たけるからの連絡
演技が終わり、画面に点数が表示される。
歓声が少し遅れて、部屋に流れ込んできた。
「やっぱり強いねぇ」
母の声を背中で聞きながら、あゆみは立ち上がった。
「私、先にお風呂入るね」
そう言って居間を出る。
テレビの音は、扉を閉めても完全には消えなかった。
湯船に浸かっても、頭の中にはリンクがあった。
白い氷。冷たい空気。刃が氷を削る音。
もう何年も滑っていないのに、身体はまだ覚えている。
——忘れられるほど、遠くない。
風呂から上がり、部屋に戻る。
パジャマに着替えて、ベッドに腰を下ろした。
スマートフォンを手に取る。
特別な理由はない。ただ、いつもの癖だった。
画面が点灯し、通知が一件、表示される。
知らない名前じゃない。
でも、今ここで見るとは思っていなかった名前。
【たける】
指が、一瞬止まる。
大学スケート部時代の、二つ下の後輩。
練習後にリンク脇で話した、何気ない時間。
シングルでは強化選手入りするほどのエリート。
胸の奥が、かすかにざわついた。
メッセージを開く。
「あゆみさん、一緒にペアやりませんか?」
——は?
思わず、画面を見直す。
既読の表示も、送り主の名前も、間違っていない。
送る相手、間違えてない?
それとも、何かの冗談?
あゆみは、スマホを握りしめたまま、動けずにいた。
彼と自分の立場の差は、よく分かっている。
私は、全日本に出るのもやっとだった無名選手。
彼は、世界を狙える場所にいた人。
——なんで、私?
ベッドの脇に置いた古いバッグに、視線が落ちる。
その中には、もう履かなくなったスケート靴が入っていた。
あゆみは、まだ返事を打たなかった。
ただ、そのメッセージを消さずに、画面を閉じた。
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