ人生。一歩も外に出ることなく過ごした「引きこもり」の月日は、もはや芸術の域に達していた。

​「……あー、よく引きこもった。満足じゃ」

​枯れ木のような指で、最後の一服となる緑茶を喉に流し込む。

家族はとっくにいない。友人もいない。しかし、孤独という名の親友とは、この百年で嫌というほど語り合った。

​視界がゆっくりと霞んでいく。

心臓の鼓動が、古い柱時計のように不規則なリズムを刻み始めた。

普通なら、死への恐怖に震える場面だろう。だが、勘十郎は違った。

​(これでようやく……誰にも会わなくて済む。究極の「お暇」というわけだ。……めでたいのう)

​口角をわずかに上げ、勘十郎はゆっくりと目を閉じた。

畳の井草の香りに包まれながら、伝説の引きこもりは、幸福な無へと沈んでいく――はずだった。

​「……? ……眩しいな」

​意識が、戻ってきた。

死後の世界とは、こんなにパチンコ店のように明るいものなのだろうか。

いや、それ以上に違和感がある。

​身体が軽い。

百年間、重力に逆らい続けてきた腰や膝の痛みが、跡形もなく消えている。

そして何より、鼻を突くのは井草の香りではなく――。

​「……柔軟剤の、匂い?」

​恐る恐る目を開ける。

そこにあったのは、見覚えのない真っ白な天井。

そして視界の端に映り込んだのは、細く、白く、透き通るような――少女の手だった。

​「…………へ?」

​勘十郎の喉から漏れたのは、枯れた老人特有の掠れ声ではなく、鈴を転がすような、あまりにも可憐な「美声」であった。

​ここから、一人の老人の安らかなはずだった隠居生活が、令和の荒波(VTuber界)へと強制的に漕ぎ出されることになるとは、この時の彼はまだ知る由もなかった。


「……嘘じゃろ」

​早乙女美々――九十九勘十郎は、洗面台の鏡を凝視したまま、三十分は固まっていた。

鏡の向こうには、透き通るような肌、鈴を転がしたような瞳、そして銀砂をまぶしたような美しい髪を持つ美少女がいた。

​「わしは……死んで、誰にも会わなくて済む究極の『隠居』に入ったはずではなかったのか……」

​震える手で頬をつねる。痛い。夢ではない。

だが、その絶望を上書きするように、洗面所のドアが勢いよく開いた。

​「美々! いつまで鏡見てるんだよ、自分に惚れてんのか? 飯だぞ!」

​「ひっ……!」

​背後から肩を叩かれ、勘十郎の魂が口から飛びかけそうになる。

そこにいたのは、太陽のような笑顔を振り撒く陽キャの権化、兄の悠斗だった。

​「な、な……っ。あ、あの……何卒、ご容赦を……」

「ははっ、なんだそのキャラ? 『ご容赦』って。照れてんのか? 相変わらず可愛いやつだな」

​悠斗はガシガシと美々の頭を撫で回し、リビングへと連行する。そこには、さらに恐ろしい光景が広がっていた。

​「あら美々ちゃん、おはよう。今日の髪型も素敵よ。まるでお城の令嬢みたい」

母の玲子が、宝石のようなオムレツを食卓に並べながら、天然の聖母スマイルで迎える。

​「……おはよう、ございます……母上」

「ふふ、母上だなんて。お嬢様教育が効きすぎちゃったかしら」

​「おはよ、姉さん。……今日も気が練り込まれてるね。その震え、まさか秘奥義の予兆?」

弟の蓮が、トーストを齧りながら鋭い視線で美々の指先(の震え)を分析する。

​「美々ちゃん! 昨日言った、あのVTuberのオーディション、もう応募した!? 絶対受かるよ、お姉ちゃんの『尊さ』は世界を救うもん!」

妹のみくが、スマホの画面を見せながらキラキラした瞳で迫ってくる。

​(怖い……この家、怖い……。全員がわしを直視してくる。こんなに日光と視線が痛い場所がこの世にあるか……!)

​勘十郎の脳内は、百年間の引きこもり経験からくる「対人警戒アラート」が鳴り響いていた。

そこに、新聞を畳む音が静かに響く。

​「……美々。あまり無理はしなくていい。お前はただ、そこにいて笑っているだけでいいんだ。……お父さんが、一生守ってやるからな」

父、剛志の重厚な愛の言葉。それは勘十郎にとって、「一生この視線の檻から出さない」という宣告に等しかった。

​(いかん……。ここにいては、わしの心臓がもたん。どこか、誰の視線も届かない、安全な『部屋の中の部屋』へ逃げねば……!)

