豊作すぎた町
河村 恵
第1話
その町・平沢は、一夜にして人が消えたという。
時おり、やってくる隣町の人々は、
人を見たような気がする、けれども、すれ違うとすっと消えてしまうと口を揃えて話す。
そんな幽霊のはびこる町へ、隣町から次々と人がやってきては、決まって蔵に入っていき、米俵をかかえて逃げるように帰っていく。
足元にもやもやとした絵柄のようなものを見た者もいる。異様な光景を確かめる余裕はなかった。
平沢は、その年、かつてないほどの豊作だった。米は実り、穂は重く垂れ、蔵が満ちていった。
例年なら喜びの声が上がるはずだったが、その年、町人たちは困惑していた。
異常なまでの豊作で、米を収める場所が、もうなかったのだ。
蔵は限られている。
空き家を使い、寺の納屋を借り、それでも足りず、家の中にまで米俵が積まれた。
ある者は床がきしみ、ある者は家の壁がゆがんだという。
一部の道にはうず高く積まれ、町は混乱し、人々は肥えていった。
だが、近隣の町は不作続きだった。
そこにつけこむかのうように町の長は高値で売り付けたが、無論、不作続きの町に払える金は残っていなかった。
米は守られ、最後まで残った。
町の長はお触れをだした。
ー米の余剰を解決した者には、相応の褒美を与える。ー
金でも、土地でも、望むものを与える、と。
数日後、旅の男が現れた。
年齢は分からない。
痩せているが貧相ではなく、声は低く、感情を感じさせなかった。
男は、自分について多くを語らなかった。
「厚みを、減らすのはどうでしょう」
その言葉の意味を、誰もすぐには理解しなかった。
男は米俵に手をかざした。
すると、俵は形を保ったまま、紙のように薄くなった。
男が「戻す」というと、紙に書いたような米俵が一瞬で豊かな米俵に戻った。
町人たちは息を呑み、やがて歓声を上げた。
男は次々と米俵を薄くしていった。そして、必要な時に元に戻してくれた。
「危機は去った」
町の長は声高らかに宣言した。
男の力は、疑いようもなく、町を救った。
だが、約束の褒美は渡されなかった。
ただ感謝の言葉を言われただけだった。
男は何も言わず、町の小高い丘に登り、町を見渡した。
そして、町中の米を一瞬で戻した。
平らだった米は、元の厚みを取り戻した。
蔵は再び満ち、床はきしみ、壁は悲鳴を上げた。
そして、その夜恐ろしいことが起きた。
町の人々が一様に、紙のように薄くなった。
叫ぶ暇もなかったのだろう。
一瞬の出来事だった。
お互い、正面からは見えるが、横からは薄過ぎて気付けない。
目の前にある米さえも食べられず、立っていられなくなる者はある者は道や、蔵の床に張りついたりもした。
やがて、飢えた人々がやってきた。
彼らは米を運び、薄くなった町人を踏みしめ、去っていった。
足元にあったものが、かつて人だったことを知る者はいなかった。
こうして、平沢は滅びた。
災いによってではない。
戦によってでもない。
豊かな町が滅びたのは、欲だった。
豊作すぎた町 河村 恵 @megumi-kawamura
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