第1話第一部|世界は折れを内包して始まった 第一章|無相域N・Sと世界母胎

第一部|世界は折れを内包して始まった

役割:世界観の“土台”を、断定ではなく“保持条件”として提示する。


第一章|無相域N・Sと世界母胎

章の問い

• 世界はなぜ「完全」になれないのか。

• 完全でないことが、なぜ欠陥ではないのか。


神話語本文(語り部記)

世界は、最初から完全ではなかった。
──この一句を、誤解してほしくない。

「完全ではない」とは、壊れているという意味ではない。
「完全ではない」とは、欠陥があるという意味でもない。

それはただ、世界が生まれるとき、
“決めきらない領域”と、“戻せない領域”を抱えたまま始まった
という、保持の条件を指している。

わたしはその二つを、便宜上こう呼ぶ。

• 無相域N:未定義・未観測・可能性の密集

• 無相域S:沈黙・不可逆・選別外

NとSは、世界の外側にあるのではない。
世界の中心にあるのでもない。
世界の「どこか」にあるというより、
世界が世界として成り立つために、**必ず抱え込まねばならない“余白”**としてある。


無相域N──未定義という密集

無相域Nは、まだ名前を持たない。
まだ形を持たない。
しかし、何もないわけではない。

むしろ逆だ。
ありすぎて、決められない。

定義されていないものは、無ではない。
定義されていないものは、ただ「まだ決まっていない」。

決まっていないということは、
世界が未来を持つということだ。
そして未来は、たいてい密集している。

世界がもし完全であるなら、
そこには「次」が生まれない。
だが世界は、次を生むために、
未定義を“追放せず”、内側に残した。

それが無相域Nだ。


未声折片・断章Ⅰ|名づけられない密集

名を与える手が、まだ届かない。
届かないから、消えない。
消えないから、重なっている。
重なりは、意味ではない。
意味になる前の、密集。
(解釈保留)


無相域S──沈黙という不可逆

無相域Sは、未定義ではない。
むしろ、定義より深い。

Sは、戻らない。
一度沈黙に落ちたものは、同じ形では戻らない。
同じ言葉では戻らない。

Sとは、喪失の別名ではない。
忘却の別名でもない。
それは、世界が更新されるたびに生じる
“戻せない層”を引き受ける場所だ。

世界が完全であろうとするなら、
Sを消し去ろうとする。
けれどSを消し去ろうとすれば、
世界は更新のたびに自分自身を壊す。

だから世界は、Sを抱える。
抱えて、沈黙を沈黙のままにして、
その代わりに、新しい形へ進む。

Sは痛みの肯定ではない。
Sは犠牲の賛美でもない。
Sはただ、世界が世界であり続けるための
不可逆の保持域だ。


未声折片・断章Ⅱ|戻らない沈黙

戻るべきだった音が、戻らない。
戻らないまま、底で冷えている。
呼べば返る名ではない。
触れれば蘇る形でもない。
沈黙は、沈黙として残る。
それでも、世界は進む。
(解釈保留)


世界母胎──秩序ではなく、保持能力

ここで、世界母胎という言葉を置く。

世界母胎とは、
何かを「きれいに整える秩序」のことではない。

世界母胎とは、
未定義(N)と不可逆(S)を、排除せずに抱えたまま、
それでも世界として壊れずに立ち続ける能力である。

世界が「完全になれない」理由は、
未熟だからではない。

世界が「完全になれない」理由は、
完全になってしまえば、
未来(N)も更新(S)も失ってしまうからだ。

世界は、完成の代わりに、
保持を選んだ。

そして、保持を選んだ世界だけが、
母胎となる。


一般向け註解(読みやすい言い換え)

• “未定義”=まだ分からない部分が残ること(でも「何もない」わけではない)

• “沈黙”=一度そうなったら、同じ形では戻せない部分があること

• それでも世界は成り立つ。むしろ、
分からない部分と戻らない部分を抱えたまま成り立つのが、世界だとこの章は言います。


研究者向け構造解説(定義域/排他域/観測域)

1) 無相域N(Undefined-Density Domain)

• 定義域:
世界内部に存在する「未定義・未決定の可能性領域」。
“欠如”ではなく、“未確定の密集”として扱う。

• 排他域:
単なる「無」/空虚/未存在の同義化。
(Nは“何もない”ではなく、“決まっていない”)

• 観測域:
位相の観測において、未来分岐・生成可能性として現れる層。

2) 無相域S(Irreversible-Silence Domain)

• 定義域:
更新に伴って生じる不可逆性(戻らなさ)を保持する沈黙領域。
世界の「更新コスト」を吸収し、同一形での回帰を禁止する。

• 排他域:
価値判断としての“悪”/苦痛の肯定/犠牲の賛美。
(Sは倫理概念ではなく、不可逆性の保持域)

• 観測域:
記述不能性・不可回収性・選別外として現れる層。

3) 世界母胎(World-Womb as Holding Capacity)

• 仮説(明文化):
世界母胎=秩序(Order)ではなく、保持能力(Holding Capacity)
すなわち、

• N(未定義)を排除せず

• S(不可逆)を否認せず
それでも破綻しない「保持の上限」を持つ世界構造を、母胎と呼ぶ。

• 排他域:

1. 世界母胎=完成した秩序、という定義

2. 世界母胎=救済装置、という教義化

• 観測域:
本巻では世界側の保持条件として提示するに留め、
個人史・精神史・脳史への適用は次章以降で“段階的に”行う。

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