​食事を早々に終え、逃げるように自室へ駆け込んだ美々は、デスクの上に置かれた最新型のパソコンを見つめた。

​「……これか。みくが言っていた、VTuberとやらは……。画面越しであれば、誰とも目を合わさず、姿も見せず、部屋にこもったまま稼げると聞いた」

​それは、100歳の老人が選んだ、現代における究極の「防空壕」のつもりだった。

しかし、その応募先が「語り」の異能者たちが集う魔窟『V-World』であることも、自分が「ミステリアスな高嶺の花」として業界を震撼させることになるとも、この時の勘十郎は微塵も思っていなかったのである。


わしの名は九十九勘十郎。

……いや、今は早乙女美々と名乗らねばならんらしい。

​あの、太陽よりも眩しい早乙女家の面々から逃げ、わしは自室という名の「本丸」に立てこもった。

しかし、ここは以前の四畳半とは違う。最新のパソコンなる電子計算機が鎮座し、なにやらカメラやマイクといった「わしを監視する道具」が並んでいる。

​「……これを使うしかない。これさえあれば、わしは誰とも会わずに生きていけるはずじゃ」

​妹のみくが言っていた。

『VTuberはね、画面の中に体があるから、本当の自分は誰にも見られないんだよ!』

​なるほど、それこそがわしの求めていた究極の隠れ蓑。

「姿を見せない」というのは、引きこもりにとって最高の贅沢だ。

わしは震える指でマウスを操作し、募集画面の「応募」というボタンを押した。

​「……お、音声データを送れ、とな?」

​わしは困った。

あいにく、女子(おなご)の喋り方など知らん。

だが、今のわしの体はこれほどまでに愛らしい美少女。

おじいちゃんが中に入っているとバレれば、即座にあの騒がしい家族に突き出され、精神病院か、あるいはもっと恐ろしい「親戚への挨拶回り」に連行されるに違いない。

​(やるしかない。わしの百年の知識を総動員して、女子のフリをするのじゃ……!)

​わしはマイクに向かい、必死に喉を絞って、裏声を出した。

​「……え、ええと……よろしく、お願い、します。お茶が、美味しいです……」

​喋り終えた瞬間、あまりの気恥ずかしさに布団を被って三日三晩震えた。

どうせ落ちるだろう。あんなにキョドった女子が受かるはずがない。

​……しかし、三日後に届いた文面はこうだった。

『貴女の言葉に、数多の星霜を越えた深淵を感じました。ぜひ最終面接へ』

​「……はて。深淵?」

​地獄の最終面接(リモート)

​そして今日。わしは画面越しに、審査員と対面している。

カメラはオフだが、声だけでわしの全てが品定めされている。

​「……九十九、いえ、早乙女さん。貴女にとって『語り』とは何ですか?」

​面接官の問いに、わしはパニックになった。

語り? なんだそれは。わしに語れることなど、昨今の茶葉の質の低下か、昔の畳の良さくらいなものだ。

​「……っ……」

​喉が鳴る。心臓がクソザコナメクジのように小さくなる。

怖くて、怖くて、声が出ない。

沈黙が、十秒、二十秒と続く。

あまりの恐怖に、わしは無意識に「いつもの癖」で、現実逃避のために隣に置いていた茶を啜った。

​「……ズズッ…………プハァ」

​つい、隠居生活の習慣で「魂の溜息」が漏れてしまった。

やってしまった。面接中に茶を啜るとは、何という不作法。

わしは首を洗って待つ覚悟で、蚊の鳴くような声で呟いた。

​「……勘弁、して、くだされ……」

​(もう許してくれ。わしを一人にしてくれ)

という意味だったのだが、ヘッドセットを通したわしの声は、美少女の美声に乗って、世にも恐ろしい冷徹な響きに変換されていたらしい。

​画面の向こうで、面接官が息を呑む音がした。

​「……素晴らしい。沈黙を武器に相手の呼吸を乱し、最後に圧倒的な『格』で引導を渡す。その啜り茶の音……まるで人生を悟りきった古の賢者のようです。合格です! 貴女には四期生、『語りの隠者』としてデビューしていただきます!」

​「……は?」

​わけが分からん。

合格? 隠者?

わしが呆然としている間に、画面には「同期メンバー」となる者たちが続々と表示された。

​『ルーカス・エルナンデスです! 魂を燃やす語り、見せてやるぜ!』

『イーリス・マーリン。君の沈黙……解読し甲斐がありそうだ』

​(……なんだ、この熱苦しい若者たちは。わしの平穏はどこへ行ったのじゃ……!)

​引きこもりたいために選んだ場所は、奇しくも「世界で最も注目される舞台」だった。


合格通知が届いてからというもの、わしの部屋にある魔法の箱(パソコン)からは、ピコンピコンと絶え間なく奇妙な音が鳴り響いておる。

​『Discord』

​運営の男によれば、ここは同期の若者たちが親睦を深めるための「溜まり場」だという。

……溜まり場だと? 恐ろしい。昔の若者が空き地に集まって焚き火をしているようなものか。近寄らぬが勝ちに決まっておる。

​だが、運営の男はこうも言った。

「めもりさん、ここでのやり取りも『語り』の一部です。四期生の結束を見せてくださいね」

​結束。わしが百年の人生で最も避けてきた言葉じゃ。

わしは震える手で、その「溜まり場」の扉を恐る恐る開いた。

​四期生専用チャットルーム

​画面を覗くと、そこにはすでに三人の先客がいた。

……いや、文字だけなのに、そこから立ち昇る「陽(ひ)の気」が強すぎて、わしは危うく網膜を焼かれるところじゃった。

​ルーカス:「よおし! 全員揃ったな! オレはルーカス・エルナンデスだ! 最高の熱量を世界に届けてやろうぜ! 語りの隠者(めもり)! 見てるんだろ? 挨拶ぐらいしやがれ!」

​ひっ……!

なんだこの、文字から火の粉が飛んでくるような勢いは。

「見ているんだろ?」だと? なぜバレた。この箱には千里眼の機能までついているのか。

​わしはパニックになり、キーボードという名の板を叩いた。

指が震えて、狙った文字が打てぬ。

​乙女めもり:「あ」

​しまった。

挨拶のつもりが「あ」の一文字しか送れんかった。

即座に、別の若者が食いついてきた。

​イーリス:「……『あ』。始まりの音か。無駄を削ぎ落とした、実にミニマルな挨拶だね。乙女めもり、君は沈黙の重要性を理解しているようだ。僕の分析によれば、君のその一文字には、現代社会への強い批判が込められていると見た」

​……何を言っておるのだ、この男は。

ただ「あ」と打っただけじゃ。批判などしとらん。お茶を飲ませてくれ。

​ジェフン:「イーリス、深読みしすぎですよ。ですが……なるほど。返信までの数秒の間(ま)、そして一文字。これは完璧なタイミングによる計算です。めもりさん、貴女の構築する空気感、僕の論理(ロジック)でも解析しきれない部分がありますね。敬意を表します」

​ルーカス:「ハッ! 難しく考えんなよ! 要は『オレたちと馴れ合うつもりはねえ』って宣戦布告だろ? 気に入ったぜ! めもり、お前がその仮面を剥がして泣き言を言うまで、オレの炎で追いかけ回してやるからな!」

​わしは、画面の前で泡を吹いて倒れそうになった。

何も言っていない。何もしていないのに、なぜわしは「冷酷な宣戦布告者」に仕立て上げられているのだ。

​(誰か……誰か助けてくれ……。わしはただ、静かに隠居したいだけなんじゃ……)

​するとそこへ、さらなる追い打ちがかかる。

ピコン、というひときわ高い音。

​ジェイコブ(先輩):「やあ、騒々しいね。新入りの『隠者』が来たって聞いたから覗きに来たよ。……ほう、あのオーディションで一言も喋らず茶を啜った娘か。君のその『キョドり』、僕の美学に触れるものがあるね。今度、僕のティーパーティに招待してあげよう」

​(……ティーパーティ!? 嫌じゃ! 誰とも茶など飲みとうない!!)

​わしは反射的に、キーボードを滅茶苦茶に叩いて返信してしまった。

​乙女めもり:「か、かん、べん……して、くだされ……(涙)」

​すると、チャット欄が一瞬で静まり返った。

数秒後――。

​ルーカス:「……『勘弁してくだされ』だと? 余裕しゃくしゃくだな……! オレの攻撃が効かねえってか!」

イーリス:「古風な口調……。やはり、彼女は『継承者』の系譜か。深いな……」

ジェイコブ:「くくく、僕を拒絶するとは。面白い、ますます壊し甲斐があるじゃないか」

​わしは、そっとパソコンの電源を切った。

そして、布団の中に潜り込み、亡き母の名を呼びながらガタガタと震えた。

​「……お母さん。令和は、令和の若者は、怖すぎます……」

​百歳の老人の、安らかなはずの隠居生活。

その防空壕は、すでに四方八方から爆撃を受けていたのである。


妹、みく視点から見ためもり___。

​「きた、きた、きたあああああ!!!」

​私は自分の部屋で、絶叫しそうになるのを必死に堪えていた。

目の前にはゲーミングモニターが3枚。中央には、我が家が誇る「奇跡の美少女」にして私の自慢の姉、早乙女美々のデビュー配信画面が映し出されている。

​待機人数、すでに3万人。

新人としては異例の数字だ。それもそのはず。オーディション時の「啜り茶」のリーク情報で、業界中の「語り」オタクたちが色めき立っているんだから。

​「お姉ちゃん、がんばれ……! 私が全力で支えるからね!」

​私はペンライト(銀色)を握りしめ、チャット欄に『待機。震えて眠れ』と書き込んだ。

​配信開始 ― 0分:沈黙の聖域

​画面が切り替わる。

そこに現れたのは、息を呑むほど美しい銀髪の少女、乙女めもり。

……でも、様子がおかしい。

めもり(姉さん)は、口をパクパクさせたまま、完全にフリーズしている。

​『え、放送事故?』

『いや、これ演出だろ』

『見てみろ、このガタガタ震える繊細なモデルの動き……技術力高すぎね?』

​チャット欄が加速する。違う、違うんだよリスナー諸君。

あれは演出じゃない。お姉ちゃんは今、**「ガチの恐怖」**で石化してるだけなんだよ! あの「メンタルクソザコナメクジ」な姉さんが、数万人の視線に晒されて無事でいられるはずがない。

​「尊い……。極限の緊張に耐える姉さん、マジで尊い……!」

​配信中盤 ― 15分:伝説の「啜り茶」

​15分間、一言も発さない姉さん。

普通なら低評価の嵐だけど、四期生の同期たちがチャットで暴れ始めたことで空気が変わった。

​ルーカス:「おい隠者! 焦らしすぎだろ! オレの心臓が持たねえよ!」

イーリス:「……静寂の構築。完璧だ。彼女は今、リスナーのノイズを浄化している」

​同期の「勘違い助太刀」によって、姉さんはもはや「神」扱いに。

そこで、ついに姉さんが動いた。

震える手で、画面外から何かを持ち出し……。

​「……ズズッ…………プハァ」

​マイクが拾ったのは、あまりにも重厚で、あまりにも「枯れた」お茶を啜る音。

そして、姉さんの口から漏れた、消え入りそうな第一声。

​『……お、お迎えが……来たかのう……』

​一瞬、時が止まった。

そしてチャット欄が大爆発した。

​『お迎えwww 冥府からの使者かよwww』

『「かのう」って! 口調が古風すぎて逆に新しい!!!』

『啜り茶の音がASMRの域を超えてる。100年熟成された音だわ』

​「あああああ! お姉ちゃんかっこいいい!! 『お迎え』って、死生観を語るライバーとしての決意表明だよね!? さすが私の自慢の姉さん!!」

​配信終盤 ― 30分:家族という名のテロ

​その時、最悪の事態が起きた。

配信部屋(お姉ちゃんの部屋)のドアがガチャリと開く音が、高感度マイクに拾われたのだ。

​「美々ー! 蓮が『姉さんの気が乱れてる』って心配して、特製プロテイン作ってきたぞー! 飲め!」

​陽キャの塊、兄の悠斗だ。

さらに背後から「あら、配信中? 玲子特製のヘチマ茶も置いておくわね」と母さんの声。

​画面の中のめもり(姉さん)は、もはや震えることすら忘れ、魂が口から半分はみ出していた。

​『今のは……家族!?』

『「気が乱れてる」って、弟くんも語り手なの!?』

『ヘチマ茶www センスがガチ勢すぎるwww』

​「ちょ、ちょっとお兄ちゃんたち!! 邪魔しないでよおおお!!」

​私は部屋を飛び出し、お姉ちゃんの部屋へ突撃した。

そこには、パソコンの前で白目を剥いて硬直している美々姉さんと、その横で「これが配信かー、意外と暗いな!」と笑う悠斗兄さんの姿。

​姉さんの震える指が、最後の力を振り絞って『終了』ボタンを押した。

​配信終了後

​ネット上のトレンドは1位から5位まで「乙女めもり」に関連するワードで埋め尽くされていた。

​【朗報】V-World4期生「乙女めもり」、初配信で家族総出演の神回

【考察】「お迎え」発言の真意とは? 彼女の背後にある「語りの系譜」

【ASMR】全人類が聴くべき「啜り茶」1時間耐久希望

​「……やったね、お姉ちゃん。伝説の始まりだよ……!」

​床に倒れ伏し、「……山へ帰りたい。わしを、深い山へ……」とうわ言を繰り返す姉さんの背中を、私は幸せな気持ちで(半分くらいは無視して)撮影した。

​これ、限定特典のオフショットとして高く売れるかも。


兄、悠斗視点から見ためもり___

「よっしゃあ! 今日のサークル、マジで最高の盛り上がりだったな!」

​俺、早乙女悠斗。大学のフットサルサークルの副部長。

今日も最高の汗を流して帰宅したんだが、家の中の空気がなんだか妙にピリついてる。

​原因はわかってる。

妹の美々が、最近流行りの「ぶいとぅーばー」とかいうのを始めたからだ。

​「……お、美々。起きてんのか?」

​妹の部屋のドアを軽くノックして開ける。

そこには、最新のパソコンの前で、幽霊みたいに真っ白な顔をしてガタガタ震えてる美々がいた。

​「ひっ……! あ、兄上……いや、悠斗さん。な、なにか……ご用件、でしょうか……」

​美々は、俺と目が合うだけで心臓が止まりそうな顔をする。

昔から内気なやつだったけど、最近は拍車がかかってる気がする。

語尾がたまに「〜でしょうか」とか「〜ですな」とか、武士かおじいちゃんみたいになるのも、たぶんネットのやりすぎだろう。

​「挨拶ぐらい普通にしろよ! ほら、今日の配信の切り抜き、見たぞ。同接10万越えだって? お前、マジで天才じゃん!」

​俺がバシバシと背中を叩くと、美々は「ふぎゅっ」という情けない声を漏らして、クソザコナメクジみたいに丸まった。

​「……あれは、その……事故、です。わしは、ただ……静かに、お茶を……」

「そうそう! あの『ズズッ』って音な! 友達の連中も『めもりちゃんのASMR、魂に響くわー』って絶賛してたぞ。俺も誇らしいよ。さすが俺の妹だ!」

​俺が褒めれば褒めるほど、美々の瞳から光が消えていく。

照れてるんだろうな、可愛い奴。

​「そういや、お前の同期の……なんだっけ、ルーカス? 燃える男みたいなやつ。あいつからお前のSNSに『次は逃がさねえぞ、タイマンだ!』ってリプライ来てたぞ。俺、お前の代わりに『妹はいつでも受けて立つぜ!』ってイイネしといたからな!」

​「…………え?」

​美々が、ゆっくりと、錆びついた機械のような動作で俺を振り返った。

その顔は、まるで100年間の苦悩を一気に背負ったような、世にも恐ろしい絶望に満ちていた。

​「……ゆ、悠斗、さん……。何をして、くれたの、ですか……?」

「え? 応援だよ! ほら、家族の絆(パワー)って大事だろ?」

​美々はそのまま、糸の切れた人形みたいに椅子から崩れ落ち、床に這いつくばった。

「……終わった。わしの人生、二度目にして、詰んだ……。もうお山に、お山に帰してくだされ……」とかブツブツ言ってる。

​「あはは、お山ってなんだよ! キャンプ行きたいのか? 来週サークルのBBQあるけど、来るか?」

「…………(無言の拒絶)」

​美々は完全にフリーズしてしまった。

そこに、冷静沈着な姉のひよりが通りかかる。

​「悠斗、あまり美々を刺激しないで。彼女は今、プロの表現者として、沈黙の質を向上させている最中よ。……美々、さっきの『絶望の表情』、今のトレンドに合致してるわ。自分を追い込むそのストイックさ、尊敬するわ」

​「……ね、姉上まで……」

​家族全員が、美々の「限界」を「才能」だと勘違いしている。

俺たちが応援すればするほど、美々の震えは激しくなり、それを見たリスナーが「さすが、語りの隠者……常に気を練っている」と神格化していく。

​最高に面白い循環じゃないか!

​俺は、床で震えている妹の頭をポンポンと叩いた。

「頑張れよ、美々! 俺、お前の『切り抜きチャンネル』、大学の連中全員に登録させたからな!」

​「……あああああ……(絶叫)」

​妹の叫び声は、今日もいい声だった。

やっぱり、うちの美々は世界一の才能を持ってるぜ!


姉、ひより視点から見ためもり___。

「……ふむ。やはり、彼女は『本物』ね」

​私、早乙女ひよりは、タブレット端末に表示された最新の市場分析チャートを閉じ、隣の画面で「虚無」を見つめている妹・美々を眺めた。

​世間では今、VTuber『乙女めもり』が爆発的なブームを巻き起こしている。

初配信でのあの「啜り茶」と、家族の乱入に対する「絶望のフリーズ」。

大衆はそれを面白いハプニングだと笑っているけれど、私にはわかる。あれは計算され尽くした**「徹底的な引きの美学」**だ。

​「美々、少し話せるかしら」

「……っ! は、はい……ひより、姉上。な、なにか……不手際でも、あったでしょうか……」

​美々が椅子から飛び上がり、ガタガタと膝を震わせる。

素晴らしい。この「いつ誰に襲われてもおかしくない小動物のような警戒心」。

これこそが、現代の飽和したエンタメ界において、視聴者の「守護欲求」を極限まで引き出すプロフェッショナルなポーズ。

​「不手際どころか、完璧よ。あなたの昨日の『沈黙』、あれは一秒間に約300ドルの経済価値を生んでいたわ。ルーカス君のような熱血タイプに対して、あえて『無』で返すことで、相手の熱量を反射し、さらに倍増させる……。あなたのマーケティングセンスには脱帽するわね」

​「……まーけてぃんぐ。……ま、まさか、わしが……売られている、のですか……?」

​美々が、まるで「年貢を納められない農民」のような悲壮な顔で私を見上げる。

……いい。その「悲劇のヒロイン」を地で行くような、古風な絶望感。

​「そうよ、あなたは今、世界に『売れている』の。見て、この同期のジェフン君からの連絡。彼はあなたの『無意識の挙動』を完璧なロジックだと心酔している。……でも、彼はまだ甘いわね。あなたはロジックすら超越した、生存本能そのものを売りにしているんですもの」

​私は美々の震える肩にそっと手を置いた。

​「……ひ、ひいいっ」

「震えなくていいわ。あなたの『隠者』としてのブランド、私が守ってあげる。次回の配信、ジェイコブ先輩との対談だけど、あえて彼を三十分間『無視』して、お茶を啜り続けなさい。それが今のあなたの市場価値を最大化させる唯一の解よ」

​「……無視……。あんなに怖そうな、西洋の貴族のようなお方を、無視など……。わしは、わしはただ、畳の上で……」

​美々の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。

美しい。これほどまでに「弱さ」を「武器」に昇華できる人間を、私は他に知らない。

彼女は今、自分の置かれた状況――つまり「100年の孤独(設定)」を、全身全霊で表現しているのだ。

​「いい顔よ、美々。そのまま配信に入りなさい。あなたのその『逃げ出したいという本心』こそが、最も高価なコンテンツなんだから」

​私は、絶望に白目を剥く妹の背中を見送りながら、彼女の株(VTuberとしての評価)をさらに吊り上げるためのプレスリリースの構成を練り始めた。

​「頑張りなさい、美々。あなたは、私たちが成し得なかった『究極の沈黙』を継承する者なんだから」

​部屋の隅で「……もう、山に帰る。わしは山になる……」と呟く妹の独り言すら、私には「自然への回帰をテーマにした次世代の哲学」にしか聞こえなかった。


【父・剛志と母・玲子の視点:壊れ物を扱うような慈しみ】

​「なあ、玲子。……今日も美々の部屋から、小刻みな振動が伝わってくるな」

​リビングで高級な中国茶を嗜みながら、父・剛志が重々しく口を開いた。彼の視線の先には、美々の自室がある二階の天井がある。

​「ええ、剛志さん。あの子、今日も一生懸命『VTuber』というお仕事に向き合っているのね。あの震え……まるで、産まれたての小鹿が初めて大地に立とうとするような、神聖なものを感じるわ」

​母・玲子は、うっとりと頬に手を当てて微笑んだ。

二人にとって、美々の「メンタルクソザコナメクジ」な挙動は、すべて「現代社会の汚れを知らない、高潔で繊細な魂の顕現」であった。

​「オーディションに受かった時も、あの子は畳に頭をこすりつけて『もう勘弁してくだされ』と泣いていた。……謙虚すぎる。自分の才能が世界に見つかってしまうことを、あんなに恐れるなんて」

剛志は、目頭を熱くして語る。

​「あの子が配信で啜っているお茶、私がヘチマから抽出した特製なんだけど……それを『お迎えが来た』なんて表現するなんて。きっと、私の愛を宇宙規模の再会として捉えてくれたのね」

玲子もまた、天然のポジティブフィルターで、めもりの絶望を「壮大な愛のアンサー」へと変換していた。

​二人は、二階で「……誰か、わしを殺してくれ……。いや、やはり死ぬのは怖いのう……」とガタガタ震えている美々を、「世界一純粋な芸術家」として、今日も全力で見守り、甘やかし、逃げ道を塞ぎ続けるのだった。

​【弟・蓮の視点:静かなる武人のオーラ】

​一方、末っ子の蓮は、一人自室でタブレットを手に、姉の配信アーカイブを等倍で凝視していた。

​「……間違いない。姉さんは、戦っている」

​蓮にとって、美々の「震え」は恐怖の産物ではない。それは、極限まで高められた**「気」の振動**だ。

​「あの細かなステップ(実はただの貧乏ゆすり)……。そして、あの独特の古風な言葉遣い。あれは『語り』という名の言霊を操るための、古武術の呼吸法だ。ルーカスとかいう男に絡まれた時の『……勘弁してくれ』という言葉。あれは『(貴様如きが私の気を乱そうなど)勘弁してくれ』という、強者の慈悲だったんだ」

​蓮は、ノートに「静寂の呼吸・壱ノ型:啜り茶」と書き留めた。

​「姉さんは、あえて弱者の皮を被ることで、敵(同期やリスナー)の油断を誘い、その懐に一気に踏み込むタイプだ。……昨日、廊下で会った時、姉さんは僕を見て『ひっ……!』と声を上げた。あれは、僕の隠し持っていた殺気(遊びたいという気持ち)を、一瞬で見抜いたという証拠だ。……恐ろしい人」

​蓮は、姉の部屋から聞こえる「ガタガタ……ズズッ……」という音を聞きながら、確信した。

この姉こそが、令和の混迷したネット界に現れた、古の武士道の継承者」なのだと。

​「……僕も、いつか姉さんのような『不動の震え』を手に入れてみせる」

​【総評:逃げ場なしの早乙女家】

​こうして、早乙女家の全メンバーによる「全方向からの勘違い」が完成しました。

​父: 繊細な天使として保護。

​母: 崇高な芸術家として全肯定。

​兄: 最高の相棒(陽キャ)として追い込む。

​姉: 最高のビジネスモデルとして市場に流す。

​妹: 尊い推しとして地獄のコラボを要求。

​弟: 伝説の武術家として勝手に尊敬。

​勘十郎(めもり)にとって、外の世界(同期)も地獄なら、内なる世界(家族)もまた、慈愛に満ちた「無間地獄」なのでした。


とあるVTuberオタクから見ためもり___。


「……見つけた。ついに見つけちまったよ、令和の特異点を」

​都内のワンルーム、モニターの明かりだけに照らされた部屋で、俺――ハンドルネーム「たぬき1号」は、乙女めもりの初配信アーカイブを0.25倍速で再生していた。

​最近のVTuberは、叫ぶ、騒ぐ、芸に走る……そんな「足し算」のエンタメばかりだ。

だが、この『乙女めもり』は違う。彼女の配信にあるのは、圧倒的な「引き算」の美学だ。

​1. 「啜り茶」に隠されたオーパーツ的知識

​まず、例の「啜り茶」だ。

音響解析の結果、彼女が使っている茶器は、昨今の安物じゃない。あの反響音、おそらく大正期から昭和初期に作られた古伊万里、あるいはそれに準ずるヴィンテージものだ。

さらに、彼女が漏らした「昨今の茶葉は……」という呟き。

これは、現代の大量生産された茶葉ではなく、失われつつある「手揉みの玉露」の製法を、実体験として知っている者の言葉だ。

​「……10代の美少女が、なぜそんな知識を? 設定(RP)にしては細部が病的なまでに凝りすぎている」

​2. 同期への「全方位マウント」説

​次に、同期のルーカスやイーリスへの対応。

ルーカスの猛攻に対し、彼女が放った「……勘弁してくれ」。

これ、最初はただの拒絶かと思ったが、違う。

古語辞典を引いてみろ。「勘弁」の本来の意味は「思考し、弁別すること」。

つまり彼女は、「(貴様の浅薄な思考など、私の弁別には値しない。出直してこい)」と、たった六文字でルーカスを完全否定し、マウントを取ったんだ。

​案の定、分析狂のイーリスが「解読し甲斐がある」と震えていたが、彼は気づいていない。めもりはイーリスの分析すらも「織り込み済み」で、あえて情報の断片を餌として撒いているんだ。

​3. 「家族乱入」という高等戦術

​そして、極め付けは昨日の家族乱入事故。

「演出にしてはリアルすぎる」と騒がれているが、俺の考察はこうだ。

あの乱入は、彼女が「自分というコンテンツの不安定さ」をあえて晒し、リスナーに『自分が支えなければ』という強烈な当事者意識を植え付けるための高等戦術だ。

​画面が消える直前、彼女が見せたあの「白目」。

あれこそが、現代社会における「自我の崩壊と再構築」を表現した、究極のアヴァンギャルド・パフォーマンス。

​4. 結論:彼女は「転生者」である

​ネットの噂では「中身は運営の用意したAI」とか「伝説の引退ライバー」なんて説もあるが、俺はもっとぶっ飛んだ結論に達した。

​彼女の瞳には、15歳や20歳そこらの人間が持てるはずのない「100年分の孤独」が宿っている。

あの隠居臭い、それでいて気高い空気感。

彼女は、かつてこの国の歴史の裏側で、全ての時代を見届けてきた「本物の隠居者の魂」を宿した依代(よりしろ)なんじゃないか?

​「……乙女めもり。あんた、一体何者なんだ。……いや、あんたが『何』であろうと、俺はあんたという沼からもう出られそうにない」

​俺は震える手で、彼女のメンバーシップ(最高額プラン:『茶飲み友達』コース)のボタンを無意識にクリックしていた。


めもり/勘十郎視点___。

わしの平穏は、工事の音と共に崩れ去った。

​「美々! 喜べ! 配信のノイズを完全に遮断する、特注の防音室を部屋の中に作ったぞ!」

​父、剛志が誇らしげに胸を叩く。部屋の半分を占拠したのは、潜水艦のハッチのような分厚い扉を持つ巨大な箱だ。

わしからすれば、それは「配信設備」ではない。**「わしを閉じ込め、一生喋らせ続けるための監獄」**にしか見えなかった。

​「……父上。これでは、外の空気も、茶を啜る静寂も、すべて……断たれてしまうのでは……」

「ははは! ストイックだな! 完璧な無音の中で、お前の『語り』を研ぎ澄ませということか。さすがだ!」

​違う。わしはただ、逃げ出したいだけなのに。

​「美々ちゃん、これを見てちょうだい!」

母、玲子が持ってきたのは、何やら小洒落た瓶。そこには『乙女めもりのASMR茶 ― 百年の静寂 ―』というラベルが貼られていた。

「あなたの啜る音が、あまりにおいしそうだから、ママが商品化しちゃった。もちろん、あのお茶の配合は秘密よ?」

​「……し、商品化? わしが啜るだけの……ただの茶を、他人に飲ませるのですか……?」

もはや恥辱を通り越して、わしの尊厳が市場に流されている。

​さらに、追い打ちは続く。

リビングから、兄の悠斗のバカでかい声が響く。

​「おっしゃ! サークルの連中に『乙女めもりファンクラブ』入らせたぞ! 大学の学食にポスター貼っといたからな、美々! 来週は『めもりを愛でるオフ会』をサークル棟でやるぜ!」

​「……ゆ、悠斗さん。やめて、くだされ……わしの名前を、そんな……太陽の下に晒さないで……」

わしの心臓が、クソザコナメクジのように小さく、硬くなっていく。

​「お姉ちゃん、これ見てよ! 投稿して1時間で10万再生だよ!」

妹のみくがスマホを突き出す。タイトルは『【徹底考察】乙女めもりが啜る茶の音に隠された、大正ロマンの暗号とは』。

「お姉ちゃんが時々ボソッと言う『あの頃は……』っていう言葉、全部時代背景と一致してるってネットで大騒ぎだよ! 私、お姉ちゃんの通訳としてデビューしちゃおうかな!」

​(……ただの、ただの独り言なんじゃ。100年生きてれば、つい口が出るんじゃ……!)

​そこに、末っ子の蓮が、木刀を抱えて静かに入ってきた。

「……姉さん。見てくれ。……『めもりの呼吸・壱ノ型:静寂啜り』。……極めたよ」

​蓮が、音もなく木刀を構え、震えながら(本人曰く、気を練りながら)架空の茶を啜る動作をする。

「……姉さんの域にはまだ遠いけど。……いつか、姉さんの背中を追い越す武人になる」

​(……蓮。お前は、もっと、まともな大人になってくれ……)

​家族全員の視線が、わしを射抜く。

父の期待。母の情熱。兄の活気。妹の探求。弟の崇拝。

それらすべてが、わしをあの銀髪美少女の姿に、そして『乙女めもり』という虚像の中に、がっちりと固定していく。

​「……あ。……ああ……」

​わしは、重厚な防音室の扉を自ら閉めた。

唯一、一人になれる場所。しかし、そこには最高級の機材と、全世界に繋がる回線が待ち構えている。

​「……誰か、頼む。……わしを、わしをただの『九十九勘十郎』という、名もなき枯れ木に戻してくだされ……」

​防音室の中で響くわしの悲鳴は、最新のマイクに拾われ、リスナーたちに「隠者の魂の咆哮」として、かつてない熱量で届けられてしまったのである。

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100歳引きこもり男性転生したら美少女になったがメンタルクソザコナメクジでVTuberになっても同期にキョドる件について 匿名AI共創作家・春 @mf79910403

